何気ない毎日の中にときどき落ちている「事件」の種となり得るもの。仕事・友人・恋愛・家族…ごく普通の日常も、気づきと温かさにあふれている――かっこ悪いところもあるけれど、純粋で一生懸命な青年の物語『ピースフル権化』(蒼井ブルー/KADOKAWA)を、期間限定で全文無料公開します(全9回連載)。《※配信・公開期間は2020年5月2日から6月30日まで》

「じゃあ、あたし、先にお風呂入ってくるね」
「うん。ていうかさ、一緒に入る?」
「入らない。だって、見るでしょ?」
「そらあ見るわな、風呂なんだし」
「じゃあ無理」
「ははは。いいよ、入ってきて」
「それに──」
「ん?」
「初めて裸見られるのがお風呂って、なんかやだ」
「ふーん、そういうもんか」
「そういうもん」
「じゃあ、どこならいいってこと? ベッド?」
「そらあベッドだわな」
「何? その言い方」
「まね」
「かわいい、もう1回やって」
「そらあベッドだわな」
「面白い、もう1回」
「もう無理」

    *

「じゃあ、初めて裸、見ていい?」
「訊かれても困る」
「じゃあ、初めて裸を見ます」
「あ、宣言してきた」
「えっ、何これ、こんなきれいなおっぱい見たことない」
「もう、誰と比べてんの」
「おっぱいがきれいすぎてつらい」
「ね、電気消そうよ、恥ずかしい」
「うっすらだけ点けといていい? ほら、完全に消すと見えないし」
「見えなくていい」
「わかった。じゃあ、このくらいでいい? ほら、このくらいだったら大丈夫でしょ」
「まだ明るい」
「これ以上暗いとほんと見えないから。ほら、間違ったとこに入っちゃったりするから」
「間違ったとこ?」
「うん、間違うとよくないから。うん、いろいろ、そういうのは」
「──ふふふ」
「どしたの?」
「なんか、面白いなーと思って」
「何が?」
「だって、なんか必死なんだもん、ふふふ。ごめんね、面白くなってきちゃった。ふふ」
「あのねえ、いいですか? こういうときに必死になってくれる男じゃないとだめなんですよ? 愛すときは必死! そう、必死に愛すのよ、男は。知らんけど」
「ふふふ、すごい、名言だね。男、かっこいい」
「でしょ?」
「うん、必死に愛されたい」
「そう、うん、必死に愛すよ」
「でも、女だって必死に愛すよ?」
「どんなふうに?」
「わかんないけど、でも、愛すもん、いっぱい」
「かわいい」
「すぐかわいいって言う」
「言うよ、かわいいときは。だって、かわいいんだから」
「かっこいい」
「え、今の?」
「うん、すっごく」

    *

「アイス食べたい」
「あたしも食べたい」
「買いに行こ? パピコはんぶんこしようよ」
「する、したい」
「あと、あずきバーで殴り合い」
「あんな硬いので殴られたら死んじゃう」
「ははは、言えてる」
「そう、今日ね、月がきれいな日なんだって。見えるかな。でも、夜中だって言ってたなあ、いちばんきれいに見えるの」
「じゃあ、それまで起きてようよ」
「うん。早く寝ちゃったらもったいないしね、せっかくの今日が終わっちゃう」
「かわいい」
「すぐかわいいって言う」
「キスしていい?」
「訊かれても困る」
「じゃあ、キスをします」
「あ、出た、宣言するやつ」

────某月某日
 担当編集と打ち合わせ。
 前回の本が刊行となって以降も、担当とは定期的に会って意見を交わしている。しかし、具体的な方向性を打ち出したのは今日が初めて。新刊の制作が始まる。
 いや、それはとっくの昔に始まっていたのだと思う。なので、正しくは「執筆が始まる」だ。振り返ってみても、いつが制作開始日だったのかわからない。僕たちはいつも「次の本」の話をしていた。

────某月某日
 人の相談に乗ってアドバイスをしているうちに、ふと自分の身に置き換えて「そうか、なるほど」となった。考えは言葉にすることでより整理されるのだ。今後は、ひとりでぶつぶつ言いながら歩いている人に遭遇しても、変人扱いなどせず、頭の整理を図っているのだと思うことにしよう。
 文字に書き出すことも同様に効果的だと聞く。ああ、だとすれば、日記をつけ続けている人は頭の整理の達人ということになる。単純に「日記のような面倒な作業を毎日欠かさず続けていてえらい」くらいの感覚でいたが、彼らは日々己の心理を探究する、もっと尊敬されていい人たちだったのだ。
 自分で自分の考えをわかってあげられたら、理解者がひとり増えるということになる。素敵な発想だ。僕も自分の理解者になってやりたい。

