"恋愛モンスター"安田大サーカスのクロちゃんが真実の愛を語る連載「死ぬ前に話しておきたい恋の話」。今回のテーマは「安田大サーカス」。来年で結成20周年を迎えるという安田大サーカスだが、仕事がうまくいかなかった若手時代には、解散を考えた時期もあったという。そんな苦悩の日々を何とか乗り越えることができたあるエピソードを、クロちゃんがメディアに初めて明かした。



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 団長とHIRO君とボクが、安田大サーカスを結成して、今年で19年目。

 来年には、節目の20周年を迎える。

 昔に比べて3人でテレビに出ることは随分減ったけど、テレビ以外の仕事では月に何度か3人でちゃんと会ってる。もちろん、ここ数か月はコロナのせいで全然会えてないけど、来年は節目の年でもあるし、何かやりたいねって、連絡とったりはしてるんだ。

 最近の団長は、芸人というか、もうすっかりアスリート。仕事で会っても、自転車の話しかしないから、楽屋とかではあまり話さないようにしてる(笑)。

 HIRO君は2017年に脳出血で倒れてから、今は東京を離れて暮らしている。身体のことを考えて頑張ってダイエットもして、体重がピーク時から100キロも落ちたんだ。すごいよね。昔のHIRO君は何をやってもすぐに途中で投げ出しちゃう人だったのに、体重が落ちた姿を見て、HIRO君はちゃんとできる子なんだって、感心したよ。

 振り返ると、ここまであっという間だったなー。

 ちなみに、ボクが安田大サーカスに入ることになったきっかけだけど…

 ボクは、そもそも芸人になんてなるつもりはまったくなかった。

 子どもの頃からアイドルになるのが夢だったからね。

 松竹芸能に入ったのも芸人になるためじゃない。当時、松竹芸能では、「アイドル部」っていうのを立ち上げていたから、それのオーディションを受けたのがきっかけなんだ。

 ボクはオーディションで、松田聖子さんの「渚のバルコニー」を歌ったり、少林寺拳法を披露したりして、みごと合格。これで念願のアイドルになれるって思ったけど、いざレッスンに行ってみると、周りは一発ギャグや漫才、漫談なんかを披露してる人ばっかり…。

 ボクは、すぐに「騙された」って気づいたよ。

 すぐに、当時のマネージャーに「ボクのやりたいことと全然違うのでやめます。ボクはアイドルになりたいんです」って伝えた。

 すると、マネージャーに「アイドルユニットを組ませてやるから待ってくれ」って言われたんだ。

 それで紹介されたのが、団長とHIRO君だった。

 今でもはっきり覚えてるけど、待ち合わせは大阪、道頓堀のびっくりドンキー。

 最初、店内にいたのはHIRO君だった。HIRO君は、当時金髪で長髪、色が黒くて、身体もデカかったから、最初トンガのおばちゃんかと思った。

 ボクは、その時はまだアイドルユニットを組ませてやるって言葉を信じていたから、HIRO君の風貌を見て、ちょっとおかしいなとは思いつつ、身体が大きいから賛美歌とかオペラとかは上手いのかもしれないとかって妙に納得したりしてた。

 そのあとに、すぐに団長がやってきた。

 ボクは、団長に「歌とか得意なんですか?」って聞いてみた。すると団長は「カラオケ程度に」って…。ボクは「また騙された」って愕然としたよ。

 あとで知ったことだけど、その時、団長は当時のコンビを解散していて、新しいツッコミを探していたみたい。

 当時、大阪ではキングコングさんとか、ロザンさんとかが「WEST SIDE」っていうユニットを組んでいて、それがすごい人気があったから、ツッコミのできる背の高い男前を探していたらしいんだ。

 それで、HIRO君とボクを紹介されてるわけだから、団長もボクと同じで騙されてたんだ。

 ちなみに、HIRO君に関しては、「ハンバーグ食わしたる」っって言われて来ただけだから、騙されてなかったみたい(笑)

