「野性爆弾」くっきーの大ブレイクの裏に、相方・ロッシーの超天然力

「野性爆弾」くっきーの大ブレイクの裏に、相方・ロッシーの超天然力

 14日にオリコンの“2018年上半期ブレイク芸人ランキング”が発表され、お笑いコンビ「野性爆弾」のくっきーが1位に選ばれた。



 独特すぎる白塗りモノマネや、独特すぎる絵描き歌などオンリーワンの世界観で一躍ブレイク。8月には中国で作品の展示イベント「超くっきーランド」が開催されるなど、活動の幅がワールドワイドになりつつもある。

 僕はデイリースポーツの演芸担当記者時代から、約20年にわたって取材をしてきたが、周りの芸人仲間や関係者が異口同音に話すのは「くっきーがやっていることは、デビュー当時から全く変わっていない」ということ。

 演芸担当記者として、上方漫才大賞、上方お笑い大賞、ABCお笑い新人グランプリなどの審査員も担当してきたが「野性爆弾」のコントはいつ見ても、衝撃というか「よりによって、こんな大舞台で、なぜこのネタをやったのか…」という“読後感”がたなびくようなネタばかりだった。いきなりコントのストーリーが途切れ、耳をつんざくような大音量で不協和音が長時間鳴り響く。そして、そのまま幕を閉じるというような難解なコントを見終わった後の、なんとも言えぬ感情、何とも言えぬ会場の空気は今も生々しく残っている。

 ただ、一方、実は仲間内からの信頼は厚く、無頼に見えて、協調性は抜群。印象的だったのは2006年に「バッファロー吾郎」、「メッセンジャー」あいはら、ケンドーコバヤシ、「レイザーラモン」らが中心となって立ち上げたイベント「新吉本プロレス」に、くっきー(当時は本名の川島邦裕で活動)が出場した時のこと。土肥ポン太とのタッグで第1試合に登場。身長180センチ超の体といかつい風貌で観客を威圧しながらリングインし、お構いなしに暴れまわるのかと思いきや、試合が始まるときっちりした試合運びでクライマックスまで如才なく務め、第2試合へ美しくバトンを渡していた。

 普段のお笑いイベントではなく、暴走も味として受け止めるプロレスというフィールドだったが、きっちりと自分が求められることをやり、場を崩し切ることはしない。「またこの人と仕事がしたい」と相手に思わせることが売れっ子の資質だとしたら、その要素をこれでもかと見せた瞬間でもあった。

 また、今はくっきーに光が当たっている形になっているが、くっきーよりも先に“超天然キャラ”として注目を集めたのが相方のロッシーだった。2010年には千原ジュニアがロッシーにドッキリを仕掛けた模様を撮影した映画「無知との遭遇」も公開されるほどだったが、僕も実際にいろいろな天然エピソードを芸人仲間から耳にした。

●ダーツバーで働いている時、消費税の意味が分からなかったので“何となく”で消費税をとっていた。
●「タケノコだけは食べられないんです…」という話を、若竹煮を食べながらしていた。
●仕事場で浅越ゴエと子どもが食いつくおもちゃの話になり、仕事を終えてから浅越のところに「このおもちゃがそれです」とのメールが。当該のおもちゃで遊ぶ子供の写真が貼付されていたが、さらにメールの文面に「大切な写真やから、返してね」との文字。
●新幹線の車内で販売員さんに「お茶かコーヒーありますか?」と尋ね、販売員さんが「お茶はあります」と言うと「じゃ、いいです」と答えた。

 などエピソードは枚挙にいとまがないが、僕も身をもって体験することがあった。ロッシ―と僕はかつて行きつけの飲み屋さんが一緒で、ちょこちょこ会うたびに話をしたりはしていたが「野性爆弾」が東京進出するかしないか悩んでいる微妙な時にも、そこでロッシ―に会った。

 カウンターに2人で座り、およそ2時間、東京進出のメリット・デメリット、当時の大阪のお笑い事情、「野性爆弾」というコンビの戦力分析など、かなり込み入った真面目な話をしていた。僕も、僭越ながら、記者という立場でできる話を誠心誠意、目いっぱいさせてもらった。

 非常に濃密な時間ではあったが、話をしている間、ロッシーはずっと僕のことを「大西さん」と言っていた。何度も話をし、通常は「中西さん」というのに、この上なく真面目な話をした時だけ名前を間違え続ける。ある意味、絶妙な“間(ま)”の取り方に心が震えもした。

 僕のエピソードは横に置いておいたとしても、これだけのエピソードが多くの芸人から語られるということは、それだけロッシーが愛されているということ。そして、その愛は、ロッシー自身の優しさから芽吹いたもの。以前、人生の恩人について尋ねる僕の連載企画で吉本新喜劇座長の小籔千豊に話を聞いた時、恩人として挙げたのが「シャンプーハット」のこいでとロッシーだった。

 2001年、相方からコンビ解散を言い渡された小籔は、お笑いを辞める決意をした。ただ、コンビとして残っている仕事もあるので、その思いはごく一部の吉本興業社員にしか伝えず、日々を過ごしていた。

 そんな中、ロッシ―から電話がかかってきた。「今日遊びましょうよ」。断りの返事をしても、ありえないくらいのしつこさで「ウチの家に来てください」と誘ってくる。いぶかしく思いながらも、ロッシ―の家に行くと、缶ビールが山ほど用意されていた。とにかく金のない時期で、ビールなんて、そうそう買えるものじゃなかっただけに、その時点で、これは普通ではないと感じたという。

「あとから、こいでも終電で駆けつけて、3人飲んでたんですけど、何と言ったらいいのか、ふと、場の空気が変わったんですよね。ほんで、2人を見ると、意を決した顔で『辞めんといてください。小籔さんは絶対に売れます』と。あとから聞くと、劇場スタッフ経由で解散の話を聞きつけた2人が、いてもたってもいられず、やってくれたそうなんです」

 本来、後輩から先輩に言うべき言葉ではないのかもしれないが、それを承知で、翌朝5時にこいでが始発で仕事に行くまで、延々「辞めんといてください。絶対売れます」を2人は繰り返した。

「ロッシ―の家に行くまでは、完全に辞めるつもりでした。でも、一晩話をしたところで、思ったんです。こんなにエエ人間に囲まれてできる仕事はなかなかないやろうなと。そんな人らと別れるのはもったいないと。そして、今思うのは『オレらが止めたから、今のあの人があるんやで』と2人にイキってもらえるように、僕はもっともっと頑張らなアカンということです」

 ロッシーに光が当たり、そして、くっきーも売れた。コンビはまさに一蓮托生。どちらかが世に出ていれば、その屋号が廃れることはない。今のくっきーのブレークは決して単発ではなく、文脈ありきだと僕は確信している。

 13年5月、ロッシーの結婚発表会見があった。当時は天然キャラでロッシーの方が注目を集めていた時期でもあった。そこで、くっきーがロッシーの奥さんについて「目鼻立ちがハッキリしていて、有名人で言うと、若い頃の布施明さんに似ています」と説明、自作の似顔絵を披露した。「布施明さんを書くつもりが、間違えて、布施博さんを書いてしまいました」とボケながらリアルなタッチの布施博の似顔絵を出したが、今ならば報道陣から大きな笑い声が出るところだろうが、その時はあまりの生々しい画風に、お笑いの取材経験が乏しい女性記者などはリアルにドン引きしていたのを思い出す。

 陳腐な“コンビ愛”なんて言葉は似合わない2人なのだろうが、実は「野性爆弾」こそ、生き様でそれを体現してきた。そう思えてならない。(芸能記者・中西正男)


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