AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。「書店員さんオススメの一冊」では、売り場を預かる各書店の担当者がイチオシの作品を挙げています。

 翻訳家でエッセイストでもある村井理子さんによる『兄の終い』は、音信不通の兄の後始末を通じて生まれた、さまざまなドラマについて描いた1冊。著者である村井さんに、同著に込めた思いを聞いた。

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 村井理子さん(50)はエッセーを書き始める前から、Twitterでは人気の高い人だった。長年ウォッチするアメリカ大統領夫妻のこと、得意な料理、家族や犬たちとの関係。どれも対象と絶妙の距離を取りつつからりとしたユーモアを漂わせ、更新が楽しみだったから、村井さんがエッセイストとして活躍し始めたのは意外ではなかった。

 その村井さんの最新作は思いがけず、死んだ実兄の後始末を描いた作品である。疎遠だった兄が突然死し、いや応なく村井さんが「終い」の作業を引き受けることになった。しかも亡くなったのは、遠い宮城県多賀城市であった。

「兄は子どもの頃から落ち着きがなく、エネルギーにあふれていて、何かやり始めると止まらない。人の心とか場の空気が読めない。今なら発達障害と診断されていたかもしれませんね」

 両親と2人の子の4人家族。村井さんと兄は性格がまったく違ったが、母は挫折続きの息子を溺愛し「共依存」の関係にあったという。妹に金銭的な迷惑をかけることもたびたびだった。仕事がうまくいかず、最愛の母ががんで助からないとわかった時、兄は耐えられずに息子の良一君だけを連れて多賀城へと逃げた。

 警察の連絡を受けた村井さんは、良一君の母である元妻・加奈子さんと多賀城に駆けつける。変死扱いの兄を火葬し、ゴミに溢れたアパートを片づけ(インスリンの注射器が散らばる部屋には4リットル入りの焼酎のボトルも散乱していた)、里親に預けられていた良一君を引き取り……目まぐるしい数日間である。

「兄にはいろいろな能力があり、冗舌で女性を褒めまくるので、よくモテたらしいんです。2度の結婚と内縁関係でできた子どもは6〜7人(笑)。元妻であるふたりはとても優しい人たちで、兄はああいう100%優しい人のそばじゃないと生きられなかった。それがすべて断たれたあとは、5年しか保ちませんでした」

 つらいことも多い内容だが、読後感は明るい。それは村井さんと加奈子さん、心優しい多賀城の人たちとの間に新しい関係が生まれたこと、母に引き取られた良一君がまわりに支えられながら、次へと踏み出す姿があるからだろう。

「驚いたのは兄の話が意外にも珍しくはないらしいことでした。読者の皆さんにも心配な兄弟姉妹がいたり、自分が心配される側だったり。ある程度の年齢になったら、誰もが家族の最期を考えないといけないものだったんですね」

(ライター・千葉望)

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※AERA 2020年6月29日号