AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。「書店員さんオススメの一冊」では、売り場を預かる各書店の担当者がイチオシの作品を挙げています。

 重松清さんの最新作、『ひこばえ 上・下』が刊行された。主人公は老人介護施設で働く、50代半ばの洋一郎。洋一郎がある日突然父親の死を知らされ、生前の父を追い求め「息子」として生き直す姿を描く。著者の重松さんは、同著にどのような想いを込めたのか?



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 父と子の物語を長年紡いできた重松清さん(57)。50代半ばになり、朝日新聞紙上で自分と同世代の洋一郎を主人公に、再び父と息子を描いた。今回の父は骨壺に入った姿で現れる。洋一郎には1970年に家を出ていった父・信也の記憶はあまり残っていない。

 現実の重松さんの父は2016年に亡くなった。思いがけないことに、亡くなった父の存在は生きていた時よりもずっと近くなったという。

「よく誰かの死で胸に穴が開いたというけれど、穴という形で残り続けているなら埋めなくてもいいと思うんです。いなくなった親父と自分自身がどう共存していくのか考えているうちに、死んだ父と息子の話を書いてみたいと思うようになりました。30代で『流星ワゴン』、40代で『とんび』と、その時の自分を投影した父子の関係を描いてきたけれど、いない父親との関係を書くとは、30代にはまったく想像していませんでしたね」

 洋一郎は信也が一人で暮らしていたアパートの大家、遺骨を預かっていた寺院の住職、信也と友達だったトラック運転手らと新たなつながりを作りながら信也の人生をたどり始める。

 信也がどんな人物だったかという謎が解けるわけではない。もともとさらりとした人間関係の中で生きてきた洋一郎は、まわりの人たちの熱さに辟易しながらも父の足跡を追っていくが、信也がずっと自分を気にかけ、「父」として確かに存在していたことを知る。洋一郎はあやふやだった「息子としての自分」も発見することができたのだ。新たな人間関係は、やがて長男の航太ら若い世代にも派生していく。倒れた木の幹に芽吹く「ひこばえ」をタイトルにした寓意はそこにある。

「僕はこれからも松本清張みたいに謎を解いていくような小説は書けないと思う。自分の実感がベースにないと書けないタイプですから。今回、死んでしまった信也のことを書いたのは、彼にもいろんな人間関係があったことを書きたかったからです」

 重松さんは東日本大震災後、ずっと被災地に通い、死者と生者の関係を考えてきた。

「去年、一人娘のお骨が見つかったというご夫婦がいて、『これで手を合わせる場ができた』と喜んでいらしたんです。小説では洋一郎が最後に信也の遺骨を島に散骨しますが、手を合わせる場ができたという点では同じです」

 生者と死者は遠く隔てられていても新たな関係を築くことができる。そこにほのかな希望を感じさせて物語は終わる。(ライター・千葉望)

■八重洲ブックセンターの川原敏治さんオススメの一冊

『QRコードの奇跡モノづくり集団の発想転換が革新を生んだ』は、日本発で世界に普及し続ける技術、QRコードについて紹介する一冊。八重洲ブックセンターの川原敏治さんは、同著の魅力を次のように寄せる。

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 自動車業界の商品管理にルーツをもつ、日本で開発されたQRコード。現在では、商品管理はもちろん、チケットの発券、各種決済、ホームドアなど、開発者の思惑とはまったく異なる方向に発展し、世界各地で使用されるまでになった。

 そんなQRコードの開発から普及と進化に至るまでの物語を緻密な取材をもとに、臨場感たっぷりに描く本書は、ビジネス小説のような読みやすさと面白さをあわせ持つ。

 さらに、最初は1社の発想で開発されたものが、多様な業種の人が関わっていくことで発展していく商品開発の様子や、特許を開放し、ユーザー側の発想や視点を取り込むことで変化していく過程なども紹介。

 商品開発のみならず、経営に役立つノウハウも多い。経営の参考書としても役立つ一冊だ。

※AERA 2020年3月30日号