毒蝮三太夫 毒舌許されるのはウルトラ警備隊のおかげ?

毒蝮三太夫 毒舌許されるのはウルトラ警備隊のおかげ?

 もし、あのとき、別の選択をしていたなら──。ひょんなことから運命は回り出します。人生に「if」はありませんが、誰しも実はやりたかったこと、やり残したこと、できたはずのことがあるのではないでしょうか。昭和から平成と激動の時代を切り開いてきた著名人に、人生の岐路に立ち返ってもらい、「もう一つの自分史」を語ってもらいます。今回はタレントの毒蝮三太夫さんです。

*  *  *
「ババア、そんなきったねえ顔でよく外を歩けるな」だの「ジジイ、まだくたばらないのか」だの、暴言の連発が何となく許されているのは、俺のバランス感覚と、あと知性と美貌のおかげだね。アハハ。

 この歳になってもこんなふうに仕事させてもらっているのは「毒蝮三太夫」になったから。それは間違いない。役者の石井伊吉(いしいいよし)のままだったら、とっくに引退して、日がな一日、庭いじりか何かしてただろうね。

――「毒蝮三太夫のミュージックプレゼント」は、TBSラジオの名物中継コーナー。リスナーは毒蝮の毒舌を楽しみにしている。言葉遣いは乱暴だが、周囲を不思議と不愉快にさせず、むしろ高齢者は「ジジイ」「ババア」と呼ばれて喜んでいる。

 最初から「ジジイ、ババア」って言ってたわけじゃないんだぜ。何年かは「おばあさん、今日もいいお天気ですね」なんて調子でおとなしくやってた。でも、しっくりこないんだよ。よそいき着てるみたいでさ。昔からの友人からもおまえらしくないって言われてたんだ。猫かぶったまま無理して長く続けてても仕方ない。見逃しの三振だけはしたくない。降ろされてもいいから本当の自分を出そうって開き直って、今みたいに「うるせえな、ジジイ!」って言い始めたんだよね。

 最初は、ずいぶん抗議が来たらしいよ。でも、局のほうがスポンサーに「蝮さんはこれでいいんです」って説得してくれて、俺には「今のままやってください」って言ってくれた。ありがたいよね。腹の据わってないスタッフだったら、あっという間に降ろされてるよ。

――テレビ番組「笑点」で、「毒蝮三太夫」の襲名披露をしたのは、1968年12月のこと。それまでは、俳優の「石井伊吉」としてテレビドラマを中心に活動していた。「ウルトラマン」シリーズでは科学特捜隊やウルトラ警備隊の隊員を演じた。

「笑点」では座布団運びをやっていて、そのころはまだ石井伊吉で「ウルトラマン」や「ウルトラセブン」に出てたわけだけど、局に苦情が来るんだよ。正義の味方がお笑い番組で座布団を運んでいるのはどういうことだ、ってね。「ウルトラマン」のTBSにも「笑点」の日テレにも。

 だから、座布団運びのときの芸名ってことで、番組の中では「毒蝮」って呼ばれてたのが、とうとう正式に毒蝮になっちゃった。

 名づけ親は談志(立川談志)と五代目圓楽(三遊亭圓楽)さん。談志とは学生時代に知り合って、やけにウマがあってしょっちゅうつるむようになったんだよな。

 襲名披露の7年ぐらい前から、談志は俺をずっと口説き続けてたんだ。「楽屋ではあんなに面白いのに、役者をしたら普通で終わっちゃう。それはもったいない。スタンダップコメディアンになれ」って。俺の適性を見抜いてたんだね。

 寄席や余興に連れていって、師匠たちに紹介して、いきなり「10分しゃべれ」って言うんだよ。俺を試してたんだろうな。

「役者やめて、もししゃべりの道で食べられなかったら、俺が生活の面倒を見てやる」って。当時の談志の人気は飛ぶ鳥を落とす勢いで、落語界でも一目置かれる存在だった。その談志がそこまで言ってる。有言実行で、自身が立ち上げた「笑点」で、座布団運びというチャンスも俺にくれた。こいつは本気なんだな、じゃあやってみるか、それが男としての仁義だって思ったんだよ。