 安田大サーカスは、こんな志の低いメンバーでスタートしたんだ。

●結成直後は順調だったが、すぐに仕事はなくなった

 安田大サーカスが結成されてからも、アイドルになりたいから何度もやめようって思ったけど、意外とすぐにオーディションに受かっちゃったりして、やめるにやめられなくなった。

 フジテレビの深夜のネタ番組とか、大阪のロケ番組とかの仕事がポンポンって決まって、すごい順調だったんだよね。このまま売れていくのかなっていう期待もあったよ。

 でも、そんな時期は長くは続かなかった。

 ネタ番組は毎週新作を作らなくちゃいけなくて、これがすごく大変。特に団長はネタを作っていたから、つねに新しいのを考えろって言われていて、だんだんエンストをおこしてきちゃって…。

 ネタの練習だって、深夜になることなんて当たり前。次の日、朝から仕事があっても関係なく、とにかく練習練習。それでも、ネタがボツになることもあるし、失敗も増えてきて、うまくいかなくなって、結果を残せない日も多くなった。

 後輩芸人もドンドン新しい存在も出てきたし、順調にあった仕事はあっという間になくなったんだ。

 団長もHIRO君もアルバイトばかりの生活になって、このまま仕事がないんだったら、お金も続かないし、やめるかもしれないっていう雰囲気もただよってきたの。団長は実家の仕事を継ぐことを考えていたみたいだし、HIRO君は親からもういいんじゃないかって、散々言われていたみたいだった。

 ボクは元々アイドルになりたかったわけだし、「これでやっとやめられる」っていう気持ちも少しあった。

 でも、もうその頃には、人前でバカバカしいことをやって笑いを取ることにボクは喜びを感じるようになっていたんだ。団長とHIRO君とはつねに一緒にいて、劇場にも毎日出て、家族のように過ごしていたし、せっかくここまで3人で頑張ってきたのに、このまま安田大サーカスをなくすのは嫌だなって、ボクは思うようになってた。

 でも、あいかわらず仕事は増えなかった…。

●初めて訪れた「解散危機」から復活できた団長のある戦略

 そんな時、ABCお笑い新人グランプリの開催があったの。

 ABCお笑い新人グランプリは、過去に、ダウンタウンさんやナインティナインさん、中川家さん、ますだおかださんなども出場していた若手芸人の登竜門的なコンテスト。

「このコンテストで何も賞をとれなかったら、安田大サーカスの今後はない」

 ボクらは、そう腹をくくって、このコンテストにのぞむことにした。

 ボクは「安田大サーカスを続けたい」、その一心で頑張ることに決めた。

 正直、3人でいて良かったって思い出は少なかったけど、もう会えなくなるっていうのは絶対嫌だったから。

 ABCお笑い新人グランプリには、最優秀新人賞、優秀新人賞、審査員特別賞の3つの賞があったんだけど、ボクらは狙いを審査員特別賞だけに絞った。

 団長は「安田大サーカスのような濃いキャラクターの漫才では、最優秀新人賞や優秀新人賞をとるのは無理。そんなネタじゃないし、点数も絶対入らない。だったら、なんじゃこいつらってとことん思わせて、審査員特別賞を獲ってやろう」って。

 ボクらは予選を順調に勝ち進んだ。

 そして、無事に決勝まで残って、ネタをやり切った。

 審査結果の発表の時は、めちゃくちゃドキドキしたのを覚えてるよ。

 ボクらは、狙い通り、審査員特別賞を獲ることができた。

 名前を呼ばれた瞬間、まるで自分たちが最優秀新人賞を獲ったみたいに喜んじゃった。たぶん、その年の最優秀新人賞を獲ったコンビよりも、絶対喜んでいたと思う。そもそも審査員特別賞狙いなんて、普通の芸人は絶対しないよね。

 あのABCお笑い新人グランプリの審査員特別賞がなければ、まちがいなく安田大サーカスはとっくになくなっていたよ。

「やった!まだこの3人で活動できる!」って思えたあの瞬間を、ボクは絶対に忘れない。

 来年は、節目の20周年。

 安田大サーカスの活動に期待しててほしいしん!

(構成/AERA dot.編集部・岡本直也)