何もせず、ただいるだけなのに次々と依頼がくる。彼にしてほしいことも、特に、ない。モヤモヤすることを吐き出したいだけ。心が揺れるとき隣にいてほしいだけ。一人ひとりが偽りない自分の気持ちを解放できる場として、彼の「存在」はある。何ができようができまいが、人は生きているだけで価値があることを実証している。AERA 2020年5月4日−11日号に掲載された「現代の肖像」から一部紹介する。



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「『レンタルなんもしない人』というサービスを始めます。1人で入りにくい店、ゲームの人数あわせ、花見の場所とりなど、ただ1人分の人間の存在だけが必要なシーンでご利用ください。国分寺駅からの交通費と飲食代だけ(かかれば)もらいます」

 2018年6月3日、こんな1通のツイートに、たちまち全国から約4万を超える「いいね」が付いた。この日を境に、発信者のもとには連日、じつに多様な依頼が舞い込むようになった。

 彼の名は「レンタルなんもしない人」(本名・森本祥司 もりもと・しょうじ、36)。依頼はこんな具合だ。

「引っ越しを見送ってほしい。友達だとしんみりしすぎてしまうので」
「離婚届の提出に同行してほしい」
「一緒にクリームソーダを飲んでほしい」

 津々浦々から届く、こうした依頼を、ツイッターのDM(ダイレクトメッセージ)で受け取るや、彼はそれに応じ、この時に起こったことや抱いた感想について、許可を得た上で後日ツイート。

 彼は、依頼者を前に、びっくりするほど「なんもしない」で帰ってくる。厳密に言えば「クリームソーダを一緒に飲む」という行為をしているのかも知れないが、まあ、そうした細かいことは言及しない。とにかく「なんもしない」のだ。

 そんな彼の活動の始終を見守るフォロワーは今、約26万2千人(4月20日現在)を数える。ツイッターの世界で彼の名を知らぬ人はいない。

 緊急事態宣言が言い渡される直前の、ある朝。

 東京・多摩地区にある国公立大学の正門前に、トレードマークの帽子にパーカー姿で彼は立っていた。彼を呼んだ今回の依頼者は、福岡県出身の予備校生の男性(19)。この日の約3カ月前、男性はDMで彼にこんな依頼文を送っていた。

「3月10日は空いていますか。用件は、大学の合格発表を一緒に見てほしいことです。その後、どこかでお茶でも少しできればと思っています」
 翌日、彼から一言だけ、返信が届く。
「OKです」

 合流したふたりは、簡単な挨拶を済ませ、そぼ降る雨のなか、キャンパスへ入って行った。合格発表の掲示開始まではまだ約30分ある。筆者は彼らから数十メートル離れた場所で様子を見守っていたが、ふたりは世間話をするわけでもなく、お互い、片手でスマホを取り出し、片手で傘を差しながら、画面にそれぞれ熱中していた。

 午前10時、番号掲示がスタート。貼り出された紙に近づく受験生の後ろ姿を、彼はスマホで動画撮影し追いかけた。受験生は番号を確認するや、彼のほうに振り返り、そして笑顔を見せた。

「ありました。合格しました!」

 スマホから顔を上げた彼は一言、声を発した。

「良かったですね」

(文/加賀直樹)

※記事の続きは「AERA 2020年5月4日−11日号」でご覧いただけます。