世界中に衝撃を与えたゴーン被告の逃亡劇。どう被告の主張通り、日本は「前時代的司法制度のはびこる人権後進国」なのだろうか? 逃走を容認するわけにはいかないが、「日本の司法制度を見直すべき時」という声も上がっているのも確かだ。AERA 2020年1月20日号では米国と比較しながら、日本の司法制度を紐解いていく。



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 保釈制度についてはどうだろう。今回、ゴーン被告は15億円の保釈保証金を没収されることをいとわずに逃亡した。米国では憲法修正第8条で過度な保釈金の禁止を定めており、テロリストやマフィアなど社会的に危険を及ぼす可能性の高い人物についての保釈も制限されている。一方で、金銭的余裕のない被告が保釈金なしに書面の誓約のみで保釈されるケースもある。

 これについて、『アメリカの刑事司法 ワシントン州キング郡を基点として』などの著書があり、米国の刑事司法制度に精通している駿河台大学名誉教授の島伸一弁護士は「日本の場合は保釈についての工夫があまり凝らされていないことが問題」と指摘する。

 途方もない億万長者相手にいくら保釈金をつり上げても効果は薄いし、保釈を認めるからには有効な手立てを講じなければ意味がない。米国では手首や足首にGPSを用いた追跡装置をはめて監視するシステムが普及している。監視そのものは民間企業に委託され、制限区域外に出るなど条件違反が発覚した場合、当局に通報される仕組みになっているところもある。

 条件違反が発覚すれば、保釈金は没収され拘束されるが、それでも逃げ出す人はいて、米国にはそれを追いかけて捕まえる「バウンティハンター」という名の民間の賞金稼ぎがいる。島弁護士は言う。

「判決を受けるまでは無罪推定で一般市民と同様の権利を保障するべきだから、逃走のリスクもある程度やむを得ない。日本でも、身元も証拠もはっきりしている場合、不必要な身柄拘束はするべきではない。ゴーン被告の場合は裁判所が国際世論を気にしたからかもしれませんが、保釈を広く認めること自体は継続すべき。ただし、時代に即応した技術を駆使して有効に監視しなければ意味がない」

 また、日本では公正な裁判が受けられないのではないかと懸念を示したゴーン被告に対して、弁護団の高野隆弁護士はこう答えたと、今月4日に自身のブログにつづっている。

「残念ながら、この国では刑事被告人にとって公正な裁判など期待することはできない。裁判官は独立した司法官ではない。官僚組織の一部だ」

 米国などでは弁護士などの法律専門家として十分な経験を積んだ者を裁判官に選任する「法曹一元制」をとっており、裁判官を選挙で選ぶ例も多い。一方、日本では司法修習を終えて任官された裁判官は、長期雇用を前提として採用された「職業裁判官」であり、全国の地高裁を異動して経験を積んでいく。

 島弁護士は20年ほど前、ワシントン州立ワシントン大学ロースクールで客員研究員をしていた。当時を振り返ってこう語る。

「任官されて間もない日本の裁判官が、派遣されて留学していました。それを見た米国人の裁判官が『日本ではあんな若者が裁判官をやっているのか』と仰天していました」

 彼らは官僚と同様、最高裁判所長官を頂点としたピラミッド型の階層に組み込まれており、これを「キャリア制」と称して独立性を疑う声は常にある。ブログの意図や背景について高野弁護士に取材を申し込んだが、回答は得られなかった。

 米紙ウォールストリート・ジャーナルは9日の社説で、ゴーン氏が迷い込んだ日本の司法制度は「奇妙なものだ」と批判し、「不思議の国のゴーン」と評した。各方面を驚愕させた想定外の逃亡劇は図らずも、日本の司法制度を見直すきっかけにはなりそうだ。しかし、島弁護士はこう警告する。

「今回の逃亡は、財力も人脈も桁外れのゴーン被告だからこそ可能だった超レアケースで、これを一般化してはなりません。ゴーン被告に逃げられたから保釈はダメではなく、この経験を新たな制度づくりに生かすことが急務でしょう」

(編集部・大平誠)

※AERA 2020年1月20日号より抜粋