ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は「よめはんの大腸検査」について。

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朝よめはんが部屋に来た。はいはい、起きてくださいよ、という。

「へっ、なんですか……」

 寝ぼけまなこで時計を見た。まだ八時だ。「こんな早ようから起きて、なにをするんですか」「大腸の検査です」「ああ、今日やったんか」「あと十分したら出ますからね」よめはんは階段をおりていった。

 ──そう、わたしは昨日、よめはんを病院までお送りする役目をおおせつかっていたのだった。

 よめはんが大腸内視鏡検査を受けるのは、かかりつけの消化器内科の医師から、高齢者の多くは大腸にポリープがあるから、一度、検査してみましょう、と勧められたからだ。よめはんが検査の予約をして帰ってきた日、わたしは正直、うれしかった。

「そらもう、うっとうしいぞ。くそまずい下剤を二リッターも飲まされて、十分に一回はトイレに行って、流した便器の水がレモン色に澄むまで、なんべんも、なんべんもウン○をせなあかんのや。おれが前に検査したときは、九時から下剤を飲んで、検査室に入ったんが一時半やった。尻のとこに大きな穴のあいた紙パンツを穿いてな」

 さんざっぱら脅して笑っていたら、よめはんは検査を受けないといいだした。

「あほをいえ。ハニャコの顔はポリープフェイスや。それに、いっぺん検査をしといたら、あと二、三年は安心やろ。……そう、おれは大げさにいうたんや。あんなもんは人間ドックの胃カメラといっしょやがな」

 脅したあげくになだめすかして検査の日を迎えたというわけだった。

 ──で、病院の駐車場に車を駐めたのは九時前だった。わたしはよめはんの付き添いということで玄関へ行ったが、そこには職員が三人もいて、額に体温計をあてられた。許可されて受付へ。内視鏡室までは付き添えないので、エレベーター前でよめはんと別れた。

 わたしは家には帰らず、車を運転して、ほかのかかりつけの病院へ薬をもらいに行った(高血圧、高脂血症、逆流性食道炎、痛風、前立腺肥大と、五つもの常用薬を服んでいる)。この病院では受付で体温計を渡されたが、36・6度で検問突破。診察の上、処方箋薬局で薬をもらい、スーパーで焼き芋を買って帰宅したが、朝早く起きたので週刊誌を読んでいるうちに眠ってしまい、電話の音で目覚めたのは四時だった。

 ──はい。──ピヨコちゃん、迎えにきて。──了解です。

 病院へ走ると、よめはんは玄関のベンチに腰かけていた。こころなしか、へなっとしている。車に乗せた。「どうでした」「ポリープをとった。四、五ミリのが三つと、二ミリくらいのがひとつ」「それはよかった。おめでとうさん」「おめでとうなことないねん。もうほんまに、ひどいめにおうたんやから」

 よめはんは九時から三時まで下剤を飲みつづけたが大腸内がきれいにならず、浣腸までしたという。

「それでもあかんねん。看護師さんが便器を見て、まだ濁ってますね、というから、泣きそうになった。ほかの患者さんはとっくに帰って、ハニャコひとりが残された。最後はお医者さんがOKして検査した」

 二十回はトイレに行った、とよめはんはいい、「お尻が痛い。ひりひりする」「肛門が腫れてるんやろ」「きっとね」「見せてみい」「いやや」

 わたしは若いころ痔だったから、よめはんによく座薬を入れてもらったが、その逆は一度もない。

※週刊朝日  2020年5月8-15日号