元朝日新聞記者でアフロヘア−がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。



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 先週のテレワーク特集を興味深く読む。「できない」と思っていたことが案外できたという実体験はやはり大きい。毎日出社するのが当然という常識が変われば、オフィスの規模も位置付けも場所も変わるだろう。会社は賃料や交通費、残業代を節約できるし、社員も通勤にかける時間や体力を別のことに使える。住む場所ももっと自由になる。

 とはいえ、そんな美味しい話では終わらないに違いない。出勤とは、社員が会社に身を捧げるという日々の確認でもある。それが、毎月一定の給料が振り込まれるという奇跡につながっている。そのタガが外れたとき、残るのはシビアな成果主義であろう。報酬はミッションを達成したかどうかで支払われ、会社が社員の人生にざっくり責任を持つという常識は消え、社員も複数の会社の仕事をこなすのが当たり前……となればもう会社員じゃなくてフリーランスですね。そんな働き方が否応なく増えるように思う。

 実際そうなるかは別として、それは朗報なのだろうか。

 私が会社を辞めてフリーになった時、驚いたのはその半端ない「身ぐるみ剥がされる感」だった。年金も健康保険も恵まれた互助会からはじき出され、信用がないのでカードも作れず家も借りにくい。なるほど私は会社員というだけで凄いゲタを履かせてもらっていたんだと気づくも時すでに遅し。もちろん収入は不安定極まりなくなり、万一の補償は限りなく低いこともコロナ禍でハッキリした。

 ま、朗報どころの騒ぎじゃないわけです。

 それでも、私はフリーになって良かったと心から思う。会社にしがみつき1円でも多く給料をもらえればヨシという世界から、自分はどんな人生を送りたいのか、仕事とは何か、お金とは何か、それをどう使えば幸せになれるのか、どんな人と仲間になり生きていくのか。すべて自分で決め、その結果も自分が負う。それは会社という依存先を離れ一人になってみて初めてできるようになったことである。

 会社を辞めて初めて一人前。私はそう思っている。

※AERA 2020年6月29日号