緊急事態宣言の5月末までの延長が決まり、外出自粛はまだまだ続きそうだ。お笑い芸人のカンニング竹山さんは、ワイドショーなどで特集される「自粛できない人たち」について、「想像力と読解力が低くなっているのは、メディアが与えすぎたせいなのか」と疑問を投げかける。



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 最近、コロナって怪しいなと思っているんですよね。数字と実態が合わないというか……。日本はそもそもPCR検査の数が少ないし、東京都は実効再生産数(感染者1人が何人に感染させるかを示す指標)を公表しなくなりましたが、神戸市内の病院が抗体検査をしたら神戸市民の約4万人にあたる人が感染歴を持つかもしれないという調査結果も出ました。そうだとしたら、感染しても無症状の人がかなり多くて、致死率だって今想定されているよりもずっと低いことになる。その前提が崩れてしまうと、今やっている政府の対策だって変わってくる気がしますよね。世界でパンデミックが起きる前から、感染は始まっていたんじゃないかということも、考えられなくはないような……。

 そんな中で、ワイドショーでは「コロナ自粛の中で遊んでいる人」が盛んに特集されています。依存症の問題もあるんだろうけど、こんなときに遠くのパチンコ店に並ぶとか、PCR検査で陽性だったと知りながら高速バスに乗って長距離移動しちゃうとか、「今日だけ」って友達とBBQしちゃうとか。そういう人に何が足りないかというと、想像力だと思うんですよね。その人が感染するかどうかは別にどうでもいいんですが、感染したら医者に行かなきゃいけない。そうなれば医療従事者の負担になるって、想像力を2段階ぐらい上げればわかるはずなんです。でもそれができない。

 専門家だってはっきりとしたことが言えない状況で、多くの人が、政府も守ってはくれないと感じているだろうし、マスメディアだって手探りで、そもそそも100%信頼を置ける情報って無いのかもしれないと考え始めていると思う。先行きが見えないからこそ、これからは己の選択で生きていくしかないんだと思うんです。そういうときに想像力とか読解力って大事になっていくると思う。

 もちろんテレビや新聞、ラジオの情報は今も力を持っていますが、誰かがツイッター上で発信した情報が拡散されたり、専門家がブログで書くことを信頼している人もいます。個人のブログでYouTubeを引用したり、ツイッターにアップしたり、メディアミックスも進んでいる。現在の情報はビュッフェスタイルですよね。高級料理もB級グルメもあって、自由に選べるという時代です。

 多様で便利ではあるんだけど、1人1人がジャーナリストにならなきゃいけないし、プロデューサーにならなきゃいけないのだと思います。さらにコロナによって外出できない状態になって、テクノロジーが力を持つようになっています。これが平成初期以前に起きていたら、そうはならなかったと思いますが、一方で、情報ソースが少なかったら国民ももっとすんなりと政府の指示を聞いたかもしれない。

 今は情報が双方向になり、無数の考え方が表に出てきているし、多すぎて追えなくなっていて、声が大きい人に「それでいいや」って乗っかったり、自分が非難されない情報を支持するようになってきていると感じます。

 ここ30、40年ぐらいの間、マスメディアはわかりやすく伝える工夫をしてきたと思います。例えばテレビでは、テロップや字幕スーパーを出したり、ワイプを使ったり、図解したり。わかりやすいかたちで情報が出てくるのはものすごく良い文化だと思いますが、与えすぎてきたんじゃないか。個性や判断能力を奪って、結果的に格差を生んでしまったんじゃないかとさえ思ってしまいます。

 緊急事態宣言が5月末まで延長されましたが、これから時間が経っても「はい、終わり!」と以前の生活に戻るようなことはないでしょうね。今、企業で行われているZoom会議は今後も続けられそうだし、テレビ番組のリモート出演も定着するかもしれません。まあ、ネットでできることをテレビでやっているだけだという批判もありますが。情報を自分で分析したり、それがズレていたとわかったら方向修正したり、そういう力が必要なんだと思います。匿名のSNSで裏アカを作ったり、ネットニュースのコメント欄で人を叩いたり、炎上に乗っかったりしているのはただのストレス発散ですよ。この状況になって改めて、自分で選択するという力を磨かなきゃいけないなと思っています。