60代向けのファッション誌が完売するなど「大人女子」消費が活気づいている。若々しい彼女たちを「シニア」扱いするのはご法度。むしろバブル世代の仲間入りでより活発化の傾向といい、「大人女子市場こそがこれからの消費のカギを握る」とする専門家もいる。新型コロナウイルスで落ち込む国内消費を救うのは大人女子かもしれない。



*  *  *
「60代から、もう一度おしゃれを楽しもう!」「60代の靴悩みすべて解決!」……

 デカデカと躍る「60代」の文字。宝島社が昨秋、月刊誌として創刊した「素敵なあの人」の表紙だ。神下敬子編集長が言う。

「文字どおり60代女性へ向けたファッション誌です。おかげさまで創刊から3号連続で10万部が完売しました。その後も好調な売れ行きです」

 何とも景気のいい話である。ネットやスマホに押されて活字雑誌は元気がないだけに、にわかには信じられない数字だ。いったい何がウケているのか?

「何と言っても、この世代へ向けたファッション誌がなかったことが大きい。日本初なんです。『やっと出たか』『待っていた』といった反応がとても多い」(神下編集長)

 こういうことだ。60代にもなると体形が崩れたりして前に着ていた服が似合わなくなったりする。さて、どういう服をどう着こなせばいいのか、と思って周りを見渡しても「教科書」がない。そこへ、「こうすれば……」というお手本を示したのだ。

「例えば、ヒールの靴はまず扱いません。足のアーチが崩れ幅広になり、外反母趾(がいはんぼし)に悩む人も多く、60代はもう細いヒールは難しいんです。でも皆さん、『ファッションと言えばヒールよね』と思っていらっしゃいます。そこで私たちは、そんなことはありませんよ、今はスニーカーやコンフォートシューズがすごくおしゃれでこんなコーディネートができますと提案するわけです」(同)

 2017年暮れに前身となるムックを出したところ、いきなり5万部を完売、以来ほぼ3カ月に1回刊行してきた。約2年間の蓄積があるためなのだろう、神下編集長によると、「素敵なあの人」は徹底的に60代に寄り添って作られている。字をできるだけ大きくする、英語は多用しない、わかりにくいカタカナ用語も少なくする……。

「コートの特集をした時は、取り上げたコートの重さを量ってグラム数を掲載しました。もう、60代女性は重いものは着たがりませんから」(同)

 雑誌が売れているということは、60代女性のファッションへの関心が高いことにほかならない。

「そりゃ、そうですよ。今の女性たちは新しい大人世代。旧来型のシニア世代とは全く違う人たちです。おしゃれにも貪欲(どんよく)で、40代と同じ感覚では?と思うほどです。私は40代ですが、買うものが変わりませんから」(同)

 実は同じようなことが老舗の生活情報誌でも起きていた。

 1996年に50代以上の女性を対象に創刊され、00年代半ばに42万部まで部数を伸ばした「いきいき」。その後、部数が減り、16年に「ハルメク」と名前を変えたが盛り返せず、17年夏に編集体制を入れ替えたところ急反転し始めた。

 主婦と生活社からスカウトされた山岡朝子・現編集長が言う。

「私が入社した時はすでにハルメクでしたが、『シニア誌』の印象が強かった。私はもっと幅広いテーマができるのではと考え、そのためには『シニア誌』の枠組みを出て『女性誌』を作ればいいのでは、と思ったんです」

 山岡編集長には、今の50〜70代女性はとても若々しいと映る。年齢を重ねたからといって、急におしゃれをしなくなったり、化粧や髪の毛がどうでもよくなったりはしない。グレーヘアがはやったように、むしろチャレンジできることが増えている……。

「女性誌と考えると、まずはファッションと美容のテーマに可能性が広がります。主婦の方が多いので、お料理やお片付けなどの実用記事も必要です。普通の女性誌がやっていることを切り口を変えてハルメク流にしていけば……と、アイデアが膨らんでいきました」

 編集長として作った第1号でファッションを特集したところ、効果はすぐに表れた。新聞広告を見た人からの定期購読の申し込みが急増したのだ(「ハルメク」は書店では販売されていない)。

