落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「3月」。



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 2001年3月、私は大学卒業間近。4年間、バイトと飲酒と寄席通いしかしていなかったのによく卒業できたな。たしかあの頃、英語と保健の再テストを寝坊して受け忘れ、先生から「もう君の卒業は無いからね」と告げられたものの、周りから止められるのも振り切ってマジ土下座。「やめなさいって!(汗)もういいからっ!! じゃあとりあえずレポートを提出しなさいっ!!」と追っ払われ、落語研究会の後輩の1年生にノートを写させてもらい、なんとか卒業までこぎつけたんだっけ。土下座で卒業できるなら安いもんだ。

 卒業式当日までに、落研の4年生卒業公演が控えていた。毎年、4年生が一席ずつ披露するのだが、私の代は私一人だけ。「一人だしさー、二席やってもいいかな?」と聞けば、そらぁ後輩は文句は言わない。「どーぞどーぞ、川上さん(私)のお好きなようにやってくださいまし(棒)」

 ネタは『ねずみ』と『不動坊火焔』。共に30分はある大ネタ。ひたすら稽古した。本職になってからもあんなに稽古したことはないんじゃないか? いや、それじゃダメなんだが、卒業してからの進路も決まってないし、なんとなく落語家にはなりたいとは思っているものの、ふんぎりがつかない。その焦りを誤魔化すために稽古していたようなもんで、稽古してる間は将来への不安を忘れられたのだ。

 当日の3月13日、打ち上げが終わってからの喪失感たるや。あと数日で、卒業=モラトリアムの終了。とうとう追い詰められたかんじである。周りの連中はというと、「オレは留年」「オレはバイトから何とか潜り込むつもり」と誰もまともに就職するヤツがいない。でも来月からみんなやることはあるのだ。自分にはこのままだと何もないのだな。

 仕方ないので、とりあえず酒を飲む。気づけば卒業式当日の早朝だった。大学の正門の前で友達と寝ていると守衛さんに「今日、卒業式だろ? 兄ちゃん大丈夫か?」と起こされた。フラフラとさまよいながら落研の部室へ。起きた頃には卒業式も終盤で、コッソリと潜り込み、謝恩会で周りに嫌な顔されながらまた飲んで、終了後余った酒樽をもらってきて部室でまた飲み直し。何やってんだか。バカなのか? バカなのだな。

 卒業式の数日後、親から電話があった。「新聞に出てたぞ」。言われた新聞を図書館で開くと、たまたま私の卒業公演を観に来た演芸プロデューサーが感想を書いてくれたようで「こんな人、落語界に欲しい」とある。その頃は人の褒め言葉なぞ絶対に信じないひねくれたバカだったので「何言ってやんだ。ちょっと褒めりゃ喜ぶと思ってやんな!」とか思ってた。だいたい学生落語をわざわざ聴きにくるなんて胡散臭いよ、なんてね。

 でも、まぁ結局私は落語家になったのだけれども、もうじき20年目。その時の演芸プロデューサーは木村万里という変わったおばさんなんだが、なんだかんだで長い付き合いで、今月23日には万里さんプロデュースの独演会がなかのZERO小ホールで開催される。この会も早19回目。チケットは完売みたいで、万里さんいつもありがとう。あの時の記事もありがとう。本当は嬉しかったですよ。面と向かって言うのも照れるのでね。これからもよろしくです。

※週刊朝日  2020年3月27日号