何気ない毎日の中にときどき落ちている「事件」の種となり得るもの。仕事・友人・恋愛・家族…ごく普通の日常も、気づきと温かさにあふれている――かっこ悪いところもあるけれど、純粋で一生懸命な青年の物語『ピースフル権化』(蒼井ブルー/KADOKAWA)を、期間限定で全文無料公開します(全9回連載)。《※配信・公開期間は2020年5月2日から6月30日まで》

────某月某日
 写真の先生にインスタントカメラを手渡されて、「これで自分の世界を撮ってこい」と課題を出される。
 フィルムの枚数まるまるを、好きな人ばかりで撮り尽くして提出する。先生に、「世界は広いという観点でいくと0点。でも、個人的には100点」と採点される。

 そんな夢を見た。
 久しぶりに好きな人を撮りたくなった、仕事ではなくて。「あたし、かわいかったんだ」と思ってもらえるような写真。

────某月某日
 相談室さんこんばんは、9度目のメールになります。今日も僕の失恋の話を聞いてください。

 今日、さわこちゃんから電話があって、「みくちゃんのことはもう思い出になったー?」と訊かれました。いや、過去のことになればなんでも思い出になるわけじゃないじゃないですか? まあ、さわこちゃんは笑っていたので、少し意地悪な冗談で言ったのだと思います。彼女はいい人です、とっても。男同士ならもっと親友になれたかもしれない。

「みくちゃんとのいちばん楽しかった日って、どんなだった? どうせ忘れるんだったらその前に聞かせてよ」とも言われました。なんというか、大人だなあと思った。全部吐き出してしまわないことには、忘れることなんてできないですよね。だから、さわこちゃんはそんなふうに言ったのだと。彼女は友人も多くて、きっと、周りのいろんな相談に乗ってあげているのだと思います。話を聞くのが上手なんですね。

 みくちゃんとのいちばん楽しかった日は、付き合うことになった日です。好きな人が自分の彼女になった、そんな日に勝る日はありません。付き合いが長ければ他にもあったのかもしれませんが、残念ながら短く終わってしまいましたので。
 僕たちが付き合うことになった日には、他にもいろんなことがありました。彼女が初めてうちに来たのもこの日でした。ふたりで初めてごはんを作って食べたのもこの日でした。初めて手をつないだのも、キスをしたのも、抱きしめたのも、全部この日のことでした。これがいちばん楽しかった日です。

 さわこちゃんは、「そこまで訊いてない」と言ってげらげら笑っていました。どこまで話せばよかったんだろう。でも、「また話聞かせて」と言ってくれて。やさしい人です。ただ、これ以上に楽しかった日はもうないので、どうしたものかなあと。

 今日はこの辺にしておきます。みくちゃんのことをたくさん思い出す日になりました。ちょっと眠れる気がしません。短かったですけど、本当に好きな人でした。またメールします。

────某月某日
 好きな芸能人や有名人に遭遇したとき、サインか握手かをしてもらえるとして、どちらを選ぶかという話になる。

 サイン派の主な意見はこうだった。
「会えたという証しになる」
「飾れる」
「写真に撮ってSNSに上げられる」

 握手派の主な意見はこうだった。
「直接触れたい」
「その人の手の感触がどんなものなのか知りたい」
「こちらの手汗を感じさせたい」

 握手派の意見には、少し「念」のようなものが感じられて怖さがあったが、思いのほか白熱した議論になって楽しかった。好きな芸能人や有名人を思い浮かべながら話すそれぞれの顔が、ばかっぽくて、うれしそうで、とてもよかった。
 ちなみに僕は握手派である。何年も前のそれが、いまだに思い出されたりするから。

────某月某日
 友人たちとごはんに行く。
 その中のひとり、友人男子のもっぱらの悩みは、彼女が何かあるたびに「死にたい」と言うことらしい。単に口癖になってしまっているだけなのかもしれないが、たとえそれが本心ではないとわかっていても、好きな人の口から聞きたくない言葉であることには違いない。

