西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。老化に身を任せながら、よりよく老いる「ナイス・エイジング」を説く。今回のテーマは、帯津氏が提唱する「ホリスティック医学」について。

*  *  *
【生老病死】ポイント
(1)人が生きていく根源に命の存在がある
(2) 西洋医学は死にゆくプロセスに無関心
(3) 最期まで命に寄り添う医療を目指したい

 私が提唱するホリスティック医学では、人間をまるごととらえるときに、体、心、命の側面からとらえます。つまり、体への、心への、命への医療を行うのがホリスティック医学の本分なのです。

 体と心はわかりやすいと思います。それでは命とは何なのでしょうか。

 生命科学者の清水博先生(東京大学名誉教授)は『生命を捉えなおす』(中公新書)のなかで「生命とは(生物学的)秩序を自己形成する能力である」と語っています。同様のことは、ノーベル賞を受賞した理論物理学者のシュレーディンガーも『生命とは何か』(岩波文庫)のなかで、無秩序の度合いを示す「エントロピー」というキーワードを使って説明しています。生物は放っておけば、秩序が崩壊する“エントロピー増大の方向”に進んでしまうが、そのエントロピーを減少させて秩序を保つのが生命だというのです。

 いずれにしろ、人が生きていく根源の部分に命の存在があって、体、心だけではなく、それに向き合うことが本当の医療だといえます。命に対する医療は、死にゆく人たちに対しても重要です。

 僧医という言葉を聞いたことがあるでしょうか。僧侶であり医師である人のことで、私の病院にいたことがある対本宗訓さんは、まさに僧医です。

 対本さんは臨済宗の管長の職にあるときに医学部に入り直し、医師になりました。「周死期学」の樹立を提唱しています。周産期が出産を中心にすえているとしたら、周死期は死が中心です。

 対本さんは、そもそも仏教は生老病死の苦しみから人々を救うところに原点があったと言います。その生老病死が凝縮している場所は病院。しかし、僧衣では病院に入ることができない。だから、医師になって白衣をまとって生老病死の現場に入ろうとしました。あくまで生老病死の苦しみから人々を救うという僧侶の使命が基本にあります。

 ですから対本さんにとって、医療が命に向き合うものであるのは当然のことなのです。
「現代西洋医学は、患者さんの救命には全力を尽くしますが、死にゆくプロセス、死んだあとの<いのち>の行方についてはほとんど無関心です。科学的な検証ができないためですが、本来はそこまで踏み込んでいかなければ、死の本質、ひいては<いのち>の本質は見えてこないのではないでしょうか」(『人生の最期に求めるものは 僧衣と白衣の狭間で見えてきたこと』佼成出版社)と対本さんは語ります。

 人はどうやって死んでいくのか、死んだらどうなるのか、死の過程で心身に何が起こっているのか、死にゆく仕組みを検討したいというのです。

 対本さんは最期まで命に寄り添う医療を目指しています。それは僧医でなくても、すべての医師が求められることです。

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

※週刊朝日  2020年8月14‐21日号