恐山に“死者”を求めて 院代の南直哉さんに聞く

恐山に“死者”を求めて 院代の南直哉さんに聞く

 日本人がなじんできた「お葬式のかたち」がいま激変している。従来型のお葬式ではなく、「家族葬」が広く受け入れられ、弔いの形は家から個へ――。葬儀費用の「見える化」と価格破壊は何を生むのか。AERA 8月7日号で、新しい葬式の姿と、大きく影響を受ける仏教寺院のいまを追った。

 本州最北、下北半島の真ん中にある恐山。1200年にわたり、人々と亡き人の魂とが交感してきた霊場である。その中にある恐山菩提寺。禅僧で、院代(住職代理)の南直哉さんに仏教と死について聞いた。

*  *  *
 幼くしてこの世を去ったわが子への手向けだろうか。荒涼とした景色の中で、赤い風車がキュルキュルと風に鳴っている。

 本州の最北端、青森県下北半島の中央に、霊場恐山はある。平安時代の862年、慈覚大師・円仁によって開かれたと伝わり、現在は曹洞宗の円通寺を本坊とする仏教寺院だ。死ねば「お山さ行ぐ」と信じる土地の人は、この場所を「聖地」としてきた。

 記者が訪れた7月上旬。「イタコ」と呼ばれる巫女を通して死者と会話できる夏の例大祭はもう少し先で、人影の少ない境内は、強い日差しの下、静寂の空間が広がっていた。

●この世の果てか異界か

 一面灰色の岩場。かすかに硫黄のにおいが漂い、賽の河原では、あちこちで供養の小石が積まれている。卒塔婆のてっぺんに止まっていたカラスが「カー」と鳴いた。まさにこの世の果て、異界。鳥肌が立ち、血が逆流するようだ。

 しばらく歩くと、水を青々とたたえた宇曽利湖がこつぜんと現れた。太陽は湖の対岸に沈む。つまり、湖の先の西方には、阿弥陀仏の極楽浄土があると信じられている。中年の男女が湖畔に立っていた。誰の供養か、砂浜に花を刺し、涙をぬぐいながら手を合わせていた。この二人に何があったのか。声をかけようか迷い、踏みとどまった。

 一体なぜ人々は、この場所を訪れるのか。恐山菩提寺の院代(住職代理)を務める南直哉さん(59)に話を聞いた。

──ゴツゴツした岩場と、鏡面のような宇曽利湖が独特の景観をつくっています。この場所に、どのような人が何を求めて訪れるのでしょうか。

 恐山は1200年続く霊場、死者供養の中心です。ここには毎年約20万の人が訪れます。訪れる理由は人それぞれですが、私が根本的に感じるのは、死者を思い、死者に会うために、はるか下北半島の外れまでやって来るということです。

 それはなぜか。死者は実在するからです。当然、死者がゾンビのように生き返って恐山の境内を夜な夜な歩き回っている、ということではありません。死者が実在するとは、死者という存在が、目には見えませんが確かに感じられる。それは死者がリアルに立ち上がってくるということです。

──死者がリアルに立ち上がるというのはどういう意味ですか。

 リアルな経験というのは、否応なく人間の考え方や行動パターンを変えます。例えば、恐山には90歳を過ぎたおばあさんが、遠く四国からはるばる自分の水子供養のために車いすでやって来ます。それこそ命がけ。なぜそこまでして来るのか。死者が実在するからです。もちろんその姿は目には見えず、触ることもできません。しかし「いる」のです。そこまでのことを人にさせてしまうのは、この恐山に何かがあるからです。だけど、それが何かはわかりません。

●マイナスのパワスポ

──なぜ、死者と会う場所が恐山でなければならないのですか。

 昔は、自宅で生まれ、老いて死んでいった。死者を受け入れる場所はもっと身近にありました。ところが、今の市場経済社会では、一番偉いのは大量に生産して消費する人。そうなると、生産も消費もしない死者、生産と消費を妨げる死は、置き所がなくなってしまったのです。しかし、死者に対する感情は決して消えることはありません。その感情を受け取る装置として、恐山は存在するのです。

──恐山を「パワースポット」と呼ぶ人がいます。

 そこに行けば元気をもらえたり癒やされたり、何かご利益を得られる場所が「パワースポット」だとすれば、恐山は全く逆です。1200年もの間、恐山が霊場としてあり続けるのは、パワーがあるからではありません。力も意味も「ない」から霊場なのです。あえて言えば、風呂の底の栓を抜いたら水が吸い込まれていくような、マイナスのパワーがそこに「ある」と言えるかもしれません。その上に何が乗っかろうとも、最終的に恐山という場所がのみ込んでしまう。そういうとてつもない吸引力が、恐山という場所。その意味で私は、恐山を「パワーレススポット」と呼んでいます。

──恐山における仏教の役割は何ですか。

「器」です。お茶を飲む時に器がいるように、人々の死者への思いをくみ上げるのに、器として機能したのが仏教だったのです。すなわち、仏教という器があるからこそ、そこに入っているもののにおいや味、形がわかり、自分の感情が感情として理解できるのです。そのためにも、恐山では仏教は器に徹することが求められます。