 で、ある日、いつにも増して「死にたい」を連発する彼女に限界がきて、「次に死にたいって言ったら俺が殺す!」と言ってみると、「そしたら……殺し返す!」と返ってきて、死にたいどころか強い生命力を感じたらしい。ああ、こいつは大丈夫だ、と。

 なんのことはない、聞き終わってみるとただののろけ話だった。もう、ふたりでともに生きていってほしいと思う。
 でも、「次に死にたいって言ったら俺が殺す」って、ちょっといいなと思ってしまった。彼女のことが好きなのだなあと。

────某月某日
 鏡や窓やショーウィンドウなどに映る自分を見たとき、「上がる」か「下がる」かの違いはとてつもなく大きい。

 顔でも服装でも、「よし、今日の自分、いい感じ」となると上がる。どのくらい上がるかというと、異性とどちらともなく自然に手をつないだときくらい上がる。
 残念ながら下がることもある。これから人と会うときなどは、特に最悪の気分になる。どれだけ頑張ってみても「きまらない」ときの、あのきまらなさは、一体なんなのだろうと思う。

 ちなみに電車の窓は、どれだけ美しい人間も必ず老けて見えるようにできているので、うっかり帰宅途中などに見てしまうと、「ああ、疲れてるな」となり、精神まで持っていかれてよくない。これだけ毎日利用しているのだから、各鉄道は、盛れる車窓を設置するくらいの気遣いがあってもいいと思う。
 心を上げていきたい。

────某月某日
 電車で、大学生くらいの男子がお年寄りに席を譲った。すると近くに座っていたちびっ子が、「ぼくもゆずりたい」とお母さんにぐずり始めた。それを見ていたさっきのお年寄りが、「じゃあ譲ってもらおうかしら」とちびっ子に話しかけ、自分の席とちびっ子の席を入れ替わった。その発想はなかった。

 みんなが親切でいると、全てがうまく収まる。

────某月某日
 感受性の豊かな人が好きだ。彼らと接していると、同じ五感の持ち主同士で、こんなにも違った感じ方をしているのかと驚かされる。

 たとえば彼らは、ほとんどの人が見逃してしまうような小さな幸せにも気がついて、こっそりと幸せになっている。その分、ほとんどの人が放っておくような小さな傷にも、しっかりと痛みを覚えているのだが。

────某月某日
 カメラマン仲間と、初めて買ったカメラの話で盛り上がる。
 カメラや写真にもともと強い興味があったわけではない。カメラマンという職業に対するイメージも、報道カメラマンが揉みくちゃになりながら連射する戦場のようなものか、グラビアカメラマンが「いいねいいね、じゃあちょっと脱いでみようか」などと声をかけながら撮るような偏ったものしかなかった。

 あるとき一眼レフのCMをぼんやり眺めながら、なんとなく「欲しい」と言ったのを当時付き合っていた人が覚えていて、特別な日に突然贈ってくれた。それが僕にとって初めての(ちゃんとした)カメラだ。
 なんてチャラい始まりなのだろう、ホストかよと思う。ただ、入門機とはいえ高価な買い物に違いないそれを贈られた僕は、もう腰を抜かす勢いで驚いて、喜んだりお礼を言ったりする前に、「なんでこんな高い物を勝手に買ってくんの?」などと怒ってしまったのだが。

 こんなとき、贈り物をされることに慣れている人なら、飛び跳ねたり抱きついたりして感謝を表すのだろうが、僕はそういうのが苦手だった。少なくとも自然とはできない。
 たとえばごはんをごちそうしてもらえる機会(女子に比べると断然少ないが)などもそうだ。せっかくの人の好意にも、「出します!」的な不器用な態度を取ってしまう。

 僕だって本当は、お会計の際に財布を出すふりだけで、「えっ、いいの? ごちそうさまです」と、今日いちばんの笑顔で言いたいのだ。相手の肘におっぱいをチョイ当てさせつつ腕を組んで、「ありがと♡」とやりたいのだ(おっぱいがないが)。