 結局は、俺は番組で正式に毒蝮になって、それから談志が番組を降りちゃうんだけど、そのとき俺も一緒に辞めた。これも仁義かな。日テレは「ウチの番組で付けた名前だから、ほかの局で使ってもらえないよ」なんて言いやがってさ。脅迫だよな。冗談じゃねえよって思った。

 ラジオから声がかかったのは、「笑点」を降りて、半年ぐらいブラブラしてたときだった。

 ほんとは月の家円鏡(橘家円蔵)さんに頼みたかったらしい。でも都合が合わなくて、ディレクターが「そういえばちょっと前に麻雀した毒蝮ってのが面白かったから」って思い出して「お前、やるか」って連絡をくれた。

 捨てる神あれば、拾う神ありだ。べつに俺は、相手がディレクターだから面白いこと言ってたわけじゃない。いつも通りに下町風の軽口を叩いてたら、それを気に入ってくれたみたいだね。

――立川談志に独特の才能を見いだされて「毒蝮三太夫」としての人生を歩み始めた。それは運命の分かれ道だったようで、今振り返れば、結局は「毒蝮三太夫」と「石井伊吉」は同じ道を歩いていたという。

 石井伊吉って名前に未練がなかったわけじゃない。石井伊吉としてそれなりに役者をがんばってきたっていう自負も、そりゃあったよ。役者としては、まあ悪くはなかったんじゃないかな。科学特捜隊やウルトラ警備隊は、それらしくやってたと思うよ。気はやさしくて力持ちっていうアラシ隊員やフルハシ隊員のキャラとも、よく合ってた。

 だから今、ジジイとかババアとか言っても許されるのは、アラシやフルハシの役のイメージに助けられてる部分も大きいんじゃないかな。この人は、実は正義の味方なんだって。

 考えてみたら俺は、「笑点」だって毒蝮になったことだってラジオだって、自分でこうしようと思って動いたことはない。人にやってみろと言われたことをやってきた。自分にピッタリの場所を与えられて、ここまでやってこられたのは幸せだったと思う。

 そういう意味では、石井伊吉としての役者生活に未練はないかな。だけど、今の俺も結局は、毒蝮三太夫という役を演じているのかもしれない。演じているのは本名の石井伊吉だから、はまり役を見つけた石井伊吉も、幸せもんだよな。

――ラジオはこの秋で50年目に入る。毎回、放送時間が終わっても、集まったファンだけのために、30分以上の独演会が繰り広げられる。

 俺の今の役目は、年寄りを元気にして、医療費を少しでも減らすことだと思っている。元気になるには、人前に出て、たくさん笑って、友達と話さなきゃいけない。

 最近よく言うのが、世の中のジジイを何とかしなきゃいけないってこと。今、日本の財政の中で医療費の負担がたいへんじゃない。ババアは元気だけど、ジジイはすぐしょぼくれて引きこもっちゃう。

 俺がいくつになっても元気でやってることで、年寄りの励みになるといいんだけどな。ジジイたちには、ひとりひとりが町内の「毒蝮」になってほしい。どんどん人前に出て、面白いこと言って。いい歳なんだから世間体なんか気にしてないで、好き勝手なこと言い合って笑ってりゃいいんだよ。

 自分が90になって、人のことジジイ、ババアって言ってるのも面白いんじゃないの。

 長いこと生きてるけど、まだやったことがないのは、死ぬことだな。どうやったら、うまく笑って楽しみながら死ねるか、いろいろ考えてる。お棺の窓を開けたら、俺がニッコリ笑うとか、そういう仕掛けを作るのもいいかな。しんみり見送られるより、笑って見送られたほうがいいな。「なんで死んじゃったんだろうな」って思ってもらえそうじゃない。

(聞き手/石原壮一郎)

※週刊朝日 2018年8月3日号


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