植木等の付き人をやめた日…小松政夫がその時の“涙の理由”を明かす

植木等の付き人をやめた日…小松政夫がその時の“涙の理由”を明かす

 人生に「if」はありませんが、著名人に、人生の岐路に立ち返ってもらう「もう一つの自分史」。今回はコメディアンの小松政夫さんです。オヤジさんと慕う植木等さんの存在は、芸人としての師匠を超えたものだったと振り返ります。



*  *  *
 クルマのセールスマンをしていた21歳のときです。ビアホールに置いてあった雑誌を開くと、求人広告が目に留まったんです。

「植木等の付き人兼運転手募集。やる気があるなら、面倒見るョ〜〜」

「これだ!」と思いましたね。絶好の茶箪笥、いやチャンス。大草原に四つ葉のクローバーが、ほら摘んでくださいと言わんばかりにピョーンと立っているように見えました。

 あの雑誌を手に取らなかったら、今ごろ何をやっていたんでしょうね。もしほかの芸能人の付き人募集だったら、応募してないでしょうね。

 当時は営業所のトップセールスマンで、大卒初任給の10倍ぐらい稼いでいました。ほとんど休みなしでがむしゃらに働いて、毎週日曜日の夜、横浜のビアホールにあった大きなカラーテレビで、「シャボン玉ホリデー」を見るのが楽しみ。ブラウン管の中の植木等は大スターですよ。

 求人広告には600人ぐらいの応募があったそうですが、面接して数日後に採用の連絡をもらいました。仕事柄、物腰も言葉遣いも身についていたし、お金があったから服や靴だってパリッとしてましたからね。自分は運がよかったんです。

――こうして小松は1964年、植木等の付き人になった。もともと生粋の博多っ子。幼いころから人を笑わせ、喜ばせるのが好きだった。

 子どものころ、家に友達を呼んで、バナナのたたき売りの口上なんかを披露していたんです。お菓子をふるまって、独演会です。

 父は実業家で、僕は小さいころはかなり裕福な生活をしていました。中学のとき、父が急死して、生活は一変しました。

 高校を卒業後、俳優を目指して上京。俳優座養成所の入所試験のとき、道に落ちている10円玉を見つけて、さあどうするかみたいなことをやったんです。キョロキョロして、素知らぬ顔で靴を脱いで、足の指でそっとはさんで……なんてことをやってたら、合格しちゃった。

 でも、入学金が工面できなくてね。結局諦めました。

 それからいろんな仕事をしましたね。魚市場、花屋、はんこ屋、コピー機のセールスマン……。クルマの販売店にコピー機を売りに行ったとき、ブルドッグみたいな怖い顔した営業所の責任者の部長に「お前は見込みがある。ウチに来い」って言われたんです。それでクルマのセールスマンになりました。

 口八丁で、ノルマは達成。報奨金が出たら宴会です。僕は、盛り上げ役を買って出ました。幼いころに覚えた露天商の口上など、宴会芸なら引き出しがたくさんありますからね。

――サラリーマンの経験は後に、芸につながった。

 あるとき、課長に僕が叱られていたら、ブルドッグ部長が「声が大きい」と課長を注意したんです。すると課長は「お前のせいで怒られちゃったじゃないか、知らない、知らない」って急にオネエっぽいトーンになって。そう、私のギャグの「知らない、知らない」は、その人がモデルなんです。「シャボン玉」に端役で出してもらうきっかけにもなりました。

――植木との出会いに話を戻そう。当時の小松は22歳。セールスマン時代は月10万円以上あった収入が、付き人になると7千円になった。それでも、人生におけるかけがえのない日々だったと振り返る。

 植木のオヤジと出会っていなかったら、松崎雅臣(本名)は小松政夫になっていないし、小松政夫じゃないもう一つの人生っていうのは、松崎雅臣であって小松政夫じゃないし……。あれ、なんだかよくわかんなくなってきちゃった。

 お金のことはぜんぜん気になりませんでした。当時のクレージーキャッツの人気はすさまじくて、寝る時間もほとんどなかったけど、とにかく憧れの植木等さんの側に毎日いられるんですから、こんな幸せなことはありません。

 セールスマンのときは販売台数というノルマに追われていたけど、オヤジさんに一日に一回、「おお、ありがとうな」「おお、気が利くな」と喜んでもらうことが、自分のノルマだと思っていました。とにかく、少しでも長くいっしょにいて、オヤジさんから吸収したいって必死でしたね。

 ある舞台で、植木等がはいている大きなスカートの中に隠れて、ちょこまか動き回るコントがありました。オヤジさんが高げたをはいていて、動くたびに私の足を踏むんです。痛いの痛くないの。だから、私の足の親指の爪は、大きく変形しているんです。

