ダ・ヴィンチニュース編集部メンバーが、“イマ”読んでほしい本を月にひとり1冊おすすめする新企画「今月の推し本」。

 良本をみなさんと分かち合いたい! という、熱量の高いブックレビューをお届けします。

“共同保育”とは? からMONO NO AWAREに熱狂し、八丈島へと旅するきっかけとなったドキュメンタリー 『沈没家族 ――子育て、無限大。』(加納 土/筑摩書房)

『沈没家族 ――子育て、無限大。』(加納 土/筑摩書房)

『沈没家族』という作品に出会ったのは、2019年5月、「ポレポレ東中野」で上映されていた映画が最初だった。

 90年代半ば、東京・東中野で一人のシングルマザー・加納穂子さんが生きのびるためにとった手段が「共同保育」だった。「保育参加者募集中」と書かれたチラシを撒き、一緒に我が息子の面倒を見てくれる仲間を募集するのである。それだけ聞くとあまりに都合がよく、リスキーで無責任にも映るが、日々変化する子どもを前に試行錯誤して共同で子育てに励み、様々な感情をぶつけながらも参加者たちの心の拠り所にもなっていく。そんなひとつ屋根の下で赤の他人に育てられた男性が、半生を振り返ったドキュメンタリーが『沈没家族』だ。2020年8月末に書籍化された。

 本作の穂子さんのように、ためらいなく最初から人に頼れるのも才能なのだと思った。時代が異なるし、正解はわからないが、一人の息子を育てあげた女性の実験的子育ては、凝り固まった価値観や常識的思考に刺激を与え、ほぐし、生きることへの柔軟性の大切さに気づかせてくれる。そういう意味でも多くの人にこの“出来事”を知ってほしいと思った。

 話は戻るが、劇中歌を書き下ろした八丈島出身のバンド「MONO NO AWARE」の楽曲(とくに「A・I・A・O・U」)も聴いてほしい。私はすっかり魅了され、「東京」のMVで観た、彼らの故郷八丈島を訪れ(映画の監督も八丈島生まれ)、ライブがあれば赴く。文学の香り漂う“歌詞のセンス”と彼らが奏でる音色はクセになる。

中川 寛子●副編集長。エッセイ、社会派ノンフィクション多め。藤子・F・不二雄作品好き。9月に標高1600mの音楽フェス「ハイライフ八ヶ岳」へ。MONO NO AWAREをはじめ久々に生音を全身で浴びた。コロナ禍での実現、その裏側を想像するとまた胸が熱くなる。

冒険心を忘れた大人に! 知恵と技術で不便を楽しむ『アウトドアテクニック図鑑』(寒川一/池田書店)

『アウトドアテクニック図鑑』(寒川一/池田書店)

 無人島にいくなら、何を持っていく? 誰しも一度は考えたことがあるだろう。

 仕事柄、本の入れ替わりが激しい。そんな私の本棚で一番の古株は、小学生の時に父が買ってくれた『冒険図鑑―野外で生活するために』(さとうち藍:著、松岡達英:イラスト/福音館書店)だ。野外で生活するための全てが詰まっていて、この本があればどこでも生きていけるような気がしていた。何度も読み返し、いつ十五少年漂流記的なアクシデントが起こっても大丈夫。むしろ、そんな日がやってこないかとワクワクしたものだ。

 それから成長し、気持ちのいい時期にキャンプに行く程度のアウトドア好きに。最近は、限定や別注などのかっこよくて便利なギアを集め、スモーカーやダッチオーブンで非日常を感じられるキャンプ料理にハマっていた。

『アウトドアテクニック図鑑』はそんな私に、あの頃の気持ちを呼び起こしてくれた。

 水源を確保する方法や、タープポールを枝で代用してテントなしで野営など、自然を利用してアウトドアを楽しむ技の数々。さらには、自然の材料で道具を作る方法も。そういった知恵や技術で不便を楽しみたい。