 その後は超右肩上がり。17年当時は約15万部だったのが18年には20万部を超え、19年秋に30万部を突破した。2年で倍の急成長である。

「二つの雑誌には共通点があります」

 こう話すのは、高齢世代のライフスタイルを長年、研究してきた「人生100年時代 未来ビジョン研究所」の阪本節郎所長だ。

「両方とも『シニア』という言葉を使っていないのです。この世代の女性が素敵でおしゃれに積極的なことに気付いている人は大勢いました。でも、誰もが彼女たちを『シニア』と捉えていました。ファッションにしても、あくまで『シニア・ファッション』だったのです」

 それが、なぜダメなのか。阪本所長が続ける。

「当たり前です。50〜70代の女性たちは自分たちがシニアだなんて、これっぽっちも思っていないからです。『シニア? 80代の私のお母さんのこと?』くらいのイメージ。そこへ『シニア』と呼びかけても反応するはずがありません。『素敵なあの人』と『ハルメク』は若さもある彼女たちに、自分たちの雑誌だと認識してもらえたからこそ売れているのです」

 なるほど、50〜70代の女性は「シニア」ではないのだ。

 確かに子育てを終えたおおむね50代以上の女性たちは近年、「大人女子」と呼ばれ、そのアクティブな活動ぶりは本誌を始め一部で注目されている。阪本所長によると、彼女たちが旺盛に消費を楽しんでいることは大いに注目するべきという。

「彼女たちが最初に消費で社会にインパクトを与えたのは、03年から日本で放映された韓国恋愛ドラマ『冬のソナタ』に端を発した韓流ブームでした。今は70代になっている団塊女性が子育てを終えて自由になり始めた時期が、ちょうどそのころなんです」

 その後の大人女子の消費は、彼女たちの夫の会社人生に連動していく。例えば旅行。阪本所長によると、数歳年上の夫が会社を去り始めた10年ごろから国内旅行が増え始めた。東日本大震災でいったん落ち込むものの、その後は国内だけでなく海外旅行が増えていったという。

「国内では豪華列車ブーム、海外では『ビジネスクラスで行く○○』の活況が伝えられましたが、どちらもこの世代が牽引(けんいん)しました。また、今は新型コロナウイルスの騒ぎで全国の観光地はガラガラですが、それまでは大人女子と外国人観光客だらけといってもいい状態でした」

 確かに、京都市が毎年行っている調査を見ると、近年、訪れる日本人観光客のうち50歳代以上の大人女子が実に4割強を占めている。その数は推計ながら実に1900万人に上る(本誌18年11月16日号)。

 旅行に限らず、ファッションやグルメ、美容……。大人女子が絡む消費は多岐にわたる。夫婦関係の実態を考えると、彼女たちは家計全体の財布のひもも握っている。大人女子消費は実は巨額にのぼるのだ。

 となると、コロナショックで不況感が強まるこのニッポンにとって、大人女子たちは頼もしい存在になる。彼女たちの消費を刺激できれば、企業は業績を伸ばせるし、日本の景気全体を上向かせる可能性すらある。先の阪本所長は、

「不況期に育った今の若者はトレンドを発信しないし、モノも買いません。これからの日本の消費を支えるのは50代以上の大人世代です。とりわけ大人女子消費は伸びが期待でき、唯一残された“宝の山”とすら思えます。もっとも先に述べたように、彼女たちをシニア扱いし、そこに気付いていない企業が多いんですが……」

 もちろん目を凝らせば、先進的な動きはそこかしこに出てきている。

 資生堂が50代以上向けに出している化粧品総合ブランド「プリオール」。15年の発売以来、50〜70代にウケて毎年2ケタ成長を続けてきたヒットブランドだ。それが、この2月から、さらに50代へのアプローチを強め始めた。新しいタイプの大人女子たちが出現してきているというのだ。

 プリオールは加齢による「下がる」や「凹凸」、「影」など大人女子が気にする現象を「大人の七難」と名付け、その解決を売りにしてきた。とりわけ、化粧が面倒になってくることを「おっくう」と名付け、心理面までも七難に加えたことが評判だった。畠山真紀ブランドマネジャーは、

「中身の品質はもちろん、ポンプの押しやすさにこだわり、ビフォア・アフターの顔写真を箱に載せるなど、簡単に美しくなりたいとする時短コスメに、ここまで本格的に取り組んできたのはウチぐらい」

