病院で医師から治療の説明を受け、患者がわからないことを質問すると、明確な回答が返ってこない場面があります。医療には不確かな部分も多いため、医師が答えにくいこともありますが、だからこそ、医師と患者とのコミュニケーションが重要となります。『心にしみる皮膚の話』の著者で、京都大学医学部特定准教授の大塚篤司医師が、友人の事例をもとに患者とのコミュニケーションについて考えます。

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 天才ピアニストの少女に脳腫瘍が見つかり、いますぐに手術をしなければ死んでしまう。しかし、手術をすれば今までのようにはピアノが弾けなくなるかもしれない。

 テレビドラマではこういったシチュエーションで、医者と患者の苦悩や葛藤が描かれます。

 こういう場面では、最終的に手術は無事成功し、少女は厳しいリハビリを乗り越え、美しいピアノの音色を響かせる。そんな展開となりそうですが、実際の臨床現場ではすべてがうまくいくわけではありません。

 ご本人の許可を得て、友人の体験を紹介します(関係者に迷惑がかからないように、事実を一部変更しています)。

 白河さん(仮名・女性)の父親は82歳。認知症が進行し、自分の娘の顔も分からない状態だといいます。温和だった性格も、認知症が進んでからは暴言・暴行が増え、しかもマラソンが趣味だったために、群馬県の自宅から80キロ先までひとり歩きし、何度か警察のお世話になったそうです。

 東京で仕事をしている白河さんは、普段の父親の介護は母親任せでした。ひとり歩きが激しくなったため、介護療養型医療施設に入所。これは母親の希望でもあったそうです。

 そんなある日、施設の廊下を歩いていた父親が転倒。頭を強打し、スタッフが見たところ「言動がいつもと違う」と判断し、市内の総合病院へ救急搬送されました。病院でМRIを撮ったところ、認知症の父親に脳腫瘍のようなものが発覚されました。

 手術をすれば助かる可能性がある。でも、後遺症が残る危険性もある。

 病院から電話をもらった白河さんは、仕事を途中で離れ、東京から群馬に向かいました。ひととおりの病状説明を医師から受けた後、彼女は選択を迫られます。

「開頭手術をするのかしないのか、今すぐに決めてください」

 父親の突然のがん宣告に驚いた矢先に、命を決める大事な選択を迫られる……白河さんは悩みました。思わず医師にこう尋ねます。

「手術をすれば、父親の認知症はよくなるのでしょうか?」「開頭手術をすれば、腫瘍をすべて取り除けるのですか?」「82歳の体力で、この手術に耐えらますか?」「手術をするのとしないのとでは、寿命に差がでますか?」

 娘としての心配を主治医にぶつけました。日常の診察ではよくある場面です。しかし、担当した医師の返答は思いもよらぬものでした。

「わかりません」「すべて取り除けるか、わかりません」「人によりけりです」「寿命なんて、誰にもわかりませんよ」

 そして、こう続けたそうです。

「手術をするならば、来週の水曜日なので、同席してください」

 手帳を見ると、大事な打ち合わせが3本入っていたため、

「仕事があるのでちょっと、無理かもしれません」

 と返事をすると、こう言われたそうです。

「父親の命と仕事、どちらを取るんですか」

 さて、あなたはどう思われたでしょうか? 医師の言葉が強すぎると感じませんでしたか?

 最近、大学の医学部受験でも面接試験が重要視されるようになりました。医療はチームワークが大切です。コ・メディカル(看護師や救急救命士、歯科衛生士など、医師や歯科医師の指示の下に業務を行う医療従事者のこと)の方々と連携を取り、患者さんのために最善の治療を目指す。そのためには、医師にはコミュニケーション能力が重要となります。

 私の外来でも治療の説明をすると、難しいケースではご家族の方から多くの心配と質問をいただきます。もちろん、すべてに自信を持って答えたいのですが、医療には不確かな部分も多いため明確な返答に困る場面があります。

「医師でもわからない」局面があることが、患者さんやご家族にきちんと伝わらないと、残念ながら不満を残してしまう結果となります。今回の白河さんの件では、主治医が当事者である家族の葛藤を想像することができず、一方的な意見を伝えた結果、コミュニケーションエラーが起こり、白河さんに大きな不満を残しました。

 命が大事なのは当然です。それは大前提の上で、家族にしかわからない関係や思いがあるはずです。

「父親に手術を受けさせない」という選択をすれば、娘である白河さんたちは「父親を見殺しにする」という罪悪感を乗り越えての決断となります。ましてや認知症の問題もあり、簡単に答えを出せるものではありません。

 残念ながら、父親の意思はもうわかりません。認知症になる前であれば手術を望んだかもしれませんし、後遺症が残る可能性があるなら手術は選ばないかもしれません。

 現実は、ドラマのような感動ストーリーで終わることのほうがむしろ少ないと思います。

 白河さんからの話は、自分の診察室での言動について改めて考えさせられました。私たち医師は、患者さんとその家族が後に後悔を残すような言葉を言ってはいけないのだと思います。自戒を込めて。