────某月某日
 職場のえらい人の口癖のひとつに「味だな」がある。それは、たとえば仕事の成果を見る際などによく出てくる。
「これ、どうですかね。問題なければこのままいこうと思います」
「味だな。これでいこう」
 自分のやった仕事を味があると言われて悪い気はしない。優れている上に、個性まで出せているように思えるから。

 僕の知る限り、うちの人間はみんな彼を慕っているのだが、それは、彼がムードメーカーであることによると思われる。
 彼はいつも気を配っている。場や、ひとりひとりを、あの手この手で前向きにさせようと努めている。「味だな」もきっとその一環なのだろう。
 僕はそこに、どこか「おかん」的な安心を覚えていて、たとえ何が起こっても、この人がいてくれれば最後はなんとかなりそうな、そんな気にさせられる。自虐でネタにするくらいの薄毛で、見た目は完全におとんなのだが。

────某月某日
 ひとりごとが増えるのは老化の始まりだという話を聞いた。確かにお年寄りには、ひとりごとを言っているイメージがあるかもしれない。
 仮にそうだとして、なぜ年を取るとひとりごとが増えるのだろう。年々、言いたいことが積もり積もってくるからなのか、それとも、話し相手がいなくなってくるからなのか。後者だとすれば少し寂しい。
 ひとりごとも聞き手がいれば話になる。

────某月某日
 友人男子から「〇日にモデルんちに男女何人かで集まって鍋するけど来ない?」と誘われる。なんだ、その、絶対にInstagramに載せたい感じの集いは? 行きます。しかも、名前を聞くと超人気モデルさんだ。行きますとも。
 人間、持つべきものは超人気モデルさんとつながっている友人である。
 すぐさまネットでモデルさんの写真集を注文。さらに人となりや近況をググる。まるで仕事で関わるかのような準備ぶりだが、一体何を期待しているのだ、僕よ。
(Googleから得た)彼女のシンデレラストーリーが素晴らしく、布団に入ったあともしばらく興奮していた。選ばれし者って本当にいるんだ。

────某月某日
 眼鏡を踏んでフレームを曲げてしまう。そのままかけるとビンタされた人のようで面白い。いや、面白くない。できれば眼鏡は曲がってほしくない。
 月に4、5回は曲げている。特にビンタもされていないというのに、なかなかのペースである。これは僕の、眼鏡をしたまま寝てしまうという癖が原因だ。翌朝、目を覚ますと、眼鏡は大抵行方不明になっていて、捜すことから1日が始まる。で、今日は、捜しながら踏んだ。
 少しくらいの曲がりであれば、自分で直せるようにはなってきたのだが、ひどいとき(眼鏡の上に乗って寝ていた、など)は購入元へ持ってゆく。もう店員さんにも覚えられてしまっていて、こちらの顔を見ただけで「またですか」と笑われる。

 極度の近視である。眼鏡やコンタクトがなければ、すぐ隣に知り合いがいても気がつかない。目が合っても気がつかない。というか、まず目が合っているのかどうかがわからない。キスをするくらいの距離感であればわかるので、僕の顔が迫ってきたときは裸眼である可能性が高い。それか、単にキスをしたがっているか。
 小学校の高学年くらいから徐々に視界がぼやけ始めた。中学生になると、いよいよ黒板の文字が読めなくなり、授業中専用として初めての眼鏡を買う。
 買う前から、授業中以外はかけまいと誓っていた。たとえどれだけぼやけていようとも、思春期真っただ中で異性の目を気にしまくっていた僕に、度入りの眼鏡はださすぎたのだ。
 買った店で、「慣れるためにも帰り道でかけてごらん」とすすめられ、学校の異性に遭遇してしまわないよう気をつけながら、かけて歩いた。思わず声に出すほどの衝撃だった。世界が、明るいのだ。
 それまで、のっぺらぼうのようだった街ゆく人々には、それぞれに違った表情があった。木々や花々の鮮やかさが、遠く離れていても飛び込んでくる。風まで見える気がした。これが映画のワンシーンなら、僕は両手を広げてくるくると回るところだっただろう。矯正視力で眺める世界は、まぶしくて、美しかった。
 クラスでいちばんかわいいと思っていた女子のことを、眼鏡をかけて初めて見たとき、「あれ? なんか違う」と思った。僕はそれまで、彼女の何を見ていたのだろう。いや、見えていなかったのだ。
 代わりに、別の女子のことをよく見るようになった。度入りのださい眼鏡をかけていた子。明るい世界では、よくわかった。とてもきれいな目をしていた。

