何気ない毎日の中にときどき落ちている「事件」の種となり得るもの。仕事・友人・恋愛・家族…ごく普通の日常も、気づきと温かさにあふれている――かっこ悪いところもあるけれど、純粋で一生懸命な青年の物語『ピースフル権化』(蒼井ブルー/KADOKAWA)を、期間限定で全文無料公開します(全9回連載)。《※配信・公開期間は2020年5月2日から6月30日まで》

────某月某日
 気持ちの整理を図りたいときは、人に話すか、文字に書き出してみるのがよい。
 失恋ほやほやで、まだ人に話すほどの元気もない僕は、自分の気持ちを文字に書き出してみることにした。

 しかし、ただ書くのではむなしさに襲われて投げてしまいそうだ。ただでさえ喪失感からくる無気力状態なのである。何かモチベーションを保てる方法があればよいのだが。
 手紙? と思ったが、一体誰が、このめんどくささ満載になるであろう文面を受け取ってくれるというのだろう。相手も「ご自愛ください……」以外に返事のしようがないと思う。
 いや、返事はなくてよいのだ。書くことで気持ちを整理する、それが目的で、誰かの反応は必要ない。そもそも人からの見返りをモチベーションにしてしまうと、それに媚びた内容になりかねない。肝心なのは、感情のままを書き出していくということ。その中で、自分の気持ちを理解し、整理を図っていくということ。

 Twitter? と思ったが、ひとり毒吐き用アカウントでも作成しようものなら、そこにこもって二度と戻ってこられないような気がする。沼である。ただでさえ失恋沼だというのに、なぜわざわざSNS沼にまで沈まなければならないのか。

 メモアプリを開くと、「つらい」「泣きたい」というメモが残っていた。沈んでいる割に随分と的確なメモである。僕はそこに追記を試みたのだが、指は一向に動いてくれなかった。

────某月某日
 ネットで仕事上の調べごとをしていて、某知恵袋のページが引っかかる。
 ふと、恋愛相談のカテゴリーに飛んでみた。

「おお、賑わってる」
 思わず声に漏らしてしまうほどの盛況ぶりだった。恋愛相談がずらりと並んでいて、そのタイトルを見ているだけでも面白い。いや、人の悩みを面白がってはならないが。
 世の中にはさまざまな悩みが存在するが、恋愛のそれは、もっとも日常的でありふれたもののひとつだろう。今の僕がまさにそうだ。かといって、「失恋くらい誰でもするんだから」と言われても、1ミリも元気にはならないが。なんなら、お前もふられてみろと思う。
 心が荒んでいる。

 悩み相談室? と思った。そうだ、相談室にメールするという設定で気持ちを文字にしてみるのはどうだろう。えっと、たとえば書き出しは、「こんにちは、初めてメールします」だ。いや、昼間から恋愛の悩みをメールするだろうか? 藁にもすがるほどにこじれてくるのは大抵夜だ。ここは「こんばんは」の方がベターだろう。

 なんというか、書き出しを想像してみただけで楽しいと思ってしまった。自分の失恋を楽しむ人間が一体どこにいるだろう、ド変態である。だが、ありかもしれない。「楽しい」に勝るモチベーションなど、他にはないと思うから。

────某月某日
 相談室さんこんばんは、初めてメールします。今日は恋愛のことで聞いてほしい話があって連絡しました。いえ、恋愛のことというか、正しくは失恋のことです。彼女にふられてしまったんです。付き合い始めたばかりの彼女が、元彼とよりを戻してしまったんです。
 こういうときって、どこから話せばいいのかよくわからないのですが、まずは自己紹介代わりに、好きな女子のタイプを聞いてもらってもいいですか。

 僕の好きな芸能人は小松菜奈さんとかです。でも、実際に付き合うとなると、見た目のタイプはあまり関係ありません。「好きになった人がタイプ」とかいうやつです。男のくせに女子みたいなことを言ってすいません。でも、確かに女々しいところはあると思います、自分でも嫌になるのですが。

 タイプはあまり関係ないと言いましたが、でも、髪の長い人は特別に好きです。髪が長いといろんな髪型が見られて楽しいからです。「お、今日いつもと違う」なんて思ったり。そう、風にふわふわと揺れるのもいいんですよね。女の子らしい人はやっぱりかわいくて、その象徴のように思えるのかもしれないです、そんなシーンが。