●墓参りで処理しきれず

──では、恐山における僧侶の役割は何でしょう。

 余計なことをしない、こちらから何か強いアプローチをしないことです。少なくとも私はそう思っています。

 参拝者に僧侶が教義や原理を押しつけてしまうと、共感しない人は来ないでしょう。家の近くにお墓があるのに、なぜ恐山にまで来るのか。それは恐らく、自分と死者との関係性が、日常空間や墓参りでは処理しきれないから来るのです。それを、ああしなさい、こうしなさいと人為的に仕切ろうとしても意味はない。器にあらかじめいらないものを入れておいてはいけないのです。私は、恐山では死者との関係性をその人が納得するように自由にしてもらいたいと思っています。

 お供えの風車も、木の枝に縛りつけられた死者の名前を記した手ぬぐいと草鞋も、どれも仏教の教義、曹洞宗の教えともほとんど関係ありません。

 風車は亡くなった子どもがあの世で遊ぶことができるように、手ぬぐいと草鞋は死者の旅路を思いやったもので、参拝者たちの間から自然に生まれてきた信仰です。恐山ではわれわれお坊さんは介入することなどできず、教義など無力なのです。ただし、参拝者から求められれば話を聞き、対話も重ねます。

●“諸行無常”が身近に

──2011年に起きた東日本大震災では、1万6千人近い人が亡くなりました。あれから6年が過ぎ、多くの命を奪った未曽有の大震災の後、日本人の死者との向き合い方に変化は起きたでしょうか。

 あの地震以来、自分の足元の地面が絶対に割れないと思う人はいなくなったでしょう。また、自分が寄りかかっている制度や社会システムが万全と思っている人は、あの東京電力福島第一原発の事故を見れば誰もいないでしょう。これはすなわち、諸行無常という仏教の概念が一気に身近なものとなったということです。

 諸行無常とは、確かなものは何もないということ。この感覚は日本人の情緒の中に入ると「桜が散ってはかない」という話になりますが、仏教の話になると異なり、「はかないと思っているお前がはかない」ということになります。つまり存在には根拠がない、それが無常ということで、この感覚が濃淡の差はあっても「3.11」によって日本人に共有されたと思います。

──存在に根拠がない。それは、どういう意味ですか。

 あの地震が起きた時、多くの人が感じたのは、テレビの向こうでは多くの人が死んでいるのに、なぜテレビのこちら側にいる自分は生きているのかということだと思います。そこに根拠があると思いますか。他者がそうであり、自分がそうでないことに根拠などないですよね。この感覚です。

──「死者は実在する」と言われました。では、死とは何で、それを私たちはどうとらえればいいのでしょうか。

 死の定義の一つは、「絶対にわからない」ということです。それを私は、小学校の4年生の時にわかりました。わからないということがわかったのです。

 私は小児ぜんそくの発作で、3歳のころから何度もこのまま死ぬのではないかという感覚を持ち、子ども心に「死とは何か」ということを真剣に考えました。そんな時、祖父が亡くなりました。その祖父の遺体を見た瞬間、これは「死体」であって「死」ではないとわかったのです。つまり死は自分だけのこと、他人にわかるわけがない、と。そしてその時、漠然と思ったのが、生きているというのは死につつあるということです。

●生に重力を与える死

──私たちは死ぬために生きているということですか。

 違います。多くの人は、生きている人間は生きている時間がずっと続き、それが途切れると死ぬと考えがちです。そうではなく、生と死の時間は並行に流れているのです。そうでなければ、生きているという感覚を持ちようがありません。命の終わりは「生」と「死」の終わり。生に重力を与えているのは死です。では、死が終わるとその先に何があるかと聞かれれば……それはわかりません。

──これから日本は多死社会を迎えます。死が非日常でなくなったとき、私たちの死に対する思いは変わってくるでしょうか。

 この先毎年、増え続ける高齢者が死に続けます。そうなると、科学の発達とともに、死者との関係性の取り方や、私たちの死への態度が変わってくるし、難しくなってくると思います。

 一つは、自意識をコピーできるようになったらどうするかということです。例えば、脳が量子医学のレベルで解明され、記憶や意識をコピーできるということになれば、バーチャルな人間を再生することが可能になるかもしれない。すると、亡き母と「お母さん、しばらく。元気?」「元気よ」といったやり取りが可能になるかもしれない。そうなると死者への弔い方は変わってきます。

──そうすると、恐山の役割も変わってくるのでしょうか。

 変わるかもしれないし、強い喪失感を抱えている人にとっては関係性の強度が増すかもしれませんね。どっちに転ぶかは、まるでわからない。ただし、人間が言語と自意識をもって死を考え続ける以上、「弔う」という行為はなくなることはありません。そして死者を想うという感情がなくならない限り、恐山という場所は続くでしょう。

(編集部・野村昌二)

※AERA 2017年8月7日号

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