サークルで「恋愛禁止」は無理! 鴻上尚史が考える「ロミオとジュリエット」特性

サークルで「恋愛禁止」は無理! 鴻上尚史が考える「ロミオとジュリエット」特性

 鴻上尚史の人生相談。所属していた映画サークル内でおきた恋愛のもめごとに嫌気がさして、あらたなサークルを起ち上げることになった大学生。もめごとがおきないよう、「恋愛禁止」を規則にしようか悩む相談者に、鴻上尚史が答えた「映画を豊かにするもの」とは?

【相談18】映画サークルで「恋愛禁止」は無理がありますか?(20歳 男性 ベニーニ)

 大学2年です。今回、友人数人で映画サークルを作ることになりました。実はもともと入っていた映画サークルがあったのですが部内の恋愛の三角関係のもつれから崩壊状態になり、映画撮影もままならなくなってしまいました。ざっくり言えば部内イチのイケメンが、同じ部の同級生の彼女と別れて、これまた同じ部内の後輩女子とつきあうようになり(二股期間もあり)、外野も巻き込んで最悪の雰囲気になりました。僕は嫌気がさして、あらたな映画サークルを起ち上げることにしたのです。

 僕は、人間関係のもつれなど持ち込まない、本当の映画好きのための映画製作サークルにしようと思っています。そこで、いっそのことサークルのルールに「恋愛禁止」をもり込もうと思い提案したら、反対意見と同意見と半々で分かれてしまいました。反対意見の奴らは、「そんなことしたら新入部員が入らなくなる」「恋愛もできないでいい映画は撮れない」と言うのです。もう恋愛で部内がごたごたするのはうんざりで、恋愛は外でやってくれというのが僕の考えなのですが。大学で劇団を起ち上げた鴻上さんに質問です。サークル内で「恋愛禁止」は無理がありますか?

 鴻上さんの大学時代、劇団内が恋愛でもめるようなことは、なかったですか? もしあったら、そのときはどう対処しましたか? ぜひ、ご指南をよろしくお願いします。

【鴻上さんの答え】
 ベニーニさん。僕は19歳で早稲田大学の演劇サークルに入り、それから、もうかれこれ、40年近く、劇団というものをやっています。

 学生劇団からプロ劇団まで、それはもうたくさんの劇団を見てきました。

 ベニーニさんの希望のように、「内部恋愛禁止」というルールにした劇団もありました。

 当事者がいるのであまり詳しく書けませんが、僕は『第三舞台』という劇団をやっている時、ある若手の劇団が「劇団内恋愛禁止」だと知りました。それを聞いた時、僕は瞬間的に「それは無理だろう」と思いました。

 予想した通り、その劇団では、恋人同士は隠れてつきあうようになりました。恋愛は地下に潜ったのです。

 禁酒法という法律が1920年から十数年、アメリカで実施されたことをご存知ですか? 結果として、非合法のもぐりの酒場が大量に生まれました。

 お酒でさえ、禁止できないのです。まして、お酒以上に広範囲で身近な恋愛が禁止できるわけがないのです。

 人間の感情を止めることはできません。そして、やっかいなことに、恋愛は「禁止されればされるほど燃える」という「ロミオとジュリエット」特性があるのです。

 どんなに禁止しても、恋愛をやめることは不可能です。

 劇団とかバンドとか、たぶん映画製作サークルもそうですが、人間関係が濃密な場所では、恋愛は起こります。

 昔、出会った筑波大学の教授が、これを「犬・猫の法則」と呼んでいました。「犬とか猫は、一緒にしとくと、くっつくだろう。人間も同じだよ」と、じつに淡々と話していました。