 よく笑う人も特別に好きです。好きな人が笑っていると安心するからです、平和だなあ、なんて思えて。好きな人と一緒にいられるときくらいは安心していたい、心穏やかでありたい、そんなふうに思うんです。

 あの、今日のところはこの辺にしておきます。まだ本題にも入っておらず、申し訳ないのですが。なんだか、好きな人の笑っている姿が思い出されて、たまらなくなってきてしまいました。ふられたのに、まだ彼女のことが好きなんですね。本当に女々しくてすいません。またメールします。

────某月某日
 相談室さんこんばんは、2度目のメールになります。今日も僕の失恋の話を聞いてください。
 僕の好きな人は、みくちゃんといいます。友人の紹介で初めて会って、かわいい子だなあと思って、すぐに好感を持ちました。

 みくちゃんは色白ですらっとしていて、髪がつやつやで目力があって、でも、基本ふわふわとした雰囲気で、透き通るような声で話して、おしゃれだけどうるさくない服装で、いい匂いがして、ラーメンと生クリームが好きで、笑うと子どものような顔になります。
 かわいいでしょう? 実際かわいいので困ります。ここでの「困る」はうれしいという意味です。初めて会ったとき、彼女がかわいい人でうれしかったんです。

 でも、本格的に意識し始めたのは何度か会ってからです。ごはんに行ったり、テーマパークでダブルデートをしたり、そんな中で、ちゃんと好きになっていきました。日々のLINEのやりとりや、通話などもそうです。そんなふうにして、僕の日常の中に彼女という人が存在し始めて、その中で、自分の好きだという気持ちに気がついていきました。

 人間って不思議ですよね。自分の気持ちなのに、理解するまでに時間がかかったりするのですから。ちゃんと人を好きになるのが久しぶりだったので、それも理由のひとつだったのかもしれませんが。
 今日のところはこの辺にしておきます。彼女の写真が何枚かあって、それを見てみました。僕の好きな人は、やっぱりかわいいです、撮っておいてよかった。いや、どうですかね、撮らなければよかったのかもしれません。こうやって思い出したりしてしまいますもんね。またメールします。

────某月某日
 朝、最寄り駅の駐輪場に自転車を停めた際、隣の自転車のかごに、空き缶やらなんやら、ごみが入れられてあった。世の中には、他人の自転車のかごがごみ箱に見える人間がいる。朝から気分の悪い話だった。
 夜、仕事を終えて駐輪場に戻ってくると、隣の自転車はなくなっていて、ごみが僕の自転車のかごにリレーされていた。

 いつだったか、世界陸上の中継を観たとき、解説者が、「短距離走の日本代表チームは、バトンのリレーが世界でもトップクラスにうまい」と言っていたのを思い出した。
 僕はリレーが下手なので、代表には選ばれないと思う。

────某月某日
 心は渇いているというのに目が潤んでくるのはどうしてなんだろう。

────某月某日
 人の体には、言えなかった言葉や消化しきれなかった思いをためておく場所がある。一定数たまると腐り始めて、やがて毒気を帯びてくる。放っておくと体中を毒されるので、助かるためには吐き出すしかない。
 愚痴の構造は、きっとこういうものだと思う。

 なので愚痴は吐いていい、吐かねば死に至るので。ただし、吐きたてのそれは毒気を帯びていて、浴びると周囲も感染する。人の愚痴をずっと聞いていられないのは、そういうことなのだろう。
 人まで毒したくなければ、それ相応の吐き方を身につけなければならない。咳やくしゃみを人前でするとき、手やマスクで口元を覆ってフィルターとするように、愚痴にもそれが必要だ。

 最近の僕がかけているフィルターは、「短く簡潔に」である。見栄を張ると言い訳がましくなって冗長となるため、愚痴を短く簡潔にするには、自分に正直でいなければならない。
 僕の愚痴を聞いてほしい。好きな人のことがなかなか忘れられない。

────某月某日
 相談室さんこんばんは、3度目のメールになります。今日も僕の失恋の話を聞いてください。

 みくちゃんのことをちゃんと好きになって、その気持ちに自分でも気がついたとき、彼女と付き合いたいと思いました。付き合って、彼女のいろんな面をもっと知って、もっと好きになっていきたいと思いました。同時に、僕のことももっと知ってもらいたい、そしてできることなら、もっと好きになってもらいたい、そう思ったんです。

