1980年代の京都で活躍していた「EP−4(イーピーフォー)」というバンドを知っているだろうか。同時期に活動していたレック率いるフリクションや、現在は作家・町田康として活動する町田町蔵の「INU(イヌ)」らとともに、ニュー・ウェーブの時代らしい、尖った存在として音楽シーンに大きな爪痕を残したグループだ。


 
 そのEP−4のリーダー、佐藤薫が近年、再び注目すべき活動を展開している。2年前に自ら立ち上げた音楽レーベル「φonon(フォノン)」のオーナーとして、コンスタントにエッジの効いた作品を発表しているのだ。
 
 佐藤は現在60代前半。80年代当時から、キュレーター的な感覚で音楽家の枠組みには収まらない独自の活動をしてきた。京都市内のクラブのプロデュースをつとめつつ、仲間たちと結成したEP−4ではアルバムなどのリリースのほか、多数のライブも行った。そのユニークなプロモーション・プランも自ら考案。バンド名と日付だけが入ったステッカーをゲリラ的に町中に貼ったり、3都市で時間差ライブを敢行してみたり。豊かなアイデアは、インターネット全盛の現在にはない、ハンドメイドの創作性にあふれていた。

 筆者は高校生だった当時、このEP−4が“暴れていた”京都で彼らの雄姿を何度も目の当たりにしてきた。佐藤がプロデュースしていたクラブにデヴィッド・ボウイがお忍びで遊びにやってきた……なんてこともあった。
 
 その一方で、佐藤は音楽家の坂本龍一、写真家の藤原新也、舞踏家の田中泯、俳優・演出家の芥正彦、編集者の松岡正剛……とフィールドを超えて多くの文化人、芸術家と交流。坂本、田中とはライブでも共演したし、EP−4の代表作「リンガ・フランカ−1〜昭和大赦」(83年)のジャケットには、藤原が撮影した「神奈川金属バット両親殺害事件」(80年)の容疑者の自宅写真を使用。社会性あるアートの創出に挑む佐藤の活動は、音楽の範疇だけでは評価できないほどシームレスだ。それゆえ、一般的な「日本のロック史」的ストーリーからはどうしてもはみ出てしまう。
 
 そんな佐藤が新たに立ち上げた「フォノン」とは、そもそもどのようなレーベルなのか。アーティスト自らレーベルを持つこと自体は決して珍しくないし、実際、佐藤にとってもフォノンは、80年代に既に立ち上げていた「スケーティング・ペアーズ」の姉妹レーベルにあたる。今回、佐藤への取材が実現したので、本人にまず解説してもらった。

「音楽をいろいろな形態で展開することは、常にいくつか構想しています。CDなのか定額配信サービスなのか、といったメディアの選択に腐心しがちですが、実際にレーベルの運営を始めると、実務的な問題が最も重要になってきます。慎重にならざるを得ませんが、問題が払拭できると感じられればいつでもスタートできる。そうして実現させたレーベルが、フォノンです。CDのプレス代などの物理的な部分が底値で長く安定していたことも大きなスタート要因でした」
 
 穏やかな語り口ながら知的に言葉を選んで語る様子は、まさにプロデューサー。佐藤は90年代〜2000年代は音楽にまつわる創作活動に距離を置いていたが、まさにその時代に音楽ツールとして定着したCDというフォーマットでリリースするレーベルであることも興味深い。定額配信サービスなどを利用して手軽にザッピングできる時代に、フォノンはあえてCDにこだわっている。
 
「CDをメインのメディアとすると決めた時点で、『親和性とわかりやすさ』という方向性は決まっていたと思う。制作についても、たとえば自分には自室でたまっていく習作の中に、アルバム化できるような一塊の作品がいくつもある。多くの作家にも同様の作品があるだろうし、ライブを録りだめしているケースも少なくないだろうから、心配せずにゆっくりと滑り出した感じ。実際に最初にリリースした2作品は、どちらもレーベル発足をまったく意識せずに制作されていた作品です。つまり、レコード会社の一般的な『制作費』という概念をカットオフすることで、継続性を担保できる。同時に、アーティスト自身の活動次第で、更なる創作への扶助的なサイクルが自然にいくつも生まれるでしょう」
 
