「秀吉」主演の竹中直人が今だから明かす“いちもつの思い出”

「秀吉」主演の竹中直人が今だから明かす“いちもつの思い出”

 豊臣秀吉の信奉者といってもいい司馬遼太郎は『司馬遼太郎が考えたこと〈2〉エッセイ1961.10~1964.10』 (新潮文庫)のなかで、秀吉について次のように語っている。

「秀吉は好きです。とくに天下をとるまでの秀吉が大好きです。歴史上の人物で私が主人として仕えていいと思うのはこの時期の秀吉です。他人の功利性をもっとも温かい眼でみることができたのは諸英雄のなかでは、秀吉のみでしょう」。

 秀吉について司馬が事あるごとに「日本史上、もっとも巧みに人の心を捉えた“人蕩し”の天才」と発言していたことはよく知られている。

 1996年、35作目の大河ドラマは、その豊臣秀吉を主人公にした「秀吉」。秀吉を主人公にした大河は1965年の第3作目「太閤記」以来31年ぶりで、2作目(脇役としてはそれまで『国盗り物語』『おんな太閤記』など6度も登場している)。

 原作は堺屋太一の『豊臣秀長 ある補佐役の生涯』と『鬼と人と〜信長と光秀〜』、そして本作のために書き下ろした『秀吉 夢を超えた男』の三作を物語の基とし、脚本を担当した竹山洋が創作した逸話を取り入れてドラマ化した。

 放送前年の1995年、日本は“阪神淡路大震災”と“オウム無差別テロ事件”、さらにバブル経済崩壊の影響で景気が悪化し意気消沈の極みにあった。

「独眼竜政宗」の演出陣のひとりでその後プロデューサーに転じ本作のチーフ・プロデューサーを務めた西村与志木は、“みんなが元気のない時代だからこそ、明るく、元気なドラマを作りたい”という思いで制作に挑んだ、という。

 秀吉に起用された竹中直人さんはものまねタレントとしてデビュー、監督作品「無能の人」、「シコふんじゃった」の助演で知られてはいたが、いきなりの大河主演抜擢は世間を驚かせた。当の竹中さんはどうだったのだろうか。

「えっ?! 天下のNHKが 大河ドラマの主役に俺ごときを?!… あり得ねぇだろ?!と思いました。

 そして直感的に思ったのはぼろぼろの汚らしい男をハイテンションでやりてぇ?!でした。ぼくにとってのヒーローは堕ちてこそヒーローだという思いがあったし、頂点に達したあとは堕ちてゆくそれこそがドラマだと思いましたから。『秀吉』では堕ちてゆくまでは描かれませんでしたが、その分『軍師官兵衛』で再び 秀吉を演る事になってそのイメージには少しでも近づけたのではないかと思っています」

 視聴率は当初の予想を大きく上回った。平均視聴率30.5%、最高視聴率は37.4%と、歴代の大河ドラマの中でも上位に位置する高視聴率を記録した。そんなヒット作に主演した竹中さんにはどんな思い出があるのだろうか。

「思い出はたくさんあるので切りがありませんが、しいて言うなら僕の“いちもつ”がふんどし脇からポロッと出た事です。ナイトシーンのロングショットだったのですがモニターをみんなでチェックしたとき、“あっ! ふんどし脇から出てる!”となりました。でも誰もそんなとこまで見てないだろう…という判断だったのです。が…見る人は見ていたんですね」

 今ではそれが、「秀吉」を語る上での最大ポイントであるかのようなレアな話題になっているのだが。

「あとは大河ドラマは撮影期間が長いのでスタッフ・キャスト共、あるチームワークが出来上がっていて、後から参加してくる俳優さんたちはその出来上がった空気の中に入っていかなきゃならない…大変だったろうな…という事です」

「秀吉」は、“壮大な夢を抱き続けた秀吉を作り上げることで視聴者に夢を与えたい”と願ったプロデューサーの西村と“愛すべきヒーロー”を熱演した竹中の見事なコンビネーションによって、記録的な視聴率を生んだ“大河ドラマ中興の祖”になった。(植草信和)


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