 と胸を張るが、やはりマンネリ感が出てきていたという。そこへ「新・大人女子」の登場が重なった。

「バブル時代に20代を過ごした世代が50代後半になってきているんです。彼女たちは上の世代とは全く違います。例えば上の女性が『ありのままの美しさ』などと自然体を重視するのに対して、バブル世代は『もっと美しくなれる』『女らしいと言われたい』と積極的。働いている人も多く、上の世代とは美意識も違います」

 要するに、より派手になっているということだろう。プリオールは新たに40代の女優の常盤貴子をイメージキャラクターに起用、ターゲット世代の女性は悩みをカバーしたい一方で「厚塗り」をいやがることから、それらをすんなり解決できる点を強調するCMを流している。

 さすが女性の機微に通じた化粧品会社らしい変化への対応である。もっとも50代は肌の変化と気持ちのギャップで「化粧品を変えたがる時期」(畠山マネジャー)というから、そこでの囲い込みを狙う当然の戦略でもあるのだろう。

 変化に対応するあまり、60代や70代の上の世代の固定ファンが離れてしまっては元も子もないが、畠山マネジャーは、

「70代のお客さまは、減るどころか逆に増えています」

 これまでのイメージキャラクターである宮本信子(70代)と原田美枝子(60代)が「留任」し、常盤との3人体制でPRしていることが功を奏しているのだろうか。

 先の阪本所長はこう言う。

「仮に上の世代をキープしつつ下の世代にファンを広げることができれば、プリオールは一大ブランドに成長する可能性があります」

 商品だけでなく、大人女子向けに「場所」を提供する動きも出てきている。

 昨年12月にオープンした東京・渋谷の「東急プラザ渋谷」。「大人をたのしめる渋谷へ」をコンセプトに、おそらく日本で初めて40代後半〜60代を主力顧客に掲げた都心部の商業施設だ。

 コンセプト開発に携わったブランドプロデューサーの柴田陽子さんによると、綿密な調査の結果、大人世代の居場所が作れることを確信したという。

「大人世代が大勢住む地域が周辺にあり、電車やバスで近郊からも大勢の大人世代が来ていることもわかりました。渋谷というと若者のイメージがありますが、その塊と、かつて渋谷で育ち渋谷に育てられた大人世代の塊が共存しているんです」

 施設には、超高齢社会を見通した柴田さんのアイデアが詰まっている。とりわけ信託銀行や旅行代理店、終活相談コーナーなどが並ぶ5階の「シブヤライフラウンジ」は斬新だ。

「開放的でラグジュアリーな空間で、高齢世代が抱える悩みや問題を明るく前向きに相談・解決できる場所が、自然と街の動線の中にあるイメージです」(柴田さん)

 飲食フロアには予想どおり、大勢の大人女子が訪れている。その一つ、茶寮「京都宇治 藤井茗縁」の店長(32)は、

「ほとんどのお客さんが50〜70代の女性ですね。リピーターになってくれる人が多い印象があります。こだわりを持たれている方が多く、次に来られた時にそのこだわりに沿って接客するとすごく喜ばれました。その方からは年始にお年玉までいただきました」

 全体の責任者、長尾康宏総支配人によると、年間約600万人の来場をめざす。

「確かに平日を中心に女性が多く、飲食はビックリするくらい入っています。でも、まだまだオープンを知らない人も多く、この世代らしく新聞に折り込みチラシを入れると、どっと来てくださいました。大人、大人と言い続けていますが、やり始めてさらなる可能性を感じています」

 東急プラザ渋谷が成功すると、同様の施設が次々に登場していくかもしれない。

 先の未来ビジョン研究所の阪本所長は、こうした相次ぐ動きに東京オリンピック後が楽しみという。

「アスリートに代表されるように、オリンピックまでは世の中の目は『若者』に集中します。しかし、それが終わっていざ消費の足元を見ると、核になるのは若者ではないことに気付くはず。そこで大人女子の動きに目が向く、そんな展開を予想しています」

 いよいよ大人女子消費の花盛りが始まるのかもしれない。(本誌・首藤由之)

※週刊朝日  2020年3月27日号