現在、戦後何度目かの日本酒ブームが起きている。蔵元がそれぞれの個性を生かした酒造りに取り組んでいるが、かつてはブームが日本酒の「個性」を潰してしまった時代もあった。AERA 2020年2月17日号の記事では日本酒を取り巻く、これまでとこれからの環境の変化について、紐解いていく。



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 戦後、何度かの日本酒ブームがあった。日本酒というとアルコールや糖類を添加した甘くて重い酒。そのイメージを変えたのが、1970年代後半から80年代にかけての地酒ブームだ。「越乃寒梅」(石本酒造)や「八海山」(八海醸造)といった新潟の銘柄が売れ、「淡麗辛口」ブームと呼ばれた。バブル期には高級志向の「大吟醸」ブームもきた。しかしブームのたびに似たような酒が量産されることになり、個性を失った日本酒への興味をなくす消費者も多かった。

 そんな中、日本酒を取り巻く状況も変化した。92年には「特級酒」などの日本酒級別制度が廃止され、06年には酒税法改正で、醸造アルコールや糖類、グルタミン酸ソーダなどで「水増し」した三倍増醸酒(三増酒)は清酒を名乗れなくなった。95年に食糧管理法が廃止。米の流通が自由になり、酒蔵は農家から直に米を調達できるようになった。近年では自ら米作りを行う酒蔵も増えてきた。09年の農地法改正では、一般企業の農業参入も容易になった。

 こうした流れを受け、現在、ブームに流されず蔵元がそれぞれの蔵の個性を生かした酒造りに自ら取り組んでいる。

 恵比寿にカウンター等19席の日本酒バーがある。GEM by moto。世界中から日本酒ファンが来店し、全席が外国からのお客さんで占められる時もあるという。

 この店の特徴は、日本酒ソムリエの千葉麻里絵さん(35)が化学的な知識を背景に緻密に計算して考案した、日本酒と料理のペアリングだ。

 千葉さんが日本酒研究にのめりこんだきっかけは、「日本酒のお店に行っても、好みのお酒がばちっと出てこなかった」こと。自分で伝える語彙が少なかったこともあるが、ワインのソムリエに比べると、日本酒は曖昧な提供をしていると感じた。

 日本酒の店で働いていた千葉さんは、酒類総合研究所の清酒官能評価セミナーの存在を知る。官能評価とは、香りの成分などで化学的に日本酒を分析すること。リケジョの千葉さんはまずその手法を習得した。

 しかし、お客さんは専門用語を使って「酢酸イソアミルの味のお酒」とは注文しない。お客さんは、どういうお酒が飲みたいときに、どういう表現をするのか──。

 そこでぶち当たったのが「辛口問題」だ。前述した「淡麗辛口」ブームの残滓として、日本酒を注文する際これといって特定の銘柄がない場合、人は「辛口の酒をください」と言う。しかし、実際「辛口の酒」とはどんな酒なんだ? 千葉さんは考えた。

「本当に辛口が飲みたいと思って辛口と言っている人はほぼいない。じゃあ何を言いたいのか。おそらく、『お薦めの、おいしいお酒をください』ということなんですよ」(千葉さん)

 辛口といっても人によって、ピリッとしたお酒がほしいという場合、ガス感がほしい場合、酸味がほしい場合、アルコール感があるドライなお酒がほしい場合がある。そして香りの印象で味わいはガラッと変わる。日本酒の味わいは8割が香りなのだ。こうしてお客さんの好みを探っていき、最初「辛口ください」と言っていた人に香りはフルーティー(カプロン酸エチル)で味はすっきりしたお酒を出す場合もある。

「これって辛口という言葉だけを真に受けていたら出せないお酒なんです。一番大事なのは最初の一杯目。それで思ったようなお酒が出てこなかったらやっぱり日本酒は苦手、となってしまう。一杯目は大事です」

 お店のシグネチャーになっているペアリングは「ブルーチーズハムカツ×どぶろく」だ。ハムカツにビールじゃなくて、どぶろく?

「故郷、岩手県の『民宿とおの』のどぶろくをどうにかして伝えたい。それで考えたペアリングです」

 ハムカツのハムを通常より厚くして塩味をプラス。どぶろくのどろどろとした口触りと米の香りは、ブルーチーズでマスキング。どぶろくの発泡感で油を切る。これがハマった。

「今の時代、何か伝える時にはちょっとした違和感が必要。じゃないと刺さりません」

 日本酒は、蔵元自身が造ることで、独自の酸味や表現方法が出てくるなど、蔵元ならではのストーリーも生まれてくる。

「かつては失敗といわれたような酒でも、料理に合わせたら生きる。だから蔵元にはビビらずに造ってほしいです。デザインじゃなく、アートしてほしいです」

 そんな日本酒の流れの最前線にいるのが、秋田の新政酒造だ。8代目の佐藤祐輔社長(45)は「日本酒界のスティーブ・ジョブズ」とも言われる。新政酒造は、現存する最古の酵母である「6号酵母」が発見された蔵としても知られ、最古の酵母から、もっともモダンな酒を造ると言われている。

 6号酵母には香りも強い個性もなく、派手な酒が求められた時代には使われなかった。しかし、流行の酵母を使うと似た味になったり、どんなお米を使っても酵母由来の香りや味にかき消されてしまったりする弊害もあった。

「これから日本酒が向かっていくのは、蔵の多様性や地方の味を出したり、お米の味わいを素直に出したりする方向。そうなると6号酵母のような酵母の方が造りやすい。ただ、造り手の腕前や原料の良さや個性、製造工程の違いがよく出てくるので、ごまかしがきかない。今後の日本酒が向かっていく方向にはとても合っているんじゃないかと思います」

(編集部・小柳暁子)

※AERA 2020年2月17日号より抜粋