 で、告白しました。みくちゃんも好きだと言ってくれて、僕たちは付き合うことになりました。好きな人の好きな人になれることって、半分奇跡みたいなものじゃないですか? うれしかったなあ。しばらくの間、恋愛をしていなかったこともあって、好きな人ができただけでも毎日うきうきしていたのですが、その人の好きな人に僕がなれるだなんて、うれしくてうれしくて死にそうでした。

 終わった恋なのに、のろけ話をしてすいません。ふられたことを受け入れられていないという証拠なのだと思います。今は、悲しくて悲しくて死にそうです。
 女々しくて恥ずかしいのですが、みくちゃんのことを考えると涙が出てくるんです。だから考えないようにして、でも、無意識に考えてしまっていて。こんな状態のうちは、人には話せないなあと思います。たとえ友人であっても、ふられた男が目の前で泣き出したら、引くと思うんです。失恋した上に、友人にまで引かれたら、もうどうしていいのかわからなくなりますから。

 今日のところはこの辺にしておきます。友人たちに会いたくなりました。人前でも、悲しいときくらいは泣いたっていいじゃないかと思いました。でも、やっぱりまだ会えないです。早くいろいろを受け入れたい。またメールします。

────某月某日
 食材は鮮度が命だというが、言葉もそうかもしれない。感謝や謝罪は、どうせ表すのなら、早い方がより響いてよいはずだし。
 寝かせるとよくなる食材もある。憎しみや憤りは、どうせ表すのなら、落ち着いた方がより伝わりそうだ。冷静に怒る人の恐ろしさは尋常ではないし。
 ちゃんと全部食べてもらえるように、感情をうまく調理したい。言葉にしたい。

────某月某日
 大きな仕事が流れてしまい落ち込む。

 たとえば犯罪に大きい小さいは関係ないというが、仕事には大いに関係がある。お金に限った話をしているのではない。僕は純粋に、その仕事をやってみたかった。やったらやったで、寝る間も惜しむ日々になっていただろうが、きっといい経験や勉強になったと思うから。
 ことわざに「逃がした魚は大きい」というものがある。手に入らなかったものは実際よりも価値があったように思える、というたとえだが、それでいくと、今回逃がした魚はクジラ級だった。あーあ、である。

 まあ、それでもちらっとは見えたので、ホエールウォッチングに参加したということで。
「縁がなかった」という文字列の切なさは異常。

────某月某日
 相談室さんこんばんは、4度目のメールになります。今日も僕の失恋の話を聞いてください。

 今日、みくちゃんから連絡がありました。うれしかったなあ。いや、自分をふった相手からの連絡をうれしがるなよと思うんですよ。だって、ふられてからまだそれほど時間も経っていないというのに、連絡してくるだなんて無神経じゃないですか? でも、うれしかったんです。こんなのだから、なかなか忘れられないんですよね、きっと。

 連絡の内容は、まとめると「会いたい、会ってちゃんと謝りたい」とのことでした。正直なところ、「会いたい」だけなら会いに行ったかもしれません。それは、彼女の心変わりに期待してです。もう終わったんだと思う一方で、まだどこかで期待しているんですね。ばかですいません。でも、謝りたいとのことで。僕をふった気持ちに変わりがないのなら、会えませんよね。

 あの、僕は今でも彼女のことが好きです。前と変わらず好きです。だから、もしも会えるなら本当は会いたい。もう一度顔を見て話がしたい。でも、会わない方がいいと思うんですよ。だって、これから少しずつ忘れていかなければならない人と、今、会ってしまったらだめじゃないですか? せっかくの決心が鈍ってしまうじゃないですか?

 で、返信しました。「まだ好きで忘れようとしているところだから会えない」と。彼女からも返信がありました。「信じてもらえないかもしれないけど、あたしも本当に好きでした。だから会ってちゃんと謝りたかった。ごめんなさい」と。
 嘘をつくなよと思った。自分は元彼のところに戻っておきながら、「本当に好きでした」はないですよね。それならいっそ、「あなたのことは遊びでした」と言ってくれた方が、こちらも引きずらずに済んでいいですよ。

 今日のところはこの辺にしておきます。好きな人のことを忘れなきゃならないのって苦しいですよね。だって、まだ好きなんですから。またメールします。

────某月某日
 今日に納得のいかない日はなかなか寝つけない。
 体は疲れているのに精神がまだ起きている。「あのときああすれば」や「あそこでああ言えば」が頭の中を駆けめぐっている。こんな状態で寝つけるわけがない。
 明日のことを考えると一刻も早く寝たい。だが今日のことばかりを考えている。今日のできごとにとらわれて、明日が来ることを忘れている。

