米国育ちのRei 日本でポップスに開眼したのは阿久悠と松本隆の影響だった?

米国育ちのRei 日本でポップスに開眼したのは阿久悠と松本隆の影響だった?

 Reiは4歳でクラシックギターを習い始めた。当時住んでいたニューヨークで、ギターを弾きながら歌う女性シンガーを見て、「あれを買って!」とねだったのがきっかけだった。

「渡米して間もなくのことで、日本語も英語もコミュニケーションツールとして使いこなせていない自分がいたんです。そんな中、音楽は、私にとってフィット感があるコミュニケーションツールだ、と直感して。それ以来、ギターを弾くことが自分のアイデンティティーになりました」

 ギターを取り上げられたら、私の生きる意味はないと思うほどに、音楽にのめり込んだ。クラシック音楽の名作曲家たちの作った音楽を学びながら、時空を超えて音楽がずっと生き続けていることに感動した。

「以来、自分も音楽の中に生き続けたいと思うようになりました。私の命は有限だけれど、私がいい音楽を生み出せたら、私が死んだあともずっと歌い継がれるかもしれない。それが、今も昔も、私が音楽をやるモチベーションになっています」

 日本に帰国後は、いずれはアメリカでデビューしたいと考えていた。

「でも、仲間とバンドを組んで歌を歌うようになって、日本語の歌詞を勉強するうちに、阿久悠さんや松本隆さんのような日本を代表する作詞家の方たちの言葉の紡ぎ方に感動して。猛烈に、ポップスをやりたいと思うようになるんです。日本語はとても美しい言語で、そこにリズムやメロディーを乗せていくポップスにオリジナリティーを感じた。欧米のインフルエンスも受けつつ、独自に発展した日本のカルチャーは世界に誇れるものです。いつかその代表格になりたい、と思いました」

 昨年秋にアルバム「REI」をリリースした。それぞれの曲に、等身大の自分を包み隠さず表現したいという思いが込められている。

「今回の曲作りは、あらためて私自身がどういう夢を志しているのか、どういう音楽を聴いてきたのかを見つめ直すきっかけになりました。結局、自分の中にある歪な部分がいくつも見つかって、戸惑ったりもしたんですが、でもそれが自分の特徴であり、長所でもあるのかなって」

 英語と日本語が混ざり合う歌詞。懐かしさと新しさが行き来するメロディー。声の可愛さと、パワフルなギターテクニックが共生し、共鳴する音楽は、何にも似ていないオリジナリティーに溢れている。

「戦前のブルーズや60年代のロックを聴いていたりすると、『渋いね』『古いものが好きなんだね』などと言われることが多いのですが、私は音楽を古い新しいで分けて考えてはいないんです。音楽は音楽。芸術は芸術。私は私。物事を、分類したり区別したりしたくはないですね」

「神童」という映画の中の「あたしは音楽だから」ってセリフに共感するという。音楽と自分は表裏一体。そこに古いも新しいもないのだと。

(取材・文/菊地陽子)

※週刊朝日  2019年1月18日号


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