発達障害は、先天的な脳の機能の発達のアンバランスが原因で、得意なことと苦手なことの凹凸が激しいという特性がある。支援を得られず成長し、成人して母になってから、より大きな困難に直面する人も多い。AERA2020年4月13日号から。



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 発達障害は先天的なもので、親や子どもの努力不足でも、性格の問題でも、しつけのせいでもない。そのことを押さえた上で、当事者の話に耳を傾けよう。

「自分は不良品なのではという思いをずっと抱えていました」

 そう打ち明けるのは、10歳の子どもを育てる女性(46)だ。小さい頃から動作が遅く、親から「早くしなさい」と急かされ、慌ててパニックを起こすと「落ち着きなさい」と注意され混乱してきた。知的障害はないが、派遣で働いた職場でも怒られてばかり。機敏に動けるようダイエットや筋トレにも励んだが、状況は変わらなかった。

「私が生きている間には解明されない病気かと思いましたが、黒柳徹子さんの『窓ぎわのトットちゃん』を読んだり、(自閉症がリアルに描かれた映画の)『レインマン』を見た時、ああ、ここに私とよく似た人たちがいた、とすごく共感しました」

 裏表なく純粋な女性に惹かれた現在の夫に交際を申し込まれ、31歳で結婚。医師からADHDとASDの重複を指摘されたのは34歳の時だ。その後、子どもを授かったが、子育てでまた大きな壁に直面した。

「複数のことを同時進行したり、臨機応変に対応したりするのが苦手なんですが、子どもが小さければ小さいほど、母親にはそれが求められます。でも頑張ってもできないんです。赤ん坊が泣いても何を求めているのかがわからなくて。抱っこしたまま玄関で途方に暮れているのを近所の人が助けにきてくれたこともありました」

 だが、家族や周囲のサポートに限界があり、数カ月、子どもを乳児院に預けることになった。

 3人の子の母親で40歳の時ADHDの診断を受けた女性(46)は頭の中をこう例える。

「いろんなアイデアを思いつくので付箋がいっぱい。だけど整理して貼れないので、探すのに時間がかかる。付箋を貼れるスペース自体も狭いし、貼ってもすぐ剥がれてしまう感じです」

 パニックになりそうな時は、子どもに「いま私、黄色信号だから」と伝え、そっとしてもらうようにしているが、自分のせいで我慢を強いているようで苦しい。注意散漫で子どもの受験料を払い忘れたり、一つのことに没頭する「過集中」のため食事の支度ができないこともある。

 PTAの役員決めでは皆が押し黙って下を向いていることに耐えられず、衝動的に「やります」と挙手した。だが、仕事ではミスを連発し「なぜ手を挙げたんですか」と責められた。

 ADHDのことは「言い訳。甘えている」と批判されたり、距離を置かれたりするのが怖くて言えない。普段は明るく振る舞うが、不安につぶされそうな時はカウンセリングに駆け込む。

 発達障害を持つ母親の困難や支援について詳しい東洋大学社会学部の岩田千亜紀助教は言う。

「これまで発達障害の診断基準は、男性の症例を基に作られてきたため、女性は見逃されてきた側面があります。適切なサポートも受けられず、親から虐待を受けたり、学校でいじめられたり、仕事がうまくいかなかったりという経験が積み重なって、自尊心が低下している人が多い」

 どんぐり発達クリニック院長の宮尾益知医師も、父親より母親のほうがより深刻と指摘する。

「男性は発達障害があっても、得意な部分を生かして社会的に成功し自尊心を保っていることが多い。女性は妻としても母としても『できて当然のことがなぜできないのか』と否定されがち。だから余計苦しい」

 整理収納アドバイザーとして活躍する西原三葉さん(49)も、かつてはそんな一人だった。幼少期、真面目な頑張り屋だったが、学校では「私は忘れ物ばかりするダメな人間です」と書いた画用紙を胸に貼って校庭を走る罰を与えられ、家庭でも認めてもらえなかった。

「今思えば、母親もASDと学習障害(LD)の傾向があり、困難を抱えていたのでしょうが、当時はつらかった」(西原さん)

 大手飲料メーカーに就職したものの、仕事でミスが続き、鬱(うつ)になって退職。3カ月後、現実から逃れるように結婚した。整理整頓はもともと苦手だったが、3人の子どもが生まれると、家の中はカオス化した。夫と子どもたちからは「サボっている」と責められた。

 自己否定の悪循環から西原さんを救い出したのは、40歳の時、ADHDと診断されたことだ。

「長年、女性なのに主婦なのに、母親なのに片付けられないのは自分がダメなんだと思っていたけど、脳に原因があったと言われて、なんだ私の努力不足じゃなかったんだって。正直、ほっとしました」

 近隣のADHDの当事者が集まる会に参加し、同じ悩みを持つ仲間に出会ったことも大きかった。ADHDに特化した認知行動療法(自分の考え方のクセを把握し、行動パターンを変えていく心理療法)を受け、毎日少しずつ片付けにトライした。仲間と励ましあい、毎日、できた自分をほめることを繰り返して、自尊感情を取り戻した。

 そこから「エネルギッシュで行動力がある」ADHDのプラスの側面を発揮し、整理収納アドバイザー1級を取得。今では多くのADHD当事者から指名を受けている。西原さんは言う。

「診断を受けていない人、診断が確定されなかったグレーゾーンの人も含めて、かつての私と同じように苦しんでいる人がこんなにもいたのかと驚きます。『初めてつらさをわかってくれた』と泣く人も多いです」

 障害の特性そのものより、困っていることを誰にも言えないことが一番つらい──。親として頑張り続ける当事者たちの訴えは、それをできなくしている社会のあり方を問うている。(編集部・石臥薫子)

※AERA 2020年4月13日号より抜粋