 カメラを贈られてから数日ののち、付き合っていた人にはその代金を支払い、僕が自分で買ったということにさせてもらった。ほら出ましたよ、不器用な態度を取ってしまうマンが。いや、このときは、不器用や遠慮などとは違うしっかりとした理由があった。厳密に言うと「理由をつけた」なのだが。
 高価な贈り物に対して、申し訳ないという気持ちは引き続きあった。だがもっと申し訳ないのは、自分で欲しいと言って贈ってもらったにもかかわらず、それを使わなくなってしまうことだ。

 こんなゆるい始め方では簡単に投げ出してしまいそうな気がした僕は、自分がどうしてもカメラが欲しくて、どうしても写真を始めたくて、だから買ったということにしたくなった。
「退路を断つ」的な発想が武将かよと思う。だが、そもそもが「なんとなく欲しい」程度の気持ちだっただけに、意志というか情熱というか、自分の中に、何かよりどころのようなものが必要だったのだと思う。

 今にして思えば、それは英断だった。僕はカメラを続けている。そして、付き合っていた人に猛烈に感謝している。
 あのとき君が贈ってくれなければ、僕はカメラを、写真を始めてすらいなかったと思う。カメラマンになるきっかけを与えてくれてどうもありがとう。
 あのカメラでたくさん君を撮った。そのたびに君はうれしそうにして、とても喜んでくれたけれど、今ならもっときれいに撮ってあげられると思うんだ。

 ありがとう。

────某月某日
 これまでに刊行した5冊の本のうち、3冊で女優さんにイメージモデルをお願いしている。

 1冊目の『僕の隣で勝手に幸せになってください』では小松菜奈さんに。2冊目の『NAKUNA』では松岡茉優さんに。3冊目の『君を読む』では飯豊まりえさんに。どなたも売れっ子で、鬼のようなスケジュールの中を引き受けていただき、感謝している。
 撮影も僕が担当していて、それぞれ、当日のことは昨日のように思い出すことができる。たとえば僕が、彼女たちを物理的に抱きしめたら、その場でつまみ出されて一生干されると思うのだが、その代わりに、あの日の1秒1秒を今もこうして抱きしめている。

 ある取材で、イメージモデルの選考基準について訊かれたとき、「大好きだからです」的に答えたら、現場が「えっ、それだけ?」的な空気に包まれた。もっとドラマチックなエピソードがあればよかったのだが、大好きに勝るそれを見つけることができなかった。
 メディアで彼女たちを見かけるたび、自分のことのようにうれしい気持ちになっている。街中の広告などで見かけると、思わず写真に撮ってしまったりもする。親戚かよと思う。

 菜奈さん、茉優さん、まりえさん、大好きです。今度よかったらごはんでも行(略)
 お仕事、またご一緒できますように。

────某月某日
 昨年あれだけ流行したものの名前がぱっと出てこず、はやり廃りの恐ろしさを改めて知る。
 流行はいつか終わるので定番になりたい。来年も5年後も10年後も、「これはいいものだ」と思われて大切にされたい。消えたくない、忘れられたくない。いつも当たり前のようにそこにあって、好きなときにいつでも触れられて、感じられたい。

 作品の話として書いていたのだが、人にも当てはまると思った。そんな人間になりたい。

────某月某日
 子どもの頃、おなかが痛くて眠れない夜に、よく母にさすってもらっていた。特に体が弱かったわけでもないのに、夜になると頻繁におなかが痛くなる子どもだった。もしかすると精神的なものからくる痛みだったのかもしれない。大人になった今でも、そこら辺の弱さは変わらないが。

 母にさすってもらうとおなかの痛みが引いて、気がつくと眠っていた。幼心に、自分の母は「ものすごい手」の持ち主なのだと思っていた。母の手は他の大人たちと比べても大きい方だったし、なんというか、いろいろと説得力があった。僕は、母の手の魔法を信じていた。

