カンニング竹山「僕ら夫婦も子どもがいない ほしいかと言われればほしい」磯野家のケースで考えたこと

カンニング竹山「僕ら夫婦も子どもがいない ほしいかと言われればほしい」磯野家のケースで考えたこと

 タレントの磯野貴理子さん(55)が24歳下のバーテンダーの夫と離婚したことを公表。その理由について、「自分の子どもがほしい」と相手に言われたと話し、賛否を含めさまざまな意見が飛び交っている。自身も“子どものいない夫婦”であるお笑い芸人のカンニング竹山さんは、そのことに夫婦でどう向き合ってきたのかを明かす。

*  *  *
 基本的に、夫婦のことは他人が口を出すものではないと思っています。自分の人生とか考えと違うことがあっても、それは別の人の人生であり、あの夫婦が結論を出したことに、外野がやんや言えることじゃないんです。

 僕は、何度か夫婦で一緒に飲んだこともあって、旦那さんのバーにも行ったことがあるけど、決して悪い兄ちゃんじゃないですよ。子どもが欲しかったというようなことは知りませんでしたが、貴理子さんも旦那さんも2人とも基本的に良い人間です。

 ここからは自分の経験でしか話しようがないんだけど、僕ら夫婦も子どもがいなくて、僕は子どもがほしいかと言われれば、ほしいと思います。だけど、お互いに身体が悪いとかそういうことじゃなくて、たまたま流れで子どもができなかった。基礎体温を計ってとか、そういうことをめちゃくちゃ頑張ったということもないんですが。

 それで自分たちも老いてきて、40代になったころ、僕らの夫婦もなんとなく話し合いましたよね。治療みたいなことをやるかどうか。それで「子どもはいいんじゃないか」ってことになったんです。結局は僕らは夫婦2人で楽しく生きることを選択したわけです。

 人によっては「自分の血を残したい」と考える人もいますよね。なぜそうなるかと考えたら、ちょっと話はそれますが、人間は死んで何も無くなることが怖いから、生きた証を残したいわけです。それは仕事なのか、生きている間にやったことなのかもしれないけど、最大の生きた証がDNAだと思うんですよね。それが繋がっていくことで、人間は死を受け入れていくという仕組みになっているのかなと考えたりもしました。まあ、僕は人間は亡くなったら無になって、あの世なんかも無いと思っていて、それは少数派なのかもしれません。

 だから子どもがほしいと思うのは、男の人も女の人も自然なこと。でも、できなかったりする人生もあるわけです。そうなったときに、それを受け入れられるか、自分の人生に覚悟を決められるかですよね。人の子どもを預かったりしたときは、楽しいな、子どもがいたらと思うことはあります。でも、それは僕の人生じゃないですから。夫婦2人で良い時間を過ごすことが僕の幸せ、という結論なんです。

 子どもがいなくて教育費にお金がかからない分だけ、贅沢はさせてもらっていますよ。スーパーでカップ焼きそば買おうと思ったときに、一番高いやつを手に取れるとか、セール品じゃなくて良いやって思うとか、そういう細かいレベルの話から、ちょっと高いものまで。例えば、30万円のマッサージチェアーに「高いなぁ」と思っても、「でも子どもがいたら学費に消えたってことで!」って言いながら買っちゃうとか。ハワイに行ったり、車を買ったりもそう。2人の幸せのためにお金を使うってことなんですよね。

 一方で、50歳を前にして、将来の不安は出てきます。最終的には親も死ぬ、身内も死ぬ、下手したら3歳上のかみさんも先に死ぬ。そうなったら俺の最期は1人なのか!?ってことは、やっぱり考えますよね。そうならないための努力をいまからしておかないといけないと思っているんですよ。

 仲間をいっぱい作っておくとか、年上だけじゃなく年下といっぱい繋がっておく、サークルやる、学校で講師をして子どもに何か教える、喫茶店でもやって近所の人が常にいっぱい来るような場所をつくっておく……。いろんな方法を考えますよね。

