ノンフィクション作家の足立倫行さんが選んだ「今週の一冊」。今回は『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(熊代亨著、イースト・プレス 1800円・税抜き)。

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 先頃、ユニセフ(国連児童基金)が、世界38カ国の子どもの幸福度調査の報告書を発表した。それによると、身体的健康の分野で日本は世界1位。にもかかわらず、精神的幸福度では、自殺率の高さや生活満足度の低さから、調査国中最低レベルの37位。これは一体、どういうことか? 私たちの社会の現状はどうなっていて、何が問題なのか?

 この難問に正面から立ち向かっているのが本書、と評者は思う。

 著者は石川県出身の精神科医。生まれ育った昭和時代と令和の時代を比較しつつ、豊かで秩序正しい日本社会の全体像と、その裏側の生きづらさを浮き彫りにする。取り扱うのはメンタルヘルス、健康、子育て、清潔、コミュニケーションと空間設計、の5分野。

 現在の日本は、世界屈指の「健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会」と呼んでいい。

 町中で吐しゃ物やゴミのポイ捨てや歩きタバコを、まず見ない。物乞いや喧嘩に遭遇することもなく、交通機関はすべて時間通りに発着し、店員や公務員の応対は全国でおおむね礼儀正しい。

 約3千人が自由に行き交いトラブル皆無の渋谷・スクランブル交差点は、外国人には「驚異」に映るだろうが、現代の日本人には「当たり前の光景」なのだ。

 しかし、昭和時代は違った。

 タバコは「格好良い」小道具であり、ポイ捨てはザラだった。町は汚く騒々しく、暴力沙汰や犯罪も多かった。デモやストライキが頻繁にあり、電車やバスの遅延・運休も珍しくはなかった。

 そんな雑然とした社会が、平成以降急速に変化したのだ。

 もっとも、便利で快適な秩序ある社会への変化それ自体は、近代化の産物だ。西洋文明が19世紀以降追い求めたもので、日本も遅れて追い付いたにすぎない。

  著者によれば、資本主義と個人主義、社会契約(社会的な取り決めと履行)が、近代市民社会の理念である。庶民がブルジョア階級の生活様式を自らの生活に取り入れ、近代市民社会を築いた。

 だが、日本では近代市民社会が根付く前に、地域共同体に依存するプレ近代の段階からポストモダン的な段階へ、一足跳びに社会が変化。そのため、日本独自の「特色」が現れた。欧米のように、自己主張はせず、皆で同調して不快感を抑えるのだ。

 端的なのが交通機関内の親子連れ。子どもが泣いたり騒いだりしないよう親は最大の注意を払う。さもないと一斉に非難の視線だ。

 評者はこの部分は、日本人の歴史的均質性(民族、文化など)も大きな要因だと思うけれど、ここではこれ以上触れない。

 高度秩序社会の閉塞感は、人生の局面ごとに味わうことになる。

 就職の選考基準。「多様性」は看板のみで、第一はコミュニケーション能力、つまり協調性。これがないと会社では働けない。

 恋愛。場違い、強引な声かけはハラスメントと見做される。機会自体が昭和時代より激減した。

 子育て。やっと結婚しても出産は別問題。品行方正・学力優秀に育てるには多額の教育投資が必要。子育ては一大リスクとなった。

 社会のこのハードルの高さに適応できない人が当然出てくる。近年急増した発達障害の人は医療・福祉で支援するとしても、支援対象にならない境界知能(IQ70〜84)の人だけでも人口の1割以上。他に、コミュニケーションの苦手な人、個性の強い人、頑固な人、自己評価の低い人……。

 著者は、逃げ場のない「自己責任」社会に暮らす現代日本人に対し、「私たちは生きる自由を享受しているか?」と問いかける。

 コロナ禍の今が、この社会を再考するチャンスかもしれない。

※週刊朝日  2020年10月30日号