俳優の三浦春馬さんが急逝してから、2カ月以上が経つ。あの日から心にぽっかり穴があいたままの人も多いだろう。三浦さんのファンは真実がどこにわからず、「なぜ」という思いが消えないという。そうした中、いま確かだと言えるのは三浦さんが口にした言葉だ。本人が残した言葉をインタビューから拾い、三浦さんの人生を振り返ってみたい。今回は、三浦さんにとって、いい「出会い」だったと思われる友人や仲間について。



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 21歳のとき、大切な人について聞かれて「家族と友達かな」と答えていた三浦さん。実際、インタビューでは、地元の友人・知人の話題にたびたび触れ、共演者については素直にリスペクトするコメントが多かった。その発言には、業界でうまく立ち回ろうといった損得勘定はなく、自分の身の回りの人を大事にしたいという純粋な気持ちだけがあったように思える。

 芸能界での友人でまっさきに思い浮かべるのは、俳優の佐藤健さんではないだろうか。ドラマ「ブラッディ・マンディ」で共演し、一緒に旅をした様子を収めたDVDも出している。

「タケちゃんとは遠くもなく、近すぎることもなくいい関係」(MORE 2009年2月号/18歳)

「ふつうの男友達とはコイバナはしないんですけど(笑)。佐藤健くんにはたまに話しますね。アドバイスをしてくれるっていうより、話をちゃんと聞いてくれるんですよね。で、“お前は悪くないよ”って励ましてくれるし、僕が悪いときは“それはちょっと違う”ってはっきり言ってくれる。本当にいい友達だなって思います!」(an an 2010年9月29日号/20歳)

 気の置けない間柄。地元を離れて以降、三浦さんはそんな存在を求めていたのかもしれない。三浦さんは中学までは地元・茨城県で生活していたが、高校入学を機に上京。それからの10代後半を次のように振り返っている。

「仕事では、たくさん素敵な作品に出させていただいて、とても恵まれていました。でも、個人的には悩むことも多くて。学校の芸能コースという特殊な環境や、次々に移り変わっていく現場に身を置くうちに、変に自分を作るようになったというか……仮面をつけて暮らしている感じだったんです。周りとのコミュニケーションもうまくできなかった」(non・no 2014年3月号/23歳)

 佐藤さんと三浦さんの2人の対談では、男友達何人かでバーベキューをしたり、飲みにいったりしていたと明かしている。そうやって過ごす時間は純粋に楽しかったのだろう。

 「尊敬する先輩」として名前を上げることが多かったのが小栗旬さんだ。三浦さんが10代のころから知り合いだった。

「ドラマ『貧乏男子 ボンビーメン』で共演してから、学ぶことばかりです。舞台やドラマ、映画で見せる並みはずれた集中力と、迫力ある演技。観客すべての瞳を独占するカッコよさはスゴイ」(AERA 2010年1月25日号/19歳)

「旬さんのお芝居には圧倒されました。セリフの間の取り方や監督の要望にすぐ応えられる適応力」(ザ・テレビジョン 2013年8月2日号/23歳)

 俳優としての仕事ぶりはもちろん、人間性についても惹かれていたという。

「旬さんは、どんな場面でもうそをつかない人。だから、人としても表現者としても魅力的なんだろうな」(non・no 2013年10月号/23歳)

 佐藤健さんに小栗旬さん、名前を挙げれば、芸能界のキラキラした交友関係を想像するかもしれないが、三浦さん自身が求めていたのはそうした「派手さ」ではなかったようだ。常に仕事では、同年代の俳優の活躍を意識していたことからもわかる。

 例えば、俳優の池松壮亮さん。同い年の2人は21歳のとき、警察学校を舞台にしたドラマ「陽はまた昇る」で共演した。そのときの対談では、三浦さんは池松さんを俳優として一目置いていた様子がうかがえる。

「一緒に現場に入れて、今はホントに芝居が楽しくてしょうがない。だって僕、壮亮は同世代の俳優の中で一番芝居がうまいと思うもん」(JUNON 2011年10月号/21歳)

「最初に現場で会ったときから、すごい存在感があったからね。まとっている空気がもうすごくて、見てて写真を撮りたくなった」(同)

 実は、2人とも子役出身。演技の世界に入るきっかけは児童劇団という点も同じ。ただ、池松さんは2003年にハリウッド映画「ラストサムライ」に出演して注目を浴びたが、決して「イケメン枠」ではなく、さわやかな役どころが多かった三浦さんとはある意味、俳優として真逆のタイプだ。このドラマ撮影時は、池松さんは大学生で映画を学んでいた(日本大学藝術学部映画学科監督コース卒)。同じようなキャリアを積んできたが、演技に対して自分とは異なるアプローチをしているのが気になって仕方がなかったようだ。