 かみさんにもし先立たれたら、75歳の正月って、俺はどうしてるんだろう? 正月が来るたびにそれを考えるんですよ。今はみんなでハワイ旅行に行って先輩たちとワイワイやったり、兄貴の家に行ったり、仲間が来て酒を飲んだりするけど、それがみーんな順番に死んでいくとなると……。子どもが2人か3人いれば、そのころには孫がいて「じーちゃん、じーちゃん」って言われて、自分が体験してきたような正月がおくれるはずですなんですが。若いころに自分が楽に暮らしてきた分だけ、そういう不安はありますよね。

 たまに子どもを預かったり、子どもと遊んだりするときも、結局は僕のペースで遊んできました。「もう嫌だ、もう終わり!」って言えるんですけど、我が子がいるとそうは言えないですよね。毎日毎日、ずーっと子どものペースで相手をするじゃないですか。それは親の苦労であり、愛情なわけです。

 その分のお返しが、75歳の正月に来るんですよね。僕は自分のペースで子どもと遊んでいるだけだから、75歳の正月にそのお返しは無いだろうなと思うんです。

 賃貸の家はいつまで借りられるかわからないし。すげえお金持ちなら話は別だろうけど、正直なところ、子どもがいないとそういうリスクはある。そうだろうと覚悟はしていますね。子どもをどうするかって、夫婦でそういうこともわかった上で決めることだと思うんですよ。その答えに対して、こっちは口を出しちゃいけないよっていうこと。なぜなら、あなたの人生じゃないから。

 貴理子さん家の問題は、貴理子さん家の問題。だけど、何かできることがあるとしたら、「同じ問題が起きたときにあんたどうする?」ってカップルで話し合ってみるということですかね。そこで出てくることが、その家の解決方法になるんでしょうね。「そんなこと言ったら、私は絶対許さないわよ」って奥さんが言うなら、そういう方法だろうし、「別れる」って人もいるでしょうし。

 こういうときメディアで「そんなことは結婚したときに決めておかないと」って意見をよく聞きますけど、結婚するときだけじゃなくて、改めて覚悟をしなきゃいけないタイミングが夫婦にはあるってことなんですよ。当初はラブラブだったのに、離婚する人もいる。何が起こるかわからないし、人間だから途中で考えが変わることもあるわけで、結婚当初の覚悟を貫くだけが「ステキ!」って捉えられるのも違うと思うんです。それはその人の価値観でしかないし、批判できないと思います。

 磯野家のケースでは、女性からしたら「男がそれを理由にしてしまったらおしまいでしょ」って悲しい気持ちになるのも確かにわかる。「男を許せない」とか「別れちゃえ」とか、個人的な意見はみんなあると思うんです。

 逆に大家族で子どもが10人います、みたいな家もありますよね。建前は「少子化なのに、こんなに賑やかで良いね」と言ったとしても、腹の底はどう思っています? 今回の件も本音で言うと、女性は特に「ふざけんじゃねー」って思っていると思いますが、それは社会的に良くないから、みんなオブラートに包みながらおおらかなふりをするんだと思います。本音と建前があるなら、それは言っちゃいけないってことなんです。

 特に子どもに関することはいろんな考えがあって難しいですよね。いろんな人と話すと、実子へのこだわりは人によっても、男女でも違うんだろうなと感じます。例えば、僕は養子をもらうとか、仮に経済的な理由で親戚の子を育てることになったとしても全然OKだと思っていて、そいつが困っているなら人間として育てたいと思う。でも仲間と話していると、「自分のお腹を痛めて産んだ子じゃないと覚悟を持つのは難しい」と言う女性もいたりして、もしかしたら男性にはわからないような産むことへのこだわりみたいなものがあるのかなと思うこともありました。そういう男女の違いもあって、もちろん年齢によっても違うだろうし、この問題は簡単には片付けられないんだなと思いましたね。

 跡継ぎのために本妻と2号さんがいるってことも昭和の時代まではあったわけです。女性の人権は?ってことになるけど、中には「あなたの子が産めれば」って納得している人もいたかもしれない。旦那がどっちの家族もちゃんと食わせていて、豊臣秀吉の正室のねねみたいに本妻も認めていたら、それって外野が批判できるんだろうか。いまは罪に問われるかもしれないけど、根本的には当事者だけの問題なんじゃないかと思っています。


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