会場は満席だった。12月7日に世田谷一家殺害事件を追悼する集会「ミシュカの森2019 グリーフケアという希望」が東京都千代田区の上智大学中央図書館で開催された。

 集会を10年に渡り主催してきたのは、被害者の姉の入江杏さんだ。入江さんは会の冒頭で壇上に立ち、警察から事件現場となった家の取り壊しを打診されていることについて苦しい胸の内を明かした。

「妹夫婦、姪、甥と私たちはひとつの家族のようにずっと過ごしてきました。あの家は心に刺さったトゲのようになってしまったんです。警察から老朽化のため取り壊したいと打診され、大変迷っています。目にするのが本当につらかった現場がなくなるという安堵の一方で、事件は解決していないのに取り壊していいのかと」

 筆者は10年前から入江さんを取材している。事件発生から6年間、入江さんは被害者遺族ということを明かさず沈黙していた。凄惨で社会的影響が大きい事件の被害者遺族として、声を上げなければそれで済んだかもしれない。それでも妹夫婦がむごい亡くなり方をしてしまった。なぜ妹夫婦たちは亡くならなければならなかったのか。大切な「家族」への追悼のために入江さんは「ミシュカの森」を立ち上げ、声を上げる被害者遺族として一歩を踏み出したのだった。

「ずっとつながってるよ」

 2009年12月。筆者は入江さんが手がけた絵本の朗読を世田谷区の会場で聞いていた。この日が第1回目となるミシュカの森。会場は事件現場からそう遠くない世田谷区の公民館だった。この場所を会場に選んだのはやはり大切な家族への思いがあったからだった。会場には入江さんの夫と長男も駆けつけていた。壇上の入江さんを優しく見守りながらカメラに収めていたのが印象に残っている。当時会場で朗読した絵本は、入江さんが「私を変えた一枚の絵の物語」と強調するオリジナル作品だ。

 あれから10年。入江さんの活動は人と人とのつながりを「グリーフケア」を通じて拡げ続けている。

「取り壊しについて警察の責任者宛てに手紙をしたため直接会って話をした。今、葛藤している。どうしていいかわからない状態です」

 入江さんは集会で警察から数千点に及ぶ遺品のリストを渡されたことについても触れた。

「これが要る、要らないの選択は本当に迷うところです。できることなら全て遺したい。最終的な選択の判断を私がしていいのか。苦しんでいます」

 筆者は10年前から入江さんとさまざまな時間を共有する機会に恵まれた。入江さんを支えているのは悲しみを受け止め悼むというその一念だけなのだと改めて感じている。

「ミシュカの森という場があって、残酷な現実から目を背けない勇気を得ることができました。悲しみを生きる力に変えるべく皆さんと共に考え行動していく。これがグリーフケアという私にとっての希望だったのではと考えています」

 入江さんは12月14日にも2回目となるミシュカの森を作家の平野啓一郎さんらと開催する。(野田太郎)

※週刊朝日オンライン限定記事