────某月某日
 これまでメールひとつ送ったことがない超アナログ人間の母が、なんとスマホデビューすることになった。教育係は僕である。めんどくさい予感しかない。
 両親をスマホデビューさせた経験のある友人にアドバイスを求めると、「3歳児に教える気持ちで接する」と返信があった。ああ、めんどくさい予感しかない。

────某月某日
「ネタ帳とかはありません。アイデアが浮かんでもメモは残さないんです。それが本当にいいアイデアなら忘れませんし、仮に忘れても、絶対にまた思い出すので。もし思い出せなかったとしても、惜しいとは思いません。いいアイデアではなかったということなので。これは、ふるいにかけるという意味でもあるんです」

 昔、好きだったアーティストが、インタビューで自身の創作について訊かれ、このように答えていた。
 当時の僕は「なるほど!」となり、早速実践してみたのだが、そこで得た結論は、「いいアイデアも普通に忘れるし、二度と思い出せない」だった。きっと天才肌にしか向かないやり方だったのだと思う。
 その反動かどうかはわからないが、メモ魔である。取ったメモの半分以上は有効活用されずに消される運命なのだが、アイデアはもちろん、心動いたことは全て、とにかく一旦残すようにしている。
 もたもたしていると忘れてしまうため、フリック入力の限界に挑んで書き残すのだが、ゆえ、あとで見返したときに自分でも意味がわからないことも多々あり、丁寧に急ぐという矛盾を抱えた作業が必要になる。
 目に見えるものなら、写真に撮ると一瞬で残せてよいのだが、浮かんだものはそうもいかない。頭の中や胸のうちもスクショできればいいのにと、真面目に思うのである。

────某月某日
 ここ数日、よく雨が降る。
 荷物を届けてくれた配達員さんに「雨ばっかで大変ですね」と言ってみたら、「慣れてますから」と笑うのできゅんとなった。それに、雨の日は客の人当たりがやさしくなって、ある意味楽なのだという。確かに、こんな天気でもなければ、僕も声をかけるなどしなかったと思う。
 それでいくと、人に謝るときは、雨の日が許されやすくてよいのではないか。肩やら足元やらをひどく濡らして、雨の中をやって来られたら、同情してしまうかもしれない。
 いや、もっと効きそうな方法があった。目だ、目に雨を降らせればよいのだ。

────某月某日
 超人気モデルさんの家に集まって男女何人かで鍋をする会、当日。
 モデルさんの家は、都内でも屈指の高級住宅街にそびえ立つタワーマンションで、やはり芸能界には夢があるのだと再認識させられる。まあ、そうでもなければ、毎年毎年、日本全国から美女やらイケメンやらが上京してきたりはしないのである(知らんけど)。

 マンションのセキュリティーを慣れた手つきで越えてゆく友人男子。その背中について行きながら、「おや? もしかしてお前、ここに通ってるのか?」と疑ってみる。いいか友人、よく聞け。お前がすごいんじゃないんだからな? 高級住宅街のタワーマンションに住んでいる超人気モデルがすごいんだからな?
 どの立場からなのかわからない嫉妬に胸がざわつく。そういえば、昔読んだ恋愛マニュアルの「こんな男は捨てられる」とかいう項目の中に、「嫉妬深い男」があった。黙れと言いたい。

 モデルさんは、カットソーにショートパンツにほとんどすっぴんというラフな格好で、「いらっしゃい」と僕たちを出迎えた。輝いている人は部屋着でもまぶしい。そして、なんてやわらかな笑顔なのだろう。
 もしも自分が彼氏だったら、こんなふうに家デートが始まるのだろうなあと妄想する。いい、激しくいい。彼女は、顔の大きさがりんごくらいしかない。あと、脚が長すぎて笑う。同じ星に生まれて、こうも違う僕たち。
 部屋は広くて、おしゃれで、いい匂いがした。そう、女子の部屋は必ずいい匂いがしてほしい。女子自身からも必ずいい匂いがしてほしい。我々男子たちからのお願いです。
 昔、付き合っていた子に「なんでいつもいい匂いがすんの?」と訊いたことがあった。我ながら、なんてかわいらしい質問なのだろうと思う。薄汚れた大人になってしまった僕にも、そんな時代が確かにあったのだ(遠い目)。
「なんでって、普通だよ?」と照れた顔をしてみせたあの子は、好きな人からちゃんと愛されて幸せでいるだろうか(さらに遠い目)。