「大学に一緒に連れてってほしい。僕すごい変装していくから(笑)」(同)

「壮亮がどういう環境で映画のこと勉強しているのか見てみたいから、一緒に教室で授業聞く。で、出席とるとき代わりに返事してあげる(笑)」(同)

 後に、三浦さんは役者として、現場で経験から身に着けるもの以外に、演劇論などの「学び」から得られる技術や視野も必要だと思い始める。29歳のとき、繰り返し読んだ本として選んだ一冊は、小説でも、漫画でもなく、「メソード演技」という演技の本だ。

「10代のころからお芝居の仕事をさせてもらってますが、これまで演技論を勉強したり、ワークショップを経験したことがなかった僕にとっては、非常に興味深く、ためになる本でした」(ダ・ヴィンチ 2019年4月号/29歳)

 この発言とは前後するが、2017年にはイギリスに短期留学。英語の習得が第一目的だったが、語学学校に通いながらもワークショップに参加し、ボイストレーニングを行い、美術館や舞台に足を運んだことを明かしている。こうして自ら学ぼうとする姿勢は、池松さんとの出会いが少なからず影響しているのかもしれない。

 20代前半のころ、同年代だけでなく、一回り以上歳の離れた俳優からも刺激を受けていた。インタビューでは「自分にうそをつかない」といった趣旨の発言がたびたび出てくるが、ドラマ「陽はまた昇る」で共演した佐藤浩市さんに言われた言葉だという。

「浩市さんから『自分にうそはつくなよ』と言われたんです。その言葉いろんな意味で響きました。実はこれまでの僕は、自分のまわりで何かおかしいと思うことがあっても、『自分には関係ない』とどこか切り離して、逃げてしまうようなところがあったんです。でも、今は変わろうと思っています。自分の至らない点も認めながら、相手のダメなところをちゃんと伝える。そうすることで、高め合っていきたいんです。そうすればきっと、本当の絆ができていくんじゃないかと」(サンキュ! 2011年8月号/21歳)

 役者として活躍の場を広げていったとき、この佐藤浩市さんの助言を大事にしたことは想像に難くない。例えば、初めて外国人演出家と作り上げた舞台「地獄のオルフェウス」では、主人公を演じた女優・大竹しのぶさんとの実力の差を素直に認めていた。

「(稽古で)大竹さんの演技を見て、心から感動したんですよね。子どもの頃からお芝居をやってきて、経験を積んだつもりでいましたが、純粋に感動して……。まだまだだなあと思いました」(婦人公論 2015年5月12日号/25歳)

 この時のインタビューでは、相手に自分の言葉を伝えることの大切さについても語っている。今までの自分については、「言動がどう相手に伝わるのかということに敏感でなかった」と振り返っていた。

「今までは、自分のフィールドで一所懸命頑張っていれば何も怖いものはないという感覚がどこかにあったと思うんです。周りにいい先輩がいてかわいがってくれて、ちょっと失礼に当たることをしても意に介さないでいてくれる。だけど、親しき仲にも礼儀あり、なんですよね」(同)
 
 自分を卑下するのではなく、相手に媚びるのでもなく、自分にうそをつかない。三浦さんには、自分にないものを持ち合わせている相手をリスペクトする気持ちが常にあったのではないだろうか。

 意外なところでは、シンガーソングライターの高橋優さんとも交友があった。三浦さんが出演したドラマ「オトナ高校」の主題歌「ルポルタージュ」を歌っていたのが高橋さんで、三浦さんはミュージックビデオに出演し、楽曲のコーラスにも参加した。これを機に2人で食事をするようになったという。

「とりわけ僕は、芝居のなかでも特にミュージカルをたくさんやっていきたいと思っていて。なので、声楽のことや喉のメンテナンス、普段のトレーニングの仕方を教えてもらったりしています。逆に優くんのほうも、最近は芝居の仕事もやり始めているからこそ、(中略)自然な芝居とは一体何なのか、春馬くんの考えを聞かせてほしいって。そういう意味では、今自分が知りたいものを持ち合わせている相手として、お互いがお互いを必要としているんだと思います」(別冊カドカワ 2018年10月号/28歳)

 もちろん、馬が合ったというのも大きい。高橋さんについて語った言葉には、三浦さんの人柄がよく表れている。

「僕にとっての優くんを一言で表すなら、“好きな人”。優しい人なんですよ。人のことを放っておけないタイプというか。(中略)人に対する思いやりを常に持ち合わせている人だからこそ書ける歌詞が、どの曲にもあるように思いますし」(同)

