ヒット作「女囚さそり」秘話 梶芽衣子、オファー最初は断るも…

ヒット作「女囚さそり」秘話 梶芽衣子、オファー最初は断るも…

 もし、あのとき、別の選択をしていたなら──。ひょんなことから運命は回り出します。著名人に、人生の岐路に立ち返ってもらう「もう一つの自分史」。今回は、俳優の梶芽衣子さんです。人生の大きなターニングポイントは、27歳で結婚をあきらめたこと。破談となったとき、相手から言われた言葉を胸に刻んで、俳優としての道を極めてきました。



*  *  *
 私の人生で残念なことがあるとすれば、それは子供を産まなかったことです。私は子供が大好きで、俳優にならなかったら保育士になっていたと思います。結婚したら俳優を辞め、家庭に入るつもりでした。

 20代半ばを過ぎたころ、ご縁があって、ある方と婚約しました。結納を交わしたときは、「女囚さそり」を撮り終え、一段落ついていたころ。あのとき、結婚していれば、引退して平凡な家庭を築き、普通のお母さんになっていたと思います。

 しかし、「さそり」は大ヒットし、契約更新して続編を作ることに。結局、婚約した彼とは関係が破たんしてしまいました。別れるとき、彼が「これから誰とも結婚せずに、死ぬまで仕事を続けろ」と言い、それに私は「はい、わかりました」と返事をしたのです。

 破談と時を同じくして、所属していた東映を辞め、フリーになりました。幸せの形は人それぞれで、運命はどう動くかわかりません。今までの自分を一切捨てて、ゼロからスタートしたのです。フリーランスとして仕事をすることは、たった一人で走り続けることと同じです。例えるなら、オートバイに乗っていて、転倒しても誰も助けてくれない、自己責任の世界です。

 それから40年以上、覚悟を胸に、あらゆる修羅場をくぐり抜けてきました。あの約束通り生きてきたから、今の自分があります。

――梶の代名詞となった「女囚さそり」シリーズ。ヒットの裏に、人生の大きな岐路があったのだ。ここで、時計の針を少し戻そう。梶は1965年、日活に入社し、俳優としてのキャリアをスタートさせた。当時はテレビ番組が娯楽として台頭してきた時代で、映画の世界は転換期を迎えていた。

 あのころは、2週間で1本の映画を撮り終わるために、徹夜で製作の現場にいることもありました。先輩の俳優やスタッフから厳しい仕打ちを受けたこともありますよ。

 当時は、何もできない自分が悔しくて、情けなかった。厳しい世界だからこそ「やってやろう。このままでは終われない」と闘志を燃やし続けていました。それに一度俳優の仕事をすると、世間に存在を知られてしまい、デビューする前の生活ができなくなっていることもありました。後へは引けないのです。

 日活には6年いました。その間に、「昨日やった仕事は、今日はない。一切の過去を振り返らず、前しか見ない」という生き方が定まりました。

 日活を辞めたのは23歳。次から次へと撮影が続き、疲弊しきっていたこともありました。24歳で東映に移籍しましたが、少し時間ができたので、自分の俳優としての持ち味を自問自答しました。そんなときに「女囚さそり」のお話をいただいたのです。

――原作は、刑務所の女囚たちがタメ口でケンカし、リンチなどのシーンも多い。ヒロイン・ナミは暴力を潜り抜け、恨んだ人々に復讐していく。原作も映画も発表から半世紀近くが経過するが、カルト的な人気を誇る。ナミの設定は、それを演じる梶からプロデューサーと監督に提案したのだという。

 出演を最初はお断りしたのですが、プロデューサーの吉峰甲子夫さんは「家に帰って読んでみて」とおっしゃる。あらすじと原作を読んでみて、ナミの凄みが面白いと感じたのです。浮かんだのは、「一言もしゃべらないナミ」というイメージでした。どんなにひどいことをされても、相手にせず、無視を貫く。

 そこで私は、吉峰さんと伊藤俊也監督に「このヒロインに、セリフは必要ありません。一言もしゃべらないなら、この役をお受けします。でも、セリフがあるならやりません。二つに一つです」と申し上げたのです。

――2週間後「セリフなしで撮る」という決断が下された。ヒロインが一言もしゃべらないという設定は東映にとっても冒険だった。しかも伊藤監督にとってはデビュー作。映画が不発に終わっては、監督も主演の梶も未来はない。

 映画は通常、ロケ地を押さえたら、そのシーンをまとめて撮影してしまうのです。しかし「女囚さそり」は、1シーン目から最終シーンまで順番に撮るという「順撮り」がされました。これだと、俳優のスケジュール、スタッフやロケ地の調整が複雑になり、時間もかかります。

 通常の映画は2週間で1本仕上げるのですが、4カ月以上かかりました。単純に計算しても予算は8倍以上になります。だから、みんな腹を括って「いい作品を撮ろう」と心を一つにしていました。今だから言えますが、自分で「セリフなし」と言っておきながら、無言で演技をするのがとても大変で……撮影の最中に、何度も後悔しました(笑)。

 仕事で結果を出しても、成果が過去になるのはあっと言う間です。その一方で、俳優には定年はありませんが、結果を出さないと明日の仕事はありません。「とにかくしがみつく」という執念で、演じ切りました。