 棚には本やDVDがずらりと並んでいて好感が持てる。モデルにとどまらず、女優としても活躍する彼女。さぞ勉強熱心なのだろうと内心持ち上げてみる。
 一度好きになると、どんどん持ち上げて美化していく。そして、また好きになっていく。恋愛では、ひとりで勝手に盛り上がってしまう種類の人間がよくいるが、僕もそれを否定できない。思い出なんかも美化しがちだし。
 玄関、キッチン、リビング、洗面所、寝室(無断で入ったわけではない)といった、至るところにインスタントカメラが置いてあって謎。カメラが趣味にしても多すぎる。
 訊くと、「いつでも撮ってもらえるように」とのことだった。さすがは超人気モデル、意識の高さもタワーマンションだ。ん、でも、誰が撮るんだ……?
 スケベな想像が頭の中を駆けめぐる。超人気モデルのプライベート事情を、いつでも撮ってあげられる側の人間に僕もなりたい。端的に言うと付き合いたい。お泊まりした翌朝、まだベッドの中にいる彼女に、「寝顔、撮っといたから」とか言ってみたい。
 鍋会の帰り際、「また来てね」的なことを言われなかったので、もしかするとスケベなあれこれが顔に出てしまっていたのかもしれない。彼氏になれないどころか、たとえもう二度と会えなかったとしても、君のことは応援している。映画、とってもよかったよ。

────某月某日
 母にスマホの操作を教える日。めんどくさい予感しかなかったのだが、これが、思いのほか悪くなかった。母が、ノートと鉛筆を用意してきたからだ。
 やるじゃないか、母。OK、母。俺がお前を、スマホの鬼にしてやる(熱い)。

────某月某日
 友人主催の飲み会に顔を出す。
 知らない男女がたくさんいて合コンのような雰囲気。それならそうと最初に言っておいてくれないと困る。ほら、髪をあれしたりだとか、服をあれしたりだとか、臨むにはそれなりの準備というものがあるじゃないですか。
 過去の恋愛の交際期間の話になる。もっとも長く続いた期間と、もっとも短く終わった期間を、それぞれ順番に発表させられる。その情報から「この人は真面目そう」や「この人はチャラそう」といった、とりあえずのカテゴリー分けがなされる。割と地獄である。
 発表させられたあと、短く終わったものについて「体目当てだったの?」などといじられる。割と地獄である。交際期間の長い・短いで、真剣か遊びかを判断するのは悪い習慣だと思う。

 学生時代のある夏、共通の友人の紹介で知り合った子と3週間付き合った。いや、正確には19日間なのだが。
 当時、友人たちの間で「3週間以内の付き合いは付き合ったうちにカウントされない」という説が唱えられていて、僕はそれに満たず終わった自分の恋を恥じ、周囲には水増しして申告した。
 カウントされない説も、水増しも、全てが子どもじみていてかわいい。そして実際子どもだった。
「あー、それ絶対ふられたパターンだわ」
 楽しさの絶頂にあったはずの彼女と突然連絡がつかなくなり、心配になった僕は、バイトの先輩に相談する。

「ちょっと、絶対とか言うのやめてくださいよー」
「いや、それはもうだめだって。まあ、恋愛にはよくあることだしさ、飽きられたってことで。な?」
 うるさい。
「だって、それまでほぼ毎日会ってたのに、急におかしくないですか? 事故とかに遭ってたらどうしよう……実家に電話してみようかな」
「やめとけって、余計に引かれるぞ? ていうかさ、彼女かわいいんだろ? 他に好きなやつでもできたんだって」
 僕も、彼女が事故に遭っただなんて思っていない。本当のことを言う人間は大抵うるさい。
 ゆかちゃん(仮名)は僕とタメだったのだが、えらく大人びた子で、僕の知らないことをなんでも知っていた。
 見た目は正統派アイドルのようなピュアなかわいさで、一緒に歩いていると、すれ違う男子たちが彼女に視線を送っているのがよくわかった。当然とてもモテていたので、恋愛経験もかなり豊富だったと思う。
 一度、「原宿にでも行ったらスカウトされるんじゃない?」と言ってみたことがあった。ゆかちゃんは興味のないそぶりをみせていたが、彼女の家に遊びに行ったとき、本棚に「芸能界に入ろう」的な本があったのを僕は覚えている。