────某月某日
 大きな仕事が流れてしまってから数日が経ったが、まだ余裕でうじうじしている。さすがは僕、根っからのうじうじマンだ。

 まっすぐ帰るのも寂しい気がして、寿司屋に入ってみる。寿司はおいしい上に、ひとりでも店に入りやすいのでありがたい。こんなとき、彼女でもいたら会って思いっきり甘えるのだろうが、甘えるどころか逆にわさびを摂取していて面白い。

 面白くない。
 世の中には、何ひとつ悪びれることなく「なんか面白い話して」と言ってくる人間がいて、そのたびに僕は、「いいかい、『なんか面白い話して』は暴力なんだよ?」とやさしく諭すのだが、ここ数日は、会う人全員にその暴力を振るってしまいたい気分だった。

 ああ、そうか。面白い話というものは、そんなふうにして日々人々の心を救っているのだな。人と触れ合う上に笑いまでついてくるのだから、そらあ元気も出るわけだ。
 誰かと目いっぱいに話がしたい。

────某月某日
 友人男子を呼び出し、「なんか面白い話して」と言ってみる。「お前なあ、人に頼む前にまずそっちから面白い話をしてこいよ!」と返ってきて、げらげら笑う。早速面白い話だった。
 人間、持つべきものは面白い友人である。

 周りの人たちがいつ落ち込んでもいいように、僕も面白い話をストックしておかなければならない。あとはあれ、駆けつけるフットワークの軽さ。
 ありがとう、友人。

────某月某日
 相談室さんこんばんは、5度目のメールになります。今日も僕の失恋の話を聞いてください。

 いきなり暗いことを言うようで申し訳ないのですが、最近の僕はもうだめです。いえ、相談室さんにメールを送り始めたときから、とっくにだめではあったのですが、だめさに拍車がかかっているのです。それが自分でもよくわかります。原因もしっかりわかっています。それは、嫉妬です。

 好きな人にふられて悲しいという気持ちはベースにあるのですが、現在のトレンド上位は嫉妬によって占められています。この感情は、ふられた直後にはありませんでした。時間の経過につれて、じわじわとこみ上げてきたものです。

 これはきっと、ふられ方に問題がありました。みくちゃんにとっての僕という存在が、ただ恋愛対象から外れたのではなく、元彼の登場によって天秤にかけられ、結果、僕が弾き出されたという格好なのです。早い話が、負けたんですね、元彼に。

 最初、彼女は何も言ってくれませんでした。付き合うことになった数日後、連絡がつかない日があって、どうしたのかなあと思って。次の日も返信がなくて、何か気に障ることでも言ってしまったかなあと。知り合ってから初めて味わう不安でした。で、やっと通話で話せて、そこで元彼とよりを戻すことを聞かされたんです。だからもうふたりでは会えないし、今までのように連絡を取ることもできない、と。

 突然のことで、状況がうまく飲み込めませんでした。付き合い始めたばかりの彼女ともう会えなくなるだなんて、みじんも思っていなかった。

 たとえば付き合っている人と倦怠期を迎えて、連絡が途切れがちになって、そこからふられる、というようなことはこれまでにもあったので、「なんかふられそうだなあ」という感じはわかるんです。でも、付き合い始めの楽しい時期にこうなってしまうのは、予想がつかなかったんですね。元彼の登場とか、そんなの読めませんよ。

 一度に2回ふられた感覚があります。好きな人にふられた上に、その人にはもう別に好きな人がいる。僕は悲しい日々を送っているというのに、好きな人はその好きな人と楽しく過ごしている──想像しただけでも身を削られる思いです。悲しみのあとには嫉妬が待っていただなんて、ひどいストーリーですよね。

 ふられたことは何度もありますが、すでに好きな人がいるというケースが過去になくて。単に知らされていなかっただけなのかもしれないですが。だから免疫がないんですね、ふられたあとの嫉妬に対して。

 今日のところはこの辺にしておきます。元彼とか、ずるいですよね。僕がこれから知っていこうとしていた好きな人のいろいろを、最初から全部知っているのですから。そんなの勝てっこないですよ、ほんと。またメールします。

