主力の観光がダメージを受けて苦しむ沖縄県民の心情を、政府が踏みにじった。辺野古の工事は絶対に続ける。そんな政府の姿勢に沖縄が怒っている。AERA 2020年5月18日号で掲載された記事を紹介。



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「連休中に沖縄へ来る予定の全ての人に心からお願いする。愛する沖縄とあなた自身を守るため、どうか今は来沖を控えていただき、終息後に笑顔で沖縄を訪れてほしい」

 4月27日午後、苦悩の表情で記者会見し、新型コロナウイルス対策として来県の見合わせを呼びかけた沖縄県の玉城デニー知事は、21日には全く違う表情を見せていた。

「県が求める対話に応じることなく、県民に十分な説明もないまま、埋め立て工事の手続きを一方的に進めることは到底納得できない」

 怒りをあらわにしたこの会見で訴えたのは、名護市辺野古の新基地建設で、防衛省沖縄防衛局が軟弱地盤の改良工事などを追加する設計概要の変更承認申請を県へ提出したことの理不尽さだ。16日に国が緊急事態宣言を全国に拡大し、20日には沖縄県独自の緊急事態宣言にも踏み切ったばかり。今、この状況で、なぜ──。

 押し寄せる新型コロナの脅威と、県民の意思を無視した政府の工事ゴリ押し。沖縄は二つの荒波に同時に襲われている。

 観光立県の沖縄が来県自粛を要請するのは苦渋の選択だ。沖縄大学の島田尚徳講師(公共政策論)は、沖縄の経済事情をこう解説する。

「1人当たりの県民所得が全国平均の7割弱の沖縄県では、産業振興は非常に大きなテーマです。とりわけリーディング産業である観光リゾート産業が打撃を受ければ、県内景気への悪影響が懸念されます」

 沖縄の2018年度の観光収入は7340億5600万円。6年連続で過去最高を更新し、好調な沖縄経済を牽引してきた。宿泊、飲食サービスなど関連産業のすそ野が広く、ホテル建設など新規投資も活発に行われてきた。観光客の流入が途絶えることの打撃は計り知れない。

 沖縄経済は、中小事業者が支えてきた。従業者数5人未満の事業所は全体の61.2%(全国平均は56.8%)、宿泊・飲食サービス業では実に68.4%(同57.9%)を占める。島田さんは言う。

「経営体力の弱い中小・零細企業ほど新型コロナの影響を大きく受けるのは明白です。今後も観光リゾート産業をリーディング産業と位置づけていくのであれば、沖縄県は他県以上に迅速で大胆な支援策を実行していく必要があります」

 沖縄本島以外に37の有人離島を抱える離島県ならではのリスクもある。医療体制が脆弱な離島で感染者が相次ぐと、なだれを打つように医療崩壊しかねない。

 さらに、米空軍嘉手納基地では軍関係者3人の感染が明らかになった。県は感染の経緯や隔離状況などの情報が不十分だとして米軍に詳細な情報提供を求めているが、米軍は性別や年代のほか、隔離の方法や発症までの行動歴などは明らかにしていない。基地内では日本人従業員が働いているほか、基地外に住んでいる米兵もおり、住民の不安は増す一方だ。

 日米関係に詳しい沖縄国際大学の野添文彬准教授(日本外交史)はこう訴える。

「米兵の基地外での活動自粛が指示されているにもかかわらず、街中や観光地などで姿を見ることがある。多くの米兵が沖縄で生活しているのだから、周辺住民が不安に感じないよう自治体との情報共有、情報公開の徹底が必要だ」

 住民の不安が増す中、4月10日には米軍普天間飛行場から発がん性の疑われる有機フッ素化合物PFOSを含む泡消火剤が大量に流出する事故も起きた。住宅街を泡が舞い、排水路の水面に泡の塊が浮かぶ異常事態が起きた。

「コロナ危機の中で米軍の事故やトラブルが起きると、周辺住民はパニックになります。過重な米軍基地の負担と経済的困窮が重なり、心理的圧迫は増すばかりです」

政府の設計変更申請は、県民の心情を無視し、逆なでするものだった。しかも県には一切の事前連絡がなく、新型コロナ対策で県職員の出勤を半減に抑えた矢先の出来事だった。

 なぜ、このタイミングだったのか。防衛省は新型コロナ対策として職員を交代で在宅勤務させていたが、設計変更の担当チームは一部の職員が在宅勤務を返上し、2200ページもの書類の確認にあたったという。事務処理の都合などではなく、官邸の意向が強く働いたことは間違いない。

 新型コロナと普天間・辺野古問題は全く別次元の問題だ。しかし、新型コロナ対策を誤れば玉城知事の求心力が失われ、基地問題にも影響するのは避けられない。政府はその相関を十分認識した上で、非常時にもかかわらず、あえて県政に「圧力」をかけたとの見方は多い。野添さんはこう憤る。

「沖縄県がコロナ対応に追われている中での突然の設計変更申請は、弱みにつけ込んだ、『卑怯』な行為だという印象を持ちました。玉城知事も辺野古の工事中断を菅義偉官房長官に要請し、コロナという『国難』に一致団結して専念するため『休戦』しようというムードだったはず。軟弱地盤の問題も十分説明がなされない中、『不要不急』の申請だったと思います」

 そもそも、地盤改良をしてまで工事を進めるという設計変更の趣旨そのものが、沖縄側の思いを無視したものだ。野添さんは沖縄の米軍基地の整理縮小を考えるため、沖縄県が設けた有識者会議「万国津梁(ばんこくしんりょう)会議」の副委員長を務めた。

 同会議は3月26日、軟弱地盤の問題などから「(辺野古新基地の)完成は困難」と指摘する提言を発表。辺野古新基地建設は、市街地と近く危険性が高い普天間飛行場を速やかに返還するためだったはずが、政府自身も工事完了までに12年かかると公表している。提言は「(辺野古に代わる)普天間飛行場の速やかな危険性除去と運用停止を可能にする方策を具体化すべきだ」としていた。

 提言は形式上は知事への答申だが、日本全体で沖縄の基地負担軽減と安全保障を議論することを求める内容で、政府や本土世論に対するアピールという面が大きい。野添さんは提言の趣旨をこう説明する。

「この問題を日本全体、日米間でもっと議論しようというのが最大のメッセージです。まずは『喫緊の課題』として辺野古計画の見直しを訴える必要性をわかってほしかった」

 提言書は、辺野古新基地の総工費は政府試算でも当初想定の2.7倍の9300億円に上ることを受け、「莫大な費用を、別の用途のために使用した方が、日本の政治や経済、さらには安全保障にとってはるかに有益」とも指摘している。

「この指摘を盛り込んだのは、米国の専門家と意見交換した際、辺野古新基地建設の費用を別の防衛装備に使ったほうが、軍事的に意味があると言われたことが印象的だったからです。今後も膨大な税金をつぎ込む辺野古新基地建設は、日本国民全体の負担という問題意識もありました。コロナ危機を受け、日本の経済財政はさらに悪化していくことが予想される中、この莫大な費用が日本の財政負担になることはより切実な問題になっていると思います」

 将来の地盤沈下対策などを考えるとさらなる予算の膨張は必至だ。野添さんはこう続ける。

「コロナ後の世界を見据えて、また海兵隊が戦略を見直している今だからこそ、辺野古なき普天間返還に向けた議論に日米両政府は沖縄県とともに取り組むべきだと思います」

 既定路線にこだわり不合理な政策に血税を注ぎ続ける安倍政権と官僚。そのつけは全ての国民に回される。(編集部・渡辺豪)

※AERA 2020年5月18日号より抜粋