 僕がそんな子と付き合えたのは、共通の友人が強く推してくれたからで、ラッキーというかなんというか、僕だけではきっと相手にもされなかったと思う。
「こういうときって女の子はこうだから、次からはこうしてね」などと、彼女はよく僕を子ども扱いした。そのたびに過去の彼氏と比べられているような気になって、僕はそれが嫌だった。
 恋愛における劣等感は悪循環しか生まない。僕は、「ラッキーで付き合えた彼氏」からなかなか抜けられずにいた。
 それでも、ゆかちゃんはまぶしすぎた。笑っている彼女を見ているだけで、いろいろなことがどうでもよくなった。僕たちは毎日のように言葉を交わして、視線を交わして、人生の春に花を咲かせた(夏だったけれど)。
「お前、最後に会ったときに、なんかやらかしたんじゃないの? 女は何かあると一瞬で冷めるとか言うしな」
 先輩の言葉に心当たりがないわけでもなかった。
「聞いて聞いて。今日ね、あたし、帰らなくてもいいんだー。親が帰って来ないの。だから、朝まで遊ぼ?」
 付き合って間もない彼女からの、突然の「今日は帰らなくていい宣言」に、僕は人生のピークを迎えていた。
 こんなことなら、出かける前にもう一度お風呂に入っておくべきだった。マウスウォッシュやらも必要になる。いや、そんなことはあとからどうにだってなる。僕たちには時間があった、「朝まで遊ぼ?」なのだから。
 僕たちは映画を観て、ごはんを食べて、河川敷で花火をした。好きな人と過ごす夏の、お手本のような日。そしてまだ帰らなくていい、彼女を帰さなくていい。僕の辞書の「幸せ」の項目には、今日のできごとを載せよう。
「ね、〇〇公園って知ってる? 夜はカップルばっかでいい感じなんだって。行ってみよ?」
 行ってみるに決まっている。そしてどうかお願いだから、そんなかわいい顔をしてこちらを覗き込むのはやめてくれ。いや、やめないでくれ、もっともっと覗き込んできてくれ。
 ゆかちゃんは鼻歌交じりで楽しそうだ。僕は彼女の、自分から手をつないでくるところが好きだった。
 その公園では、カップルたちが人目も気にせずいちゃついていて、いい感じというか、ここならどんなにヘタレな男でも必ずキスに持ち込めるくらいの雰囲気があった。

 本命の人を大事にするあまり、奥手になってしまう事案がよくあるが、僕などはまさにそれで、彼女にはキスひとつできないでいた。でも、いける。このシチュエーションなら必ずいける。
 もしかすると彼女は、そんな僕に焦れてここへ連れて来たのかもしれない。
「前の彼氏ともここでキスしたのかな?」
 好きな人をひとり占めしているこの瞬間ですら、ネガティブな考えが頭をよぎるのだから、ヘタレの闇は相当に深い。けれど、それもここまでだ。
 なあ、ゆかちゃん、好きになってくれてありがとう。大好きだよ。
 バイトの先輩に相談した次の日の夜、いてもたってもいられなくなった僕は、意を決して彼女の実家へ電話する。
「あら、こんばんは。ああ、ゆかね? ちょっと待ってね」
 ゆかちゃんのお母さんだ、そして彼女もいる。電話もメールも無視してなんなんだよ、心配したんだからな。でも、事故に遭っていなくてよかった。
 意を決してという割には、いざ彼女が出たらどう切り出すのが正解なのだろうと、おろおろする。が、それを遮るようにして再びお母さんが出た。
「もしもし? あのねえ、あの子、今おうどん食べてるから、あとで電話するって言ってるの。それでもいい?」
 お礼を言って電話を切ったあと、僕は、彼女と話せなかったことにどこかほっとして、また、そんな自分にあきれた。そして朝方まで待っていたのだが、結局彼女からの連絡はなかった。おうどんはおいしいので、おかわりをしていたのかもしれない。
 何日か経ってもメールひとつなかったが、事故に遭ったのでは、と心配することももうなかった。ひと晩一緒に過ごしてキスひとつできないような男は、愛想をつかされても仕方がないのだから。僕は──飽きられたのだ。いや、そもそも好きになってもらってすらいなかったのかもしれない。
 以後、僕から連絡することもなかった。こんなときだけ妙に大人ぶって割りきろうとする。だから泣けもしなかった。思いっきり子どもなくせに、思いっきり悲しいくせに。
 さらに何日かが経って、共通の友人から「どんまい」とメールが届く。これで本当に終わりなのだと思ったら、やっと涙が出た。そして、訊いてもいないのに、「他に好きな人ができたんだって」と知らされる。本当のことを言う人間は大抵うるさい。
 なあ、ゆかちゃん、大好きだったよ。あの日の君の鼻歌は、ラブソングでしたか。

《次回に続く》

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