もし家族が末期がんと診断されたら―。東京大学医学部を卒業し、現在、銀座アイグラッドクリニックの院長を務める乾雅人医師は、2019年、父親をすい臓がんで亡くした。父・兄ともに医師である医療一家でありながら、父の闘病中は方針をめぐり「家族間での意思決定や感情の整理に難渋した」と振り返る。家族が、がんと診断されたら、まず何を考えるべきなのか、そして周囲の人間はどのようにがんと向き合っていけばよいのか。実体験をもとに乾医師に話を聞いた。



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――父親が、がんと診断された当時の様子を教えてください。

2019年春、すい臓がんと判明しました。当時の父は64歳で定年間近。親子で「訪問診療クリニックの開業でもしようか」と話し合っていたころの出来事でした。発覚した時点で「ステージIV」の末期がんだったので、手術は適用外、抗がん剤治療を行った後に緩和ケアに移行する、という選択肢しかありませんでした。がんの確定診断に至る過程で感染症を合併し、抗がん剤治療の開始が遅れた上に、初回抗がん剤治療の約1週間後、脳梗塞を合併しました。末期がん発覚からわずか1カ月後には、会話や食事などの日常生活に支障をきたす、半身まひの状態になってしまいました。こうした不運が重なり、抗がん剤治療もできなくなりました。

――ご家族に与えた影響も大きかったのでは?

残念なことに、家族間で多少の意見が食い違い、感情的な対立が起きました。そもそも「膵臓がんのステージIV」とは基本的には手術は適用されず、抗がん剤で進行を制限しながら、どのように緩和ケアに移るか、というのが常道です。しかしながら、脳梗塞の合併により日常生活に支障を来す(Performance Statusが悪化)状態になったため、抗がん剤も適応外となりました。医師である私と兄は「緩和ケアについて具体的に話し合いをする段階だ」と判断し、母親には「ホスピスなのか自宅なのか、どこで最期をみとりたいか決めておいた方がいい」と伝えました。私としては「父との時間を大事にしてほしい」という思いだったのですが、感情面での配慮が足りませんでした。母は突然のことに現実を受け入れることが難しく、その状況で意思決定、決断を急かしてしまいました。

――最終的にはどのような結論にいたったのですか?

当たり前ですが、本人の気持ちが一番。次に、キーパーソンである母の気持ち。我々兄弟は情報の整理や判断までは出来ますが、意思決定、決断に関しては出る幕ではないと考えていました。そして、決断をする人が一番負荷が掛かります。後から「ああすれば良かったかな、こうすれば良かったかな」と後悔することがないよう、”医師として家族として”その時その時の最善の選択肢を提示することを心掛けたのですが、家族ゆえでしょうか、真意がうまく伝わらなかったりもしました。本来一丸となるべき家族が対立してしまっては元も子もないのですが……。父は診断から約5カ月後に亡くなりました。もちろん父の死はショックでしたが、家族の衝突も辛い経験でした。今後そういった軋轢に苦しむ人が減るよう、「意思決定」の材料を皆さんにお伝えしたいと考えています。

――では、もし家族が「末期がん」と診断されたとき、まずは何を考えるべきでしょうか。

がんには「標準療法」というガイドラインがあります。一般のイメージでは「標準」というと「普通」と捉えてしまって、「なにか他に特別な治療があるのでは?」と思われがちですが、それは誤解です。「標準療法」は何百万人の人々のデータからなる科学的根拠に基づいた治療法で、がんの種類や進行の程度にふさわしい標準治療が提示されます。まずは「標準療法」を把握することが大切だと考えます。「標準療法」は全ての議論のスタート地点に立つものなので、逸脱するにはかなりの根拠が必要になります。セカンドオピニオンを求めるのも良いですが、そこで「他の治療法はないか」と自由診療領域でウルトラCを探す道に踏み出すと「時間のロス」を招く可能性を考慮してください。青い鳥を探すあまり、「標準療法」を開始する時間を遅らせてしまうものは、あまりおすすめできません。

――治療には時間だけでなくお金も重要な検討要素ですね。

治療方針を決定するときは、「標準療法」を踏まえたうえで、かかる「時間」と「お金」を整理しておくべきでしょう。「その時間があったら家族で過ごす時間がもっと持てた」「最後に旅行に行けたかも」という考え方もあるので、「いくらまでならば割り切れるか」「どれくらいの時間なら納得できるか」を一度考えてみてください。個人的には、身体的に、金銭的に、時間的に、負担や代償が少ないことから優先的に検討するのが良いと思います。

――「緩和ケア」に移行するタイミングについてはいかがでしょうか?

