ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は1週間の出来事について。

*  *  *
 夕方、よめはんが仕事部屋に来た。マフラーを巻き、コートをはおっている。

「なにしてんの」
「お原稿を書いてます」
「どれどれ」よめはんはパソコンを覗(のぞ)き込んで、「この○○いうひと、知ってるわ」
「刑事や。京橋署の」

 ○○は某小説誌に連載している警察小説の主人公だ。

「いま、被疑者の死体が発見されて、○○が臨場した場面なんや」
「被疑者の死因は」

 よめはんは“被疑者”や“死因”といった専門用語を使う。わたしの影響だ。

「青酸化合物」
「ということは、これから青酸カリの入手先を捜査するんやね」
「いまどき、青酸カリウムいうのはないな。日本で製造されてるのは、ほとんどが青酸ナトリウム。青酸ソーダともいう」
「また、そうやって知ったかぶりするわ」
「ハニャコちゃんが訊(き)くからやないか」
「“後妻業”事件で使われたんも青酸ソーダなん?」
「そういうことや」

 わたしはあの事件の裁判で判決言い渡しの傍聴にも行った。被告は小柄なおばあさん(逮捕時よりずいぶん老けて見えたのは、髪が白かったから)だった。

「で、ご用はなんですか」
「ごはん食べやんか」
「なに食うんや」
「ピヨコちゃんの食べたいもん」
「んなもんはない」いうだけ無駄だ。
「じゃ、お鮨(すし)かな」

 よめはんがわたしに要求を訊くのは単なる形式であり、もしわたしが蕎麦(そば)を食べたいといっても言下に却下される。そう、よめはんは鮨を食うと、端(はな)から決めているのだ。

 そんなことで、週に二、三回、わたしはよめはんに引率されて外食をする。行く店は、鮨、蕎麦、うどん、中華、お好み焼、ステーキハウスと決まっていて、それを順繰りにまわしていく(ファミレス、回転鮨などの外食チェーン店は行かない。みんな地元の店だ)。

 うどん屋に行った。その店は鮨も出す。よめはんはメニューをためつすがめつして、『上にぎり御膳』と赤だし、わたしは定番のカレーうどんを注文した。

──わたしはどこへ行ってもメニューを見ることがない。めんどくさいから。たまに編集者や偉いさんと会食するときも同じで、飲み物のほかはみんな、お任せ。若いころはそうでもなかったが、いまはどうでもいい。蕎麦屋ならざるそばかきつねそば、ラーメン屋ならラーメンか冷麺、お好み焼屋なら海鮮ミックス、ステーキハウスならアメリカ牛のリブロースと、いつも同じものを食って飽くことがない。

──しかるに、よめはんはそのたびにちがうものを注文する。それも小鉢がたくさんついたセットものが大好きだから、単品派のわたしとは当然のごとく値段に大差がつく。ちなみに、上にぎり御膳と赤だしは二千五百円、カレーうどんは八百円だが、太っ腹を装うわたしは文句をいわない。

 注文の品が来た。よめはんは自分が嫌いな鳥貝を小皿にとってわたしに寄越す。わたしはカレーうどんを小皿にとってよめはんに差し出す。夫婦におけるコンビネーションがほほえましい。

「ね、青酸ソーダて、どんな味?」
「すごい苦いやろ。強アルカリの塩やから」
「のまされたらどうなるの」
「内窒息やな。溺れたみたいに、もがき苦しむ」
「怖いね」
「怖いな」

 食べ物屋での会話ではないだろう。

※週刊朝日  2020年2月21日号