 一緒にいる時間が長くなれば長くなるほど、恋愛は起こります。逆に言えば、めったに会わなければ、なかなか恋愛は生まれません。

 バンドとか劇団とか映画製作とか、朝から晩まで、長期間「ああでもない、こうでもない」と一緒にいて、誰かを好きになるなという方が無理なのです。

 で、これまた当事者がいるので詳しくは言えませんが、僕の主宰していた劇団内でも、恋愛はありました。

 ベニーニさんが書くような、やっかいな恋愛もありました。「よかったね」と素直に祝福できない恋愛とか、「どうしてあんな相手と」と頭を抱え込んでしまう恋愛とか、「それはあまりにもひどくないか」という恋愛とか、いろいろありました。

 そのたびに、僕は主宰者として心を痛めました。

 公正に語れば、僕自身、周りから無条件では祝福できない恋愛をしたのかもしれません。恋愛の当事者は、自分の事情しか見えませんから、周りから「二股」とか「三角関係」とか「冷たい」とか思われている可能性はあります。

 でも、どんなに頭を抱え込み、集団がギクシャクし、心が潰れそうになっても、内部恋愛を禁止するのは不可能です。

 日本人がよく「トイレに行ってもいいですか?」と言います。日本人以外では聞いたことがないのですが、もし、「ダメです」と言われたらどうするんだろうと思います。トイレに行きたいというのは生理的欲求で、ガマンするとかやめるとかの問題ではないのです。

 海外で仕事をすると「トイレに行きます」とか「トイレに行きたいです」はよく聞きますが、「トイレに行っていいですか?」と許可を求める質問をする人はいません。許可を求めるものではないからです。

 恋愛も、同じだと思います。許可を求めるものではないでしょう。生理現象と同じで、起こる時は起こるのです。

起こったからといって、やめるわけにはいかないのです。

 もし、禁止にしたら、みんな、こっそりするだけです。

 ベニーニさん。ここまで読んで、深い溜め息をつきましたか? 恋愛のゴタゴタは避けられないんだと、悲しい気持ちになりましたか?

 でもね、ベニーニさんは、映画を創りたいんですよね。映画で描きたいのは人間なんじゃないですか? 人間がまったく登場しない、自然や動物を記録した映画を創りたいのなら別ですが、もし、ベニーニさんが人間を描きたいのなら、内部恋愛でゴタゴタする経験もまた、クリエイターとして貴重な財産だと、僕は思います。

 どんなに素敵な女性だと思っても、部内イチのイケメンに振り回されるのです。三角関係になって、愚かな行動をするのです。

 それが人間なのです。いえ、人間にはそういう部分もあると言った方がいいでしょう。ベニーニさんは、そのことを映画サークルにいたから知ることができたのです。

 昔、自主映画がブームの時に、自分の好きな女性を主役にして究極に美化する映画が大学サークルではたくさん創られました。憧れを映画にするのは素敵ですが、そこには生きている人間はいませんでした。ただ、監督にとって都合のいい“人形”が映されていたのです。

 人間は、ものすごく素敵なこともするけれど、同時にとても愚かなこともする。それが人間です。

「どうしてあんな相手と」と思う恋愛をする人もいれば、それを見て「内部恋愛禁止にしたい」と計画する人間もいる。すべて含めて、それが人間です。

 だからこそ、人間は面白いんだと僕は思っています。

 人間が単純に「愚かな恋愛を繰り返すバカ」だけか「周りから無条件で祝福される恋愛だけをする賢者」しかいなかったら、人間という存在はずいぶんつまらないと感じます。小説とか映画とか演劇とかマンガとか音楽とか、あらゆる表現は生まれなかったんじゃないかと思います。

 ものすごく素敵な映画論を語る人が、とんでもない恋愛をしてしまうとか、傑作の映画を撮った映画監督がじつに恋愛関係にだらしないとか、そんな矛盾する存在が人間だからこそ、「芸術」とか「芸能」を人間は必要としていると僕は思っているのです。

 ですから、ベニーニさん。新しいサークルを創って、恋愛でゴタゴタしたら、心を痛めたり、調整しようとしたり、傍観したり、慰めたり、怒ったり、共に泣いたりして下さい。

 それが、すべて、ベニーニさんの映画製作を豊かにするのです。もちろん、ベニーニさんの大学卒業後の人生も豊かにするのです。


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