 大人になるにつれて、ものすごい手の持ち主は、母だけではなかったのだと気づいてゆく。僕と同じような経験をしていた子どもは、きっと世界中の家庭にいたのだ。
 ひとことで言ってしまえば、ものすごい手の正体は「プラシーボ効果」である。

 プラシーボとは「偽薬」だ。たとえば頭痛の患者が、医師から「頭痛によく効く薬を出しておきます」と言われたとして、それがただのビタミン剤であっても、飲むと頭痛が治ってしまう。「先生がよく効くと言った薬を飲んだのだから大丈夫だろう」という心理が働き、心が落ち着いて、頭痛を治してしまうのだ。「病は気から」という言葉があるが、それでいくと、プラシーボ効果は「気から健康」といったところだろうか。

 ただ、ものすごい手を「偽薬」などといった味気のない言葉で片づけてしまうのは残念に思う。僕や世界中の子どもたちが信じていたものを、そんなふうに言わないでいただきたい。
 あの頃の母は、確かに魔法をかけていた。安心感という名の魔法でもって、怯える心を包んでいたのだ。

────某月某日
 同僚女子が雑誌の占いページを熱心に読んでいた。
「当たるの?」と訊いてみると「どうだろうね」とのことで、当たるか当たらないかはあまり重要ではないようだった。「話は聞いてほしいが、別にアドバイスを求めているわけではない」というスタンスにどこか似ていると思った。

 ついでに星座を訊かれたので答えると、「えーっと、あれ? 今月恋愛運いいみたいだよ」と教えてくれた。悪い気はしなかったが、「あれ?」というのはどういう意味だったのだろう。

 他の女子たちにも訊いてみたのだが、やはりみんな、占い自体は好きなのだという。ただし、その理由までを訊くと「なんとなく」くらいの答えしか返ってこない。特に理由もなく好きなものには、嫌いになる理由も生まれづらいはずで、彼女たちは当分占いを好きでいると思う。

 ふと思ったが、もしも僕がおっぱい占いの達人だったとしたら、世の女子たちは僕に快くおっぱいを見せてくるのだろうか。
 少しばかり将来が不安だからといって、少しばかり寂しい気持ちを抱えているからといって、彼氏でもない男におっぱいを見せてはならない。おっぱいはそれほど簡単なものではない(知らんけど)。

 話をまとめたい。
 僕も好かれたい。なんとなく、ずっと、みたいに。

────某月某日
 連絡事項を送信すると、すぐに「わかった」と返信が来た。自分で選んだ赤い手帳型のケースが目印だ。母はスマホを使いこなしている。

────某月某日
 いつもはだらしない格好で出勤してくる同僚男子が、今日は見違えるほどにパリッとしている。
 訊くと、仕事のあと同窓会に出席するのだという。当時好きだった人にも会えるとのこと。ああ、そういうことか。わかりやすくうきうきしている彼がとてもかわいい。パツパツなジャケットも含めて愛してやれる。
 昔、僕にも似たような経験があった。

 知らない番号からの着信は基本出ないようにしているのだが、ちょうど仕事の連絡を待っていたときで、反射的に出てしまう。

「はい」
「あっ、出た。蒼井くん? 久しぶり、玉野です。わかる?」
「玉野さん……? えっ、玉野さんって、あの玉野さん?」
「よかった覚えててくれて。福田くんから番号聞いたんだけど、何回かけても出てくれないから困っちゃった。元気してるのー?」

 玉野さん(仮名)は同級生の女子で、学年でも一、二を争うほどモテていたかわいい子だ。声を聞くのはいつぶりだろう、当時のいろいろが甦ってくる。もうひとり、小谷さん(仮名)という同じく人気の子がいて、僕や福田(仮名)を含むほとんどの男子は、ふたりのうちのどちらかに淡い思いを寄せていた。

 見た目だけでいうと、小谷さんの方がより美少女然としていた。
 小谷さんと僕はクラスが同じで、席も近く、最初のうちはビンビンに意識していた。たとえば彼女のそばにわざと消しゴムを落として拾ってもらったり、話すきっかけを作ろうと、日々あれこれ試みていた(かわいい)。

