ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は年末の麻雀について。

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 先月はめちゃくちゃ忙しかった。毎年のことだが“年末進行”で原稿の締切りが前倒しになり、そこへ忘年会が五つも重なった。忘年会には二次会、三次会がつきものだから遅くまで酒を飲む。次の日は寝不足でボーッとしたまますぎてしまい、その翌日は仕事の遅れをとりもどそうと必死のパッチで原稿を書く。

 そんななか、令和元年最後の忘年会は十二月二十九日、羽曳野の我が家で開催された。お客は編集者、新聞記者、親しい作家など、東京から来てくれたひともふくめて二十数人。リビングと応接間をつなげて座卓を三つ並べ、鍋も三つおいて、フグとカニを食しつつ、ビール、シャンパン、ワイン、ウイスキー、日本酒、焼酎をたらふく飲んだ。

 愉しい時間は経つのが早い。いつのまにか十二時になり、麻雀のメンバー四人が残った(別室で寝ているひとも何人かいる)。麻雀部屋に移動して、いざ開戦。みんな負けるのがいやだから、ひどく酔ってはいない。

 午前三時、半荘の十戦目くらいだったか、東二局の荘家(オヤ)で「發」と「リャンゾウ」をポンすると、すぐあとに「スーソウ」が来て、緑一色(リューイーソ)模様になった。

「ウーソウ」か「チーソウ」をひけば聴牌(テンパイ)だが、それでは緑一色にならない。「スーソウ」「ローソウ」「パーソウ」どれでもいいからポンしたい──。念力為五郎で牌をひくうち、3巡後に「パーソウ」をツモった。なんと緑一色の聴牌だ。

 場は中盤から終盤に差しかかっていて、下家は明らかに聴牌。脂っこい牌を切りとばしている。他家は安全牌を切ってオリ気味か。

「リャンピン」がきた。下家に危ないが、強打。とおった。

 次に下家がツモ切りしたのが、「ローソウ」だった。「ロンッ。緑一色」我ながら軽やかな声だった。荘家の役満四万八千点に、チップが二十枚──。

 わたしはよめはんを呼び、倒した手牌を前にして記念写真を撮ってもらった。

 幻の役満ともされる緑一色は我が五十有余年の麻雀歴にして初めてのアガリだった(過去二回、聴牌はしたことがある)。これで天和(テンホー)[一回]、地和(チーホー)[二回]、清老頭(チンロートー)[一回]、八連荘(パーレンチャン)[一回]、九蓮宝燈(キューレンポウトウ)[純正ではないが二回]、四喜和(スーシーホー)[約十回]、字一色(ツーイーソー)[約二十回]、大三元(ダイサンゲン)、四暗刻(スーアンコウ)、国士無双(コクシムソウ)[各百回以上]の主たる役満をすべて達成したのである(正直、あとが怖い。寿命が尽きそうだ)。

 ──と、麻雀の話はここまでにして、大晦日と一日は原稿を書いた。編集者が休んでいるときに仕事をするのはすこぶる気分がいい。自分は働き者だと勘違いできるから。

 そうして、一日は年賀状も書いた。こちらの住所と文面が印刷のもの、先方の住所が自宅ではなく会社のものには返信しないと決めている。

 一月四日はテニスの打ち初めで、近所のおじさんたちが十人も集まった。寒いなか、三時間ほどゲームをして解散。毎日、よめはんと雑煮を食っている。

※週刊朝日  2020年1月24日号