 俳優の柳楽優弥さんも三浦さんの人生において大きな存在だった。この夏に放送されたドラマ「太陽の子」で共演した2人だが、子役のときには現場で一緒になることもあり、同じ高校に通っていたものの、当時はほとんど話をしなかったという。そんな関係性が変化したのが、映画「銀魂2」での共演。さまざまな経験を経て、役者として作品を通して共鳴しあえる仲になっていた。

「今回一緒に仕事をしてみて、実は僕たち、心根の部分で近しい気質を持っていたことがわかったんです」(Cut 2018年8月号/28歳)

「馴れ合いになるような関係性では絶対になくって、お互いが子役からやっているからこそ、いい意味でお互いのことを気にしているんですよ。『今は集中したいだろうから、話しかけないほうがいいな』みたいなことがなんとなくわかるというか」(同)

「これ説明つかないよね。こういう関係性になってみらいとわからないだろうなあって思う(笑)」(同)

 深いところで理解し合えるライバルだったのだろう。

 子役から大人の俳優へと成長を遂げた三浦さん。いつしか「海外」という言葉も出くるようになった。それでも、心の支えになっていたのは中学卒業までを過ごした地元・茨城の友人や知人だった。

一番は、双子の親友の存在だろう。

「小学校高学年の時に、親友の双子と3人で自宅から筑波山まで遠出したのはすごく印象に残ってますね。軽く、2、3時間はかかる距離なんですが、夏の暑い日に3人で井上陽水さんの『少年時代』を大声で歌いながら(笑)、ひらすら走りましたね。懐かしいなぁ〜。アイツら覚えているかな?」(non・no 2013年6月号/23歳)

 この双子の親友は思い出の中の存在にとどまらず、俳優としての道を歩む三浦さんに寄り添い、時間をともにしてきた。

「小学校からの双子の親友がいて、彼らはボクシングの世界チャンピオンなんですが、いつもビジョンを話し切磋琢磨し合ってきました。どんなにお金をもっていてもシェアする人がいないのは寂しい、僕は幸せだと思います」(美ST 2018年1月号/27歳)

「小学校五年生のときから親しくし合える格闘家の兄弟の存在が大きいと思います。(中略)彼らにいい報告ができるように頑張る!という感じなので(笑)。一緒にご飯を食べにいっては、近い将来のこと、遠い将来のこと、いろいろなことを楽しく会話して、刺激をもらったり、自分に嘘のない、いい芝居をしていこうと改めて思ったり……。(中略)メンタル面でもかなり支えてもらっています」(家庭画報 2019年2月号/28歳)

 もう一人、詳しい素性は明かしていないが、長年お世話になった人として、三浦さんが言及している人物がいる。児童劇団時代に三浦さんに演技指導をした人で、上京してからは連絡が途絶えていた。亡くなる直前に知人から連絡を受けて会いに行ったという。

「そこで最後に言ってくれた『絶対に焦るんじゃないぞ』という言葉を、これから先も思い出しながら、ずっと自分の糧にしていくんだろうなと思います。忘れられません、その言葉が」(週刊文春 2018年12月18日号/28歳)

 誰もが三浦さんのことを、向上心があって努力家だと評する。ただ、そうした成長への欲求はたいてい、現状に対する「焦り」と表裏一体。三浦さんのそばにいた人はそれを見抜いて言葉をかけ、本人も自覚していたのかもしれない。好きな言葉や座右の銘を聞かれると、三浦さんは自分に言い聞かせるように「焦らないこと」と答えていた。

 そして迎えた30歳。発言の内容からは人生の節目に目標を掲げることで、ひとつひとつ乗り越えようとしていたようにも思える。

「30代は迷っている暇はない。漠然と思い描いていたビジョンを、具体的に形にしていく年代だと思っています」(NIKKEI WOMAN 2020年3月号/29歳)

 「30歳」にむけて、三浦さんはどのような未来を思い描いていたのか。次回は20半ばから出演した作品とそれに対する発言を中心に振り返りたい。(AERAdot.編集部)

※このシリーズの他の回はこちら
【1回目】三浦春馬さんの死に傷ついている人へ もう一度聞きたい「本人の言葉」を集めて〜仕事と家族〜
https://dot.asahi.com/dot/2020091400066.html

【3回目】三浦春馬さんのいた時間を忘れたくない人へ 大切にしたい「本人の言葉」〜30歳の節目〜
https://dot.asahi.com/dot/2020092800043.html

【4回目】三浦春馬さんの死から時が止まってしまった人へ 結婚と恋愛をめぐる「本人の言葉」https://dot.asahi.com/dot/2020100300016.html

【5回目】三浦春馬さんの死でつらい思いを抱える人へ 「14歳の母」から「せかほし」まで本人の言葉https://dot.asahi.com/dot/2020100600064.html

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