 舞台の上で生爪がはがれて、そのままにしておけないから、出番が終わってからモップを持ってふらふら出ていく。「何しに来たんだお前」「いや、きれいにしようかなって思って」って、そこでまたひと笑い。

 何十年もたってから、そのことを知ったオヤジさんは「そうだったのか」って申し訳なさそうにしてました。でも、こっちにとっては、足は痛かったけど笑いが取れて、ありがたい話ですよ。

 2017年に、NHKで私が書いた自伝的小説を原作にした「植木等とのぼせもん」っていうドラマが放送されました。そのせいもあるのかな。若い人が当時の芸能界の話に興味を持って、話を聞かせてくれって来たことがあるんです。

 こっちも大喜びで、こういう毎日だったって話しました。私にとっては楽しくて、いい思い出です。でも若い人は「そうですか。さぞ、わずらわしかったでしょうね」って。もうガッカリですよ。おいおい、何を聞いてたんだってね。今は通じないのかなあ。寂しい話ですよ。

――舞台やテレビの端役をしながら、付き人を3年10カ月務めた。植木のことは、人生の師と仰ぐ。

「知らない、知らない」や淀川長治さんの物まねがウケて、シャボン玉でもいろんな役をやらせてもらって、顔が売れていたみたいです。駅で植木等のカバンを持って立ってたら、女の子たちが「キャー!」って寄ってくる。オヤジさんにかと思ったら、私にサインを求めるんですね。

「してやれよ」ってオヤジさんに促されて、晴れがましいような恥ずかしいような気持ちでサインしました。女の子たちがいなくなったあとで「お前も本物になったな」って言ってくれてね。こんなこと言ってくれる人はいませんよ。

 ある日、クルマを運転中に後部座席の植木から、「おい、松崎。お前、明日からウチに迎えに来なくていいから」と言われた。クビかと思ってビックリしますよね。

 知らないうちにオヤジさんは、渡辺プロダクションと話し合って、タレントとして私と契約をする段取りを取っていてくれてたんです。ハンドルを握り締めて泣きました。しばらく動けないでいたら、オヤジさんに「まあ、急ぐわけじゃないけど、そろそろ行こうか」って言われてね。

 私が一応売れっ子と言われるようになったころ、オヤジさんはあまり忙しくはなかった。どんな大スターでも、あの植木等でさえも、入れ替えの時期は来てしまう。

 そんなときでも「いよー、よく来たな」って、あの調子で歓迎してくれてね。「俺、仕事ヒマだからテレビばっかり見てるんだけど、お前が頑張ってるのを見ると、俺ももうひと花咲かさなきゃって思うんだよな」と言ってくれました。そのときはトイレに入って泣きましたね。

 オヤジさんのところに行くとき、こっちは弟子ですから、運転手付きのクルマで玄関まで乗りつけるわけにはいかない。門からちょっと離れたところで待ってろって言って、ひとりで来たような顔で訪ねる。「飲んでくか」「いや、今日はクルマなんで」「うそつけ。運転手がいるくせに」って、お盆にコーヒーとお菓子を載せて、自分で運転手のところに持っていくんです。「小松が世話になるな」って言って。ああ、自分はずっと植木等の庇護の下に生きてるんだなあって思いました。

――そんな植木の人格は、小松の芸にも深く根を下ろしている。エキセントリックなコントでお客さんを笑わすだけでは喜劇ではない。笑いの後に涙あり、涙の後に笑いあり。喜劇は見ている人が喜ぶ劇。それが小松の持論だ。

 テレビや映画にも出させてもらっていたのですが「やっぱり板(舞台)がやりたい」と思ったんですね、1982年にライブハウスで「一人芝居〜四畳半物語」を上演しました。演出は伊集院静さん。当時出演していたバラエティー番組の構成を手掛けていて、そのご縁で参加していただきました。

 独身男が酔っ払ってアパートの四畳半に帰ってきて、寝るまでの話です。玄関でつまずいて布団に倒れ込んだり、背広のズボンを寝押ししたり。たばこを吸いたいんだけど、吸い殻しかない。なるべく残っているのをほぐして、新聞紙に巻いて吸い始める。「朝日はまずいなあ」って言ったら、ウケましたね。

 日常の切ない悲哀を演じて、クスクス笑ってもらう舞台をやりたいと思ったんです。ところが、やってみたらどっかんどっかん。

 また、ひとり芝居をやってみたいですね。今度は独居老人で。女房も死んじゃって、ブツブツ言いながら飯の支度をしたり、「母さん、元気かい」って言いながら仏壇に線香をあげたりする。「あれ、チンはどこ行った?」って、捜しても見つからない。仕方なく鍋を持ってきてコーンって鳴らしてみる。

 コメディアンとして、この歳だから伝えられることが必ずあると思っています。どうかひとつ、これからも、長ーい目で見てやってください。(聞き手・石原壮一郎)

※週刊朝日  2019年1月18日号


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