 無人島に突然取り残される… なんてことは起こらないだろうけど、擬似体験はできる。この秋は、知識と最小限の道具を持って冒険に出かけたい。

丸川 美喜●雑誌の編集経験を経て、2017年にダ・ヴィンチニュースの編集に。雑誌編集者時代は、女性向けアウトドアイベントなども行う。プライベートでは1児の母。

旅先で感じる「所在無さ」のような、心地よい浮遊感と後味の悪さ『砂漠が街に入り込んだ日』(グカ・ハン:著、原正人:訳/リトルモア)

『砂漠が街に入り込んだ日』(グカ・ハン:著、原正人:訳/リトルモア)

 旅に出られないモヤモヤを誰もが抱えて夏を過ごした今、おすすめしたいのが『砂漠が街に入り込んだ日』。韓国を離れ渡仏した作者が、母国語ではないフランス語で書いた短編小説集だ。

 短篇「雪」の主人公・私は、映画を学びに海外へ渡ったものの、ただ母国から逃げてきた思いだけを抱えて漫然と語学学校へ通いアルバイトを続けている。ある日突然SNS越しにかつての知人の死を知る。その知人は母国での大学時代に同じ映像系コースに所属していたけれど、特に私と親しいわけじゃなかったのに、この海外で一度だけ会ったことを思い出す――突然「そちらに行く機会に会わない?」と連絡を寄越してきた彼女と乗り気でないままカフェで会うことになった私は、何気ない思い出話を通じて、自分が無くしてしまったいろんなものに気づいたんだった――でも、それを教えてくれた知人ももうこの世にはいないんだ。

 やっとの思いで逃げてきたのに、大事なものを忘れてきてしまったようで、今いる場所でも所在無さが募る…本を読んで残るのはそんな感覚。日常から逃れたくて旅に出たのに、旅先での私は部外者で、結局もとの場所に戻るんだ…楽しいはずの旅行でふと感じる苦さに通じる匂いを、ぜひ本書で味わってみてほしい。

田坂 毅(たさか・たけし)●美術館やシンクタンク勤務を経て、編集者に。最近、釣った魚を自分で捌いて調理できるように。インスタ投稿が本・マンガより魚・料理で埋め尽くされ、友人知人から心配される。

内なる自分との対話が始まる法廷マンガ『家栽の人』(毛利甚八:作、魚戸おさむ:画/小学館)

『家栽の人』(毛利甚八:作、魚戸おさむ:画/小学館)

 小学生の時、父の本棚にあったこの本と出会ってから、『家栽の人』と『ナウシカ』を年に1回は読むのが、もはや儀式になっている。それくらい、自分の人生の中にずっとある作品だ。

 主人公は家庭裁判所の裁判官・桑田(趣味は植物の鑑賞と手入れ)。物語は彼が受け持つ各事件を中心に、関わる人たちのさまざまな思いを描く。桑田氏は魅力的な人物で、彼から気づかされることも多いのだけれど、読み進めるうちに桑田氏の存在がどんどん透明になっていって、自分の中の価値観と対話していくことになるから不思議だ。

 例えば、凄惨で凶悪な犯罪を起こした少年は少年法と刑法どちらによって裁かれるべきかなんて、考えたって分からない。実名報道が正しいかどうかも。桑田氏は言う。「どんなに長い処分を与えても、少年は社会に戻ってくるんです。誰かの隣に住むんですよ。」…私の友人、家族、そして私自身も生きている限り、人と関わらずに居れない。だからこれは私の問題でもあるのだ。

 完全懲悪でスパッと白黒つく結末なんてほとんどない。多くの案件は家庭内の“よくある”諍いだ。その中で考え続ける桑田氏の真摯な姿勢は、私にも背筋を正させる。年齢を重ねながら何度も読み返し、自分の在りようを確認するためこの本を読む習慣は、今後も続いていきそうだ。

