新型コロナ対策のワクチン開発が世界で進むが、それらには重大な懸念があるという。免疫の仕組みを知ることで危険性を読み解き、全く新しい日本発のワクチン技術について取材した。AERA 2020年5月18日号で最新知見を身につけて長期戦に備えよう。



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 俳優の岡江久美子さんが新型コロナウイルスによる肺炎のため亡くなった際、所属事務所は「乳がん手術の後、放射線治療によって免疫力が低下していたのが重症化した原因と思われる」と発表した。日本放射線腫瘍学会は4月25日「一般的な放射線治療では免疫力が大きく低下するようなことはほとんどない」と声明を出したが、免疫が新型コロナから命を守るカギであることを改めて印象づけた。

 免疫はちょっとした風邪から新型コロナまで、私たちの体をウイルスなどの病原体から守ってくれる仕組みだ。

 ウイルスはまず、鼻や口などの粘膜に付着する。そこから喉の奥の粘膜までウイルスが増殖することで、鼻づまりやくしゃみ、喉の痛みなどが表れる。これが上気道感染症、いわゆる「風邪」だ。基礎疾患などがなく通常の体力を維持できていれば自然に治癒し、たいていは1週間以内で回復する。しかし、肺に近い気管や気管支にまでウイルスが増殖すると咳などが長引く気管支炎になり、「風邪をこじらせた」状態になる。これが下気道感染症だ。

 さらに、ウイルスが肺に至ると肺炎を引き起こし、命にかかわる事態になる。新型コロナで重症化するのも肺炎による呼吸困難に陥るためだ。

 免疫研究の世界的権威、大阪大学特任教授の坂口志文さんは、一般の風邪と新型コロナの差はウイルスの種類が違うだけだと説明する。

「常時喉などにいるウイルスが人体の抵抗力が落ちたときに悪さをするのが一般の風邪です。新型コロナなど我々が免疫を持たない未知のウイルスが入ってくるとよりシリアスな症状を引き起こします。ただ、免疫はやがてウイルスに対応し、抵抗力が強化されます」

 抵抗力がつく前にウイルスが増殖し、重度の肺炎で亡くなる人が相次いでいるのが新型