 フォノンの第一弾のリリースは18年1月。短波放送などを聴くためのBCLラジオを用いて音を出す女性アーティストA.Mizukiのユニット「Radio ensembles Aiida(レディオ・アンサンブル・アイーダ)」と、佐藤薫と家口成樹によるユニットである「EP−4[fn.ψ]」。いずれも音楽的なジャンルでは、ノイズ、エレクトリック、インダストリアル……といった言葉で紹介されるような作品だ。その後も作品のリリースを重ねていき、今年2月発売の最新タイトルまで合わせて15作品にものぼる。そのチョイスにブレは一切ない。アイドル・グループ「BiS」の元メンバーながらエレクトロ・ノイズ・アーティストとして活躍するテンテンコ、ドイツ出身のトランペット奏者のアクセル・ドナー、あるいは70歳を超えるソプラノ女性歌手のMadam Anonimo(マダム・アノニモ)まで、顔ぶれは恐ろしく多彩だ。
 
「僕自身は特にアーティストの発掘や育成といった業務はしていないので(笑)、多くは誰かの偶発的な提案やライブの観覧から触発があり、それに個人的な直感で呼応するというところです。まあ、機会さえあれば軽く声がけしたりね……。ただ、とにかくそういうチェック作業はガツガツしないことにしている。リリースしたアーティストから、フォノンの活動形態に興味をもち、ディレクションを手伝ってくれる人が現れたり、セルフ・オーガナイズされたDIYが形成されているように感じています。それに作品やアーティストがそろってくるとプロポーザルもあるわけで、それはそれで楽しい作業になっていますね」
 
 実際、18年に単独作品をリリースしたDJ、クリエイターの森田潤は、今やフォノンの重要メンバーの一人。森田が監修した、モジュラー・シンセのコンピレーション・アルバム「Mutually Exclusive Music」もこれまでに2種類発表されている。また、蛍光灯を使用した自作音具「オプトロン」を用いたパフォーマンスが人気の伊東篤宏は、フォノンでの単独作品こそまだないが、関連のイベント企画などで尽力している。この森田と伊東は佐藤より年若だが、現在の彼の活動になくてはならない頼もしい同志だ。
 
「エンタメに特段の興味はないんです。時間の許す限りアンテナは張っておくつもりですが、バランス感覚としては、『後ろ向きな感性』も重要だと思っています。自分の音楽少年期、興味をもっていたのに出会えなかった音を中心に、まったり掘り下げています。今後は、これまでリリースしてきたアーティストのフォローアップ作業も重要だし、フォノンから出していくかどうかは別として、継続的に作品を発表していけるアーティストにはレーベルとの関わりも続けてほしい。出会った途端に出来上がってしまったような、マダム・アノニモのような作品にもおおいに興味があります」
 
 次のリリースは京都在住のアーティスト、山本精一の新作になる予定。自らのリーダー・バンドでも定期的にライブをする一方、ROVOの一員としても活躍する山本は、佐藤のEP−4のライブでサポートしたこともある。エンタメに特別興味がないという佐藤が、それでも音楽作品をリリースし続けることで一体何を表現しようとしているのか。その答えは、一切の留保なしに先鋭であろうとするフォノンの活動の中にあるということなのだろう。
 
 この10年、過去作品の再発表なども合わせ、緩やかに活動にギアを入れてきた佐藤。メディアにほとんど登場しないため謎めいているが、その活動は80年代当時と変わらず確信犯的だ。しかしそうなると気になるのが、佐藤の本丸であるEP−4の次なるアクション。オリジナル・メンバーでフランス文学者の鈴木創士、パーカション奏者のユン・ツボタジら、現存するメンバーが中心となった新作にも期待が募るが、「メンバーそれぞれ別働隊はそれぞれのやり方で活動している。EP−4本隊については……イベントという形態で一応の継続を維持できれば」と含みをもたせた。
 
 昭和、平成を経て、令和となった混沌の現世にこそ、佐藤のようなアウトロー的な表現者が必要ではないだろうか。(文/岡村詩野)

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