遠藤 摩利江●マンガ・アニメ・怖い話が病的に好き。部屋には本棚と床置き本のタワーがあり、生活スペースのほとんどを占領されている。最近はツイステ5章の配信で情緒を乱され、寝れねんだよ 興奮して…状態になった。

都会に数限りなくあふれる人生、すべての奥行きをしみじみ感じる「終電の神様」シリーズ第3巻(阿川大樹/実業之日本社)

『終電の神様 台風の夜に』(阿川大樹/実業之日本社)

 上京してもうすぐ3年になる。本シリーズの1巻を手に取ったのは、東京移住の前後だったと思う。登場人物が都会の片隅でほろ苦くも懸命に生きる姿に、これからそんなひとりになるのだと、淡い期待と不安をいだいたものだ。

 1巻では、人身事故で運転停止となった夜の満員電車に乗った人々の物語を、2巻では、終電が去り始発を待つ街での出来事を描いた本シリーズ。最新作となる3巻は、台風のために夜8時頃に電車がなくなる日に起こる、5つの物語が収められている。

 29歳で地下アイドルをする女性が、ギャラ飲みで出会った年上の外科医に恋をしてしまう話。店をたたんだのを機に恋人と結婚した女性が、母親のために結婚式をする話など、登場人物は「何者」でもなければチートな能力を持つでもない。地道に人生を紡いできて、時に仕事に疲れ、経済的に疲れながらも、生きている。そんな人々が台風の日に迎えるちょっとした転機の物語。距離感を計算しながらも、時につながりあい、やがて離れてもずっと心に残る人間関係は、都会ならではのように思えてならない。

 東京にはたくさんの人生があふれている。普段はバラバラで非凡な私たちの人生に、電車は心地よいフォーマットを提供してくれる。東京3年目にしてそんなことを思う。

宗田 昌子●マンガ、たまに文庫本を読みながら寝落ちする日々。今は『極主夫道』を読み直して3巻の某シーンをドラマで玉木宏さんがどう演じるのか気になって仕方ない。Netflixで韓国ドラマデビューし、圧倒されまくっている。

ネタバレ一切なしです、ご安心ください。9/30発売、待望の続編『Another 2001』(綾辻行人/KADOKAWA)

『Another 2001』(綾辻行人/KADOKAWA)

※発売前の本であり、最新作の内容には一切触れていません。「続編が楽しみ!」という、ただのファンのつぶやきです。

 綾辻行人さんの『Another 2001』。待望の続編だ。自分の『Another』との出会いは、P.A.WORKS制作、水島努監督の2012年のアニメだった。夜見山北中学校3年3組の周囲で起きる、不可思議な事件の数々。アニメを観ながら、当時一緒に雑誌を作っていた先輩に薦められて観た映画『ファイナル・デスティネーション』を思い浮かべた。2作品とも、主人公たちは理不尽な運命に翻弄され続けるのだが、もうあまりにも理不尽すぎて、一周回ってエンターテインメントになっている。ちなみに、『Another(下)』文庫版のあとがきで、綾辻さんは『ファイナル〜』からの影響に言及している。めちゃくちゃ腑に落ちた。

 今年の1月、『Another』と同じくP.A.WORKS制作の『劇場版SHIROBAKO』の特集取材で、京都にて綾辻さんとお話をする機会に恵まれた。「もっと不道徳で不謹慎な作品が好き」と笑いつつ、丁寧に編まれた『SHIROBAKO』の物語への的確な分析と、愛情ある目線が印象的だった。新本格ミステリを牽引してきた先駆者でありながら、他のコンテンツを楽しみ、リスペクトし、創作の糧にしている。『Another』が面白い理由を、またひとつ知れた気がした。

 というわけで、新作の内容に触れることなく、『Another 2001』を紹介してみました。

清水 大輔●音楽出版社での雑誌編集や広告営業などを経て、20年7月よりダ・ヴィンチニュース編集長。『SHIROBAKO』特集取材では、富山県南砺市のP.A.WORKS本社にも訪問。それはもう、素晴らしい環境でした。