 だがそんな奮闘もむなしく、彼女とはまともに会話が続いた記憶がほとんどない。壁を作られているというか、どこか異性を寄せつけようとしない意思が感じられて、こちらもすっと引いてしまうのだ。
 僕の中で小谷さんは、日が経つにつれてするすると恋愛対象から外れていった。それでも、告られたら即答で付き合っていたとは思うが(チャラい)。

 玉野さんとはクラスが違い、廊下ですれ違うときくらいしか拝めるチャンスがなかったのだが、彼女の明るくて親しみやすそうなところや、女の子らしいふんわりとした雰囲気が好きだった。また、おっぱいが大きかったことも見逃せない点だった(そこなのか)。
 僕は断然玉野さん派だった。そして一度ふられてもいる。

「蒼井くんってさ、同窓会とか来る人だっけ?」
「同窓会あんの?」
「うん、学年全体でやるんだって。ほら、大変なこと(震災のことを指しているのだと思われる)になっちゃってからさ、みんな会えるときに会っとこうよってなったでしょ? そういうのもあるらしくて」
「そっか」
「あたし、福田くんと一緒に幹事グループに入れられちゃってね、とりあえず連絡が取れる仲よかった人から電話かけていってるとこ。来月の〇日なんだけど、来れそう?」

 こんなことがなければ、彼女を思い出すこともなかったのかもしれない。昔、好きだった人。
「同窓会あるある」のひとつに、好きだった人の変わり果てた姿に時の流れを感じて悲しくなってしまう、というものがあるが、玉野さんはきっと、きれいになっていると思う。
 玉野さんに会いたい──。美化は片思いにおいて、より猛威を振るうのだ。

 仕事の調整がつかず、結局僕は同窓会に参加できなかった。それでも、玉野さんとは会えた。後日、福田と3人で集まることができて、朝まで飲んだ。
 玉野さんは当時よりもずっとかわいくなっていて、ちゃんときれいになっていて、「ほらね! ほらね!」と内心誇らしい気持ちになった。もちろんおっぱいも健在だった(そこなのか)。

 片思いをした相手が今も素敵でいるだなんて、夢があっていい。
「蒼井には悪いけど、あのとき俺が選ばれてよかったって思うよ。だってこいつ、最初、お前のことがいいって言ってたし」
 そう言って福田が笑う。

「最初だけね、最初だけ」
 玉野さんも笑う。

 僕が玉野さんにふられたあと、ふたりは付き合い始め、長い交際を経て結婚した。久しぶりに見るふたりは、今でもちゃんとお似合いのふたりで、これでよかったのだと思えた。

「ちょっと待って、玉野さんって俺のこといいって思ってたの? じゃあなんで俺はふられたわけ?」
「だって蒼井くん、小谷さんと仲よかったでしょ? だから、好きだって言われても『ほんとかなー?』って思っちゃって。それに、小谷さんね、蒼井くんのこと好きだったんだよ」
「えっ、聞いてない!」

 あの美少女が僕のことを、だと……? そんなふうに感じたことはたったの一度もなかった。あの寄せつけない彼女の態度は、僕への好意の裏返しだった……?

 いずれにせよ、別の女子のおっぱいに惑わされていた僕が、彼女の気持ちに気がつけるはずもなかった。小谷さん、ごめん。あと、僕も好きでした(チャラい)。
 同窓会には小谷さんも来ていたらしい。

「マジか……。ちなみに小谷さんの連絡先ってわかる? そんな話聞かされたら、なんか会いたくなってきた。いや、別にいやらしい意味じゃなくて。まあ、ちょっとはそれもあるけど」
「ああ、俺わかるよ。お前に教えていいか訊いてみようか? ていうか、今から呼んでみる? 小谷さんな、おっぱい大きくなってたよ」
「マジで?」
「うん、マジ。めっちゃ太ってた。子どももいるって」

 そう聞いて僕はがっかりしてしまったのだが、幸せなのだろうなと考えたら、最高だと思った。

《次回に続く》

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