────某月某日
 寂しさは暇からやって来るという話を聞いたとき、大いに納得した。寂しさだけではなく、ネガティブな発想は全てそうなのかもしれない。

 僕は、うじうじした性格であるという自覚があるが、確かに暇を持て余しているときには、よりそうなりやすい傾向がある。特に夜は危なくて、「あのとき、ああしてればどうなってたかな」などと、何カ月も前の、下手をすると何年も前のことを、まるで昨日の後悔のように振り返ったりする。

 こじらせたくなければ何かに夢中になるか、もうスパッと早寝をするべきである。
「睡眠に、夢中になる」というコピーを思いついたので、寝具メーカーさん、お仕事ご一緒しませんか。
 ただいま午前4時、寝る。

────某月某日
 その駅に思い入れがあると、アナウンスを聞くだけで甦る感情があるし、改札を抜けるとあの人がいそう。

────某月某日
 眠れず、自転車に乗って朝焼けを見に海まで行く、ということをやった。大昔にふられたぶりのことだった。成長していないと思った。

────某月某日
 相談室さんこんばんは、6度目のメールになります。今日も僕の失恋の話を聞いてください。

 今日は、さわこちゃんに会ってきました。彼女は友人でもあり、僕にみくちゃんを紹介してくれた人でもあります。ふられた直後から心配して、ごはんに誘ってくれていたのですが、少し落ち着くまで待ってと伝えていて、今日ようやく会えました。ふられた悲しみはちっとも消えませんが、それを人に話せるくらいには落ち着いてきた、ということでしょうか。

 会うのも久しぶりでしたし、本当なら、みくちゃんとの楽しい日々の報告ができればよかったのですが、女々しい報告しかできず申し訳なかったです。「まだ好き」とか、「気がつくと考えてしまっている」とかです。きっと聞かされる側も嫌ですよね、こんなの。

 さわこちゃんも、みくちゃんから大体の流れは聞いたそうです。僕たちが付き合うことになり、ふたりを引き合わせた身としても喜んでいたのに、こんなことになってびっくりしたと言っていました。わかります。僕もびっくりしましたし、なんなら今でもびっくりしたままです。突然の失恋って心臓に悪いですね。まあ、胸が苦しいのはどんなふられ方も同じですが。

 さわこちゃんの話によると、みくちゃんと元彼(現在は今彼ですが)は長い付き合いで、その間にくっついたり離れたりを繰り返してきたそうです。知りませんでした。

「たぶんまた別れると思うなあ、あのふたりは。みくちゃんね、前に『もう戻ることはない』ってきっぱり言ってて、だから(僕にみくちゃんを)紹介したんだよね。でも戻ったかー。まあ、あそこまでいくと恋愛感情っていうより、ただの情だと思うんだけど」
 さわこちゃんはそう言いました。きっと僕のことを、少し遠回しな言い方で励ましてくれたのだと思います。君は悪くないよ、と。僕にはそんなふうに聞こえました。やさしいなあと思った。元気がないときのやさしさって、特別に染みますよね。

 みくちゃんが僕のことを何か言っていなかったかも訊いてみました。というか、訊いてしまいました。もう終わったことなのに、今さら訊いてどうするんだ? と自分でも思います。内容によってはもっと傷つくかもしれませんし。ほら、知らなければよかったと思うことってあるじゃないですか? でも、もしも何か少しでもいいことが聞けたら慰めになって、気が紛れるかなあと。

「みくちゃん、紹介した日からほとんど毎日LINEで言ってたよ。楽しいとか、いい感じとか。付き合うことになったときも、すぐに報告くれてたし。うれしそうだったなー。だから、ほんとに好かれてたと思うよ」

 本当に好きだったのなら、なぜ元彼なんかに戻ったんだろうという腹立たしさと、好きな人と少しの間でも同じ気持ちでいられたという喜びの入り交じった、複雑な感情でした。頭と胸がずっと忙しくて、せわしなく動いていて、でも、ちっとも追いつけない、そんな感覚でした。

 でも、今日さわこちゃんに会ってよかった、これははっきりと言えます。僕のことと、僕の好きな人のことの両方を知っている彼女には安心感があって、かっこ悪い話もできたんです。弱さや恥ずかしさを見せられる人がいるということは、ありがたいことですね。

 今日のところはこの辺にしておきます。僕の好きな人はまだ変わらず好きな人のままですが、それでも、友人のおかげで1歩進めたような気がします。なんとなく。またメールします。

《次回に続く》

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