「AIの発展によって、人間の失業者が大量に生み出されるのは正当か」「『遺伝子組み換え』によって、優秀な子どもをつくってはいけないのか」「世界的に人口が増加するなか、一国の人口減少は憂慮すべきことなのか」――。世界が直面する難題に、「哲学」を使って挑んでいく『世界を知るための哲学的思考実験』(朝日新聞出版)。思考実験とはいったい何なのか、なぜ世界を知るうえで必要なのか。本書の著者で哲学者の岡本裕一朗氏が実例をあげて、その一端を紹介する。

*  *  *
 東京オリンピックを目前に控え、市販の自動運転車が公道を走る日も近づいている。しかし、技術的な進化はもちろんだが、社会的な制度もまだ整備されてはいないように見える。

 もちろん、いずれも完璧にできてからスタートする必要はなく、そのつどプラグマティックに対応すればいいのかもしれない。それでも、将来起こりうる可能性は、想定しておかなくてはならない。そのとき、どんな自動運転車を買うべきだろうか? 思考実験を通して考えてみよう。

--------------------
【思考実験 家に自動運転車がやってきた!】

 太郎は今まで自分で車を運転し、家族の送迎も任されていた。しかし太郎が不在の場合は、他に運転できる人がおらず、家族から不満がでていた。そこで、自分が不在でも、家族を乗せて安全に送り迎えできるように、太郎は完全自動運転車を買うことにした。

 A社は技術に定評があり、安全性をうたっていたので、その会社の車を買おうと考えていた。ところが、最近B社も自動運転車を発売し、「乗員ファースト!」を大々的に宣伝していた。

 少し気になって、B社に尋ねたら、担当者から次のような返事をもらった。

「要は緊急事態のとき、どのようにプログラムされているかです。たとえば、道路上に5人の歩行者が飛び出してきて、ブレーキでは間に合わないとき、進路を変えて危険を回避する場合があります。しかし、左に曲がると壁に激突し、右に曲がると対向車と衝突するとき、どうプログラムするかが問題になるでしょう。わが社のクルマは、乗員のリスクが一番少ないように設計されています!」

 これを聞いた太郎は、疑問が残ったので、もう一度聞き直すことにした。「どう違うのですか?」

 担当者の答えは、次のものだった。「まっすぐ進めば、歩行者5人が亡くなるかもしれませんが、乗員は安全です。左に曲がると、歩行者は救えますが、車が大破し、乗員は亡くなるでしょう。また、右に曲がると、歩行者は守れますが、対向車と衝突するのですから、その乗員とこちらの乗員の命が危険にさらされます。わが社のクルマは、何よりも乗員の命を第一に守るようにプログラムされてます」

 この説明を聞いて、太郎はB社のクルマを買う気になるのだろうか?
--------------------

 たしかに、消費者の立場からすれば、何があっても「購入者の利益」を第一に考えているクルマを買いたいだろう。

 たとえば、先発のA社のクルマが、功利主義にもとづいて設計され、先ほどの緊急時には、左に曲がり壁に激突するようにプログラムされているとしたら、太郎はA社のクルマを買おうとするだろうか?

 おそらく、A社の自動運転車を購入することを躊躇するはずだ。クルマが緊急事態のとき、あえて壁にぶつかり、乗員の命を危険にさらすならば、「家族を自動運転車には乗せられない!」と感じるだろう。

 とすれば、A社の判断は間違っているのだろうか。それを考えるために、B社の方針が社会的に容認できるのか、歩行者の立場から見てみよう。

 たとえば、クルマの乗員が中年男性一人であり、歩行者が5人の子どもだったとしよう。そのとき、B社のようにクルマが歩行者をひくように設定されていたならば、そうした設定を決定したB社に非難が集まるのではないだろうか。「子ども5人の命よりも、クルマの所有者1人の命を優遇した利益優先の会社」として、糾弾されるわけである。では、どうしたらいいのだろうか。

 実際に以前、ある外国のクルマ会社のエンジニアが、「わが社のクルマは乗員ファーストに設計します!」と語ったことがある。ところが、この発言は会社によってすぐに否定されてしまった。「エンジニアの発言はあくまでも個人的な発言であり、会社の公式の考えではない!」とされたのだ。

 たしかに、エンジニアの発言が会社の公式の見解だとすれば、「乗員ファースト!」の方針を打ち出し、クルマの所有者の利益を優先することで、結果クルマが売れるという「会社の利益ファースト!」にすぎない、と社会的に批判されるかもしれない。しかし、だからといって、会社は「乗員ファースト!の方針は取らない」と明言したわけではない。「購入者の利益」をうたわない商品に、消費者としては購買意欲をかきたてられないからだ。

 では、どういう方針で、自動運転車を設計したらいいのだろうか。乗員ファーストなのか、それとも功利的な原則なのだろうか。あるいは、それ以外の方針が可能なのだろうか。しかし、今のところ、一度は問題になりながら、その後はサッパリ議論されなくなった。もちろん問題が解決されたためではなく、回避されたにすぎない。しかし、問題を避けるだけで、はたしていいのだろうか。

 ここで取り上げたのは、ほんの一端であるが、自動運転の問題でさえも、原則的なことは指針すら示されていない。だが、必要なことは、問題を回避することではなく、それを見すえたうえで議論することではないだろうか。そのためにこそ、思考実験が必要になるのだ。

 思考実験というのは、現実には実験できないことをいわば「頭のなかで実験してみる」ことである。未来世界を考えるとき、この思考実験はきわめて重要な方法になる。未だ到来していない世界は、想像的な形で考えるほかないからである。

 AIとバイオ・テクノロノジーの進化によって、どんな世界が始まるのか。民主主義や資本主義は、いかなる未来世界を切り開くのか。近代の人間中心主義は、到来する新たな世界でも維持できるのか。

 本書は、私たちが今後直面するさまざまな問題に対して、思考実験によってアプローチしている。ぜひ、ご一緒に考えてみてほしい。