放送作家・鈴木おさむさんが、今を生きる同世代の方々におくる連載『1970年代生まれの団ジュニたちへ』。今回のテーマは「父の一周忌」。

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 時間ってすごいなぁという話。

 先日、父の一周忌がありました。千葉県南房総市です。昨年の台風被害の爪痕がまだまだ残っていました。うちの実家も屋根をやられて、現在修理中。法事でご近所さんや親戚が集まると、保険がいくら下りたとかの話になります。うちも200万ほど保険が下りたようですが、正直、それでは足りません。うちは工事を始めてもらっていますが、まだ順番待ちのところもあるわけです。

 去年の2月10日に旅立っていった父は、まさか、自分の地元が被災地になるとは思ってなかったでしょう。

 1年って早いけど、色々あったななんて思い返します。

 僕には4つ上の姉がいます。姉と話しながら、1年前を思い返すと、父が亡くなる直前、不思議な行動をしてたんですよね。亡くなる数日前だったでしょうか? 父はお蕎麦をあまり食べませんが、急に「蕎麦が食べたい」と言い出しました。親戚が蕎麦屋なんですが、そこで蕎麦を作ってもらいました。食欲はなかったのに、そこのお蕎麦は食べたそうです。周りに話を聞くと、こういうことあるみたいですね。亡くなる直前、急に意外な物を食べたくなったり。

 その話を母から電話で聞いて、僕は胸がざわざわしました。いつもとは違う行動をしたってことは、「もしかしてもうそろそろなのか?」と思ってしまったり。

 亡くなった日。その日はとても元気だったと言います。亡くなるちょっと前に、姉に電話がきたそうです。トイレに行きたいんだと。姉は「看護師さんに頼んで」と言いました。そしてそのあと父は看護師さんを呼んで、トイレに行く途中に、息を引き取ったらしいです。

 姉は、父にそう言ってしまったことが心残りだと言ってました。

 余命を宣告されても、人は死ぬときがわかりません。だけど、死ぬ間際はとても元気でした。

 あのとき、父は、もうわかっていたのでしょうか? それとも、最後はあまり痛みを感じなかったり、元気になるようになってるのでしょうか?

 昨年放送されたNHKの安楽死の番組で、安楽死することを決めた日本人の女性が言っていました、「人間なんていつ死んだって今じゃない気がする」と。

 父が亡くなる1週間前は、毎日、家から電話して、僕の息子の声を聞かせていました。息子の声を聞くと、父は元気が出ていました。だけど、ある日、体がしんどかったらしく、「もう、大丈夫だから」と言いました。その二日後に亡くなりました。あのとき、体がしんどかったのか? あきらめたのか? わかりません。死ぬ前の気持ち、死ぬときの気持ち、経験したことないからわかりませんよね。人生で一番最後にする初体験が死ですから。

 あのころの自分の気持ちを振り返ると、父とお別れする最後の2カ月のあいだ、「いつお別れが来るのだろう?」とずっとざわざわしていました。ずっと落ち着きませんでした。

 一周忌の法要で近所の方と親戚の方に念仏をしていただき、その声を聞いてる父の写真が笑ってる気がしました。

 1年経って。亡くなったことはまだ実感が湧かないときもありますが、悲しかった思い出も、焦っていた日々も、セピア色に染まってくる。

 時間ってすごいですね。