 撮影中は、不安を感じることはありませんでした。失敗したとしてもそれは前に進むための糧になる。これはあらゆる人にあてはまるのではないでしょうか。

――「女囚さそり」は大ヒットし、梶はその後、「修羅雪姫」(73年)など多くの映画作品で主演した。特に「曽根崎心中」は、梶にとって印象深い作品の一つ。数々の賞を受賞し、モントリオール世界映画祭の招待作品となった。

 私はノーギャラで出演しました。増村保造監督に毎日セリフのダメ出しをされ、「お前の演技が下手だから、酒がまずくなる」と言われてました。増村監督は、自分の思った通りのシーンを俳優、スタッフ、カメラマンの全てに要求します。

 特に大変だったのが、ラストの心中シーン。12月の極寒の所沢の山中で、2本の松に相手役の宇崎(竜童)さんと私は、それぞれの体を縛り付けて、お互いを刺し合います。

 私は松に縛り付けられたまま、食事もとらずに2日間徹夜しました。冷たい地面からはい上がる冷気で体の芯まで冷えましたが、何を食べる気にもなれなかったのです。「この松から離れたら、緊張の糸が切れてしまう。病気になっても死んでも、ここから離れない」と演技を続け、やっと監督のOKが出たのです。

――こうやって全身全霊をささげていた俳優の仕事。自ら覚悟を決めて選択した道だったが、中年にさしかかったころ、役の幅が狭まり、今後のキャリアにふと不安がよぎった。だが、梶はこの俳優人生の岐路で、当たり役を掴んでいく。

 年齢を重ねながら、俳優を続けるのが難しいと感じていました。というのも、女性の俳優は、30代後半から、母親役ばかりになってしまうからです。

 そんな42歳のある日、新聞で「鬼平犯科帳」ドラマ化のニュースを読みました。そのとき、出演していた「教師びんびん物語II」(89年)に携わっていたプロデューサーの亀山千広さん(後のフジテレビ社長)に「(密偵の)おまさを演じたい」と申し出たのです。

 一介の俳優が、テレビ局の偉い方に直接お願いするのは、フェアな行為ではありません。それでも、どうしても出たいと思ってしまったのです。あのとき、行動を起こさなければ、その後、28年間おまさを演じることもなく、そして今、私はここにいなかったかもしれません。

 以降、テレビの仕事は「鬼平犯科帳」が中心になりました。中村吉右衛門さんを中心とした撮影は、原作と同じ雰囲気のまま、一致団結して作品を作り上げていきました。そんな日々が28年間も続きました。

――鬼平の最後の撮影は2016年。翌年、梶は6年ぶりに新曲「凛」「触れもせず」(テイチクエンタテインメント)をリリース。同時に、120万枚を売り上げた「怨み節」のニューアレンジ版を発表した。女優として異彩を放ってきた梶は、歌手でもある。03年、クエンティン・タランティーノ監督の映画「キル・ビル」に梶の歌う「修羅の花」「怨み節」が使われたことから、梶芽衣子の名は若者や海外にも知れ渡っていた。

 おまさ役が終わり、これからどのようなキャリアを重ねていくか、思案していたときに、新曲をリリースするお話をいただいたのです。

 70歳の誕生日を迎えた17年3月24日に、青山のライブハウスでワンマンライブを行いました。心を込めて歌った曲をライブにいらっしゃったお客さまが聴いてくださる。これは素晴らしい経験でした。

――梶の信条は「媚びない、めげない、挫けない」。梶が映画の中で演じてきた、芯のある女性たちの生きざまを表すような言葉だ。俳優・梶芽衣子の人生は、彼女たちの存在なしには語れない。

 俳優の仕事は化けることです。そこに太田雅子(本名)は存在せず、梶芽衣子として、監督やプロデューサーの望む役柄を演じます。

 そのためには、新聞に毎日目を通し、健康に気を付けて、あらゆる準備を怠らないことが大切。いくら勉強しても、経験を積んでも足りない世界です。努力と同時に、他人の評価を気にせず、生身の正直な自分で勝負しなければなりません。

 何歳になっても、そのときにできることを精一杯やっていくこと。老後のことを考えて、悲観的になっている暇はありません。何歳になっても、「いいじゃない、やってやろうじゃないの!」という気持ちで、これからも生きていきます。

(聞き手/前川亜紀)

※週刊朝日  2019年2月22日号


関連記事

おすすめ情報

AERA dot.の他の記事もみる
主要なニュースをもっと見る
社会のニュースをもっと見る
経済のニュースをもっと見る
政治のニュースをもっと見る
国際・科学のニュースをもっと見る
エンタメのニュースをもっと見る
スポーツのニュースをもっと見る
トレンドのニュースをもっと見る
生活術のニュースをもっと見る
地域のニュースをもっと見る

いまトピランキング

powered by goo いまトピランキングの続きを見る

エンタメ アクセスランキング

ランキングの続きを見る

エンタメ 新着ニュース

新着ニュース一覧へ

総合 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

東京 新着ニュース

東京の新着ニュースをもっと見る

東京 コラム・街ネタ

東京のコラム・街ネタをもっと見る

特集

特集一覧を見る 動画一覧を見る

記事検索