文芸評論家・陣野俊史氏が選んだ“今週の一冊”は『ポップ・ミュージックを語る10の視点』(編著・大和田俊之、アルテスパブリッシング、1900円)。

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 在宅でテレワークしている人! どんな曲を聴きながら仕事をしてもいい、という人! この本を開いてみてください。ポピュラー・ミュージックを語る10人の論客が、自分の議論の主題と関わりのある音楽をプレイリストで公開している。音楽配信サービス「Spotify」のARTESのプレイリストから聴ける。いやいや、本を読みながらじゃ仕事ができないよ、という人にも、とりあえずプレイリストだけでもいいから開いて音を出して欲しい。

 音楽を語る本はたくさんある。でもたいていの場合、読者は、自分が好きなミュージシャンやジャンルに特化した本を買うはずだし、読むはずだ。まったく自分の知らない音楽について、手当たり次第に本を読むという人はまずいない。とすれば、自分がすでに知っている音楽について知識を深めていく、ということにしか繋がらない。

 自分があまり詳しくない音楽ジャンルについては、いつも関心外。たいていの人はそうだろう。だから、この本みたいなスタイルをときどきは読みたくなる。知らないジャンルについて、その道の専門家の意見を知りたくなる。しかし、悲しいかな、言葉だけでは足りない。彼らの言葉がどんな音楽に向けられているのか、字面だけではわからないからだ。だからプレイリストはとても助かる。文字だけの情報がぐっと胸に迫ってくるからだ。

 この本で話をしている10人の論客について。肩書を並べれば、ジャズ評論家、社会学者、アメリカ文学者、音楽ライター、ジャズ作・編曲家、ポピュラー音楽研究者、となる。だが、語り口の縦横無尽な感じ(このタイプの本にはとても必要なことだ)が素晴らしい。基本的に聴衆を想定して、その人々に向かって話すというスタイルが成功していると思う。

 幾つか具体的に印象的だった指摘を挙げておこう。

 オリジナルとその「パクリ」について論じる増田聡は、「他人の音楽を元にしつつ、それを変形させて次へと渡していくというプロセスによってブルースやフォークといった音楽は発展してきた。そのことと、著作権上のクレジットというのは基本的に異なるロジックに属しています」と明快に述べる。

 デヴィッド・ボウイの「ライフ・オン・マーズ?」の歌詞で、なぜねずみが溢れているのかを分析する細馬宏通は、「人間なんか滅んでしまってねずみだけがたくさんいる世界を想像しているのではないでしょうか」と書く。

 輪島裕介は、日本語をあたかも英語のように歌う「カタコト歌謡」と環太平洋というテーマのなかで、ディック・ミネの「ダイナ」(1934年)を取りあげている。日本語話者ならばすぐに理解されるように、ディック・ミネこと三根耕一(徳島県出身)が意図的に日本語を英語風に発音していることの、特に海外での説明しがたさ、国内でのフェティッシュな愛好のされ方を指摘している。「ダイナ」、ガチガチの英語風の発音に思わず笑ってしまうけれど、いい曲だなぁとも思う。

 いま、評者は自宅でこの原稿を書いている。原稿書きが仕事だから普段から自宅で仕事しているのだろう、と思われるかもしれないが、そうではない。自宅にいようが、今の時代的閉塞感は半端ない。それはどの仕事でも同じなのではないか。で、前述のサブスク(定額制サービス)で、ドレイクの「ホットライン・ブリング」を聴きながら原稿を書く。気になって、どんなヤツなのか、動画サイトで確認する。この本の中で「もう踊るなら踊る、立つなら立つではっきりしろよ」とライターの渡辺志保が書いている。思わず噴き出してしまう。そして気分がぐっとあがる。

 時代閉塞の現状にこそ、音楽を。そう思わせる一冊。

※週刊朝日  2020年5月8‐15日号