一般的に遅いと言われています。日本緩和医療学会が医療従事者向けに実施している「緩和ケア研修会」によると、末期がん患者が「緩和ケア」を開始するのは「平均して1カ月遅い」と言われているそうです。原因は、医師や患者本人だけでなく、家族を含めた判断になるため、調整する要素が多いからです。現場でも少なからぬ医師から「もっと早く移行しておけばよかった」という声を聞きます。医師自身「緩和ケア」の提案を切り出しにくい心理状態にあるなかで、家族の意思決定はもっと遅れてくるわけです。まずは、本人に意思決定ができないときにどうするかの「価値判断」を健康なうちに家族で話し合って決めておくことです。とくにステージIVの場合には、勇気をもって「緩和ケア」を現実的に話し合うことを提案したいです。

――その勇気があったとして、主治医に切り出すタイミングはいつが適切なのでしょうか?

家族間で「緩和ケア」という選択肢を検討したのであれば、積極的ではなかったとしてもいったんは温度感を伝えておくのが大切です。「ステージIV」と診断された段階で「緩和ケア」へ移行するタイミングを尋ねるとよいでしょう。患者本人や家族がその単語を出すことで主治医は提案がしやすくなります。主治医は往々にして治療しようしますし、医師の心理として切り出すタイミングをうかがったり、家族がそろうタイミングを見計らったりする過程で、診断から切り出すまでにタイムラグが生じてしまうこともあります。

――さきほどセカンドオピニオンの話がありました。別の医師を探すことについてはどのように考えますか?

父自身も医師でしたが、最初に入院した病院から転院はしませんでした。治療としても金額としても特別なことは何もしませんでした。スタートの段階で治療内容に、あまり差はないと思います。「標準療法」は、患者の人種、年齢、生活習慣・持病などの各種リスク要因、ステージなどの条件で機械的に決まるものです。基本的な治療内容が決まったあとに本人の要望や経過によって修正や最適化をしていきます。一般的に「名医」と呼ばれる医師は、その修正や最適化といった過程において、パーソナライズに差が出てくるのだと思います。ただ有名な医師や医院だからといって自宅から遠いところに転院するのはおすすめしません。患者本人もご家族も通院するのは本当に大変なので、できるだけ通院で負担をかけない方がよいと考えます。

――そのほかに本人や家族が事前に話し合うべきことはありますか?

延命治療を望むか否か、ではないでしょうか。具体的には胃ろうや人工呼吸器、人工肛門などについては人それぞれ、受け入れられる人・嫌な人がいます。ここはご本人の「価値観」に関わる問題です。同時に、とても生々しい話ですが、最期に会いたい人たち、または会いたくない人たちなども伝えておくべきだと思います。家族以外からのお見舞いや連絡もあるでしょうが、対応するのは家族なので早々に伝えておかなければ、自分の意思に反する対応を取られてしまいます。ましてや意識がない場合には、なおさらです。金銭面に関しても、本人がどういう保険に入っているか、いくら資産を残しているのか把握していないと滞ります。日本人は親子間で「お金」について話すことに消極的なところがあると思いますが、それは非常にもったいないことだと思います。少しでも時間がほしい時期に無駄な時間を労してしまうことになります。昨今ではエンディングノートや生前葬なども話題になっています。残された家族関の気持ちの整理や関係性にも影響を与えてしまうので、事前に意思表示をしておく方が良いと考えます。

 ここまで述べたように、納得のいく最期の迎え方や治療法などは、事前に必要な知識や資産状況などを知り、話し合いをしておけば、大抵は円満に行くはずなんです。でも、こうした話題を後回しにすると、家族間でもめたり、時間を浪費してしまう。それはそれは本当に残念なことです。私も家族から非難された経験もあります。事実、発言に配慮が足りなかったと反省する部分もあります。死が近づくなかで「時間」は本当に貴重で取り戻せないものです。ありきたりな言葉ですが、皆さんには「がんになってから考えるのでは遅い」と心から伝えたい。次に家族が集まるタイミングで、話をされてみてはいかがでしょうか。

(AERA dot.編集部)

◆プロフィール
いぬい・まさと/医師・医療コンサルタント。静岡県出身、35歳。洛南中学・高校卒、東京大学医学部医学科卒。外科専門医。研修医時代から医療コンサルタントとして経営・会計分野で多様な実務経験を積み、2016年に法人化。現在、医院経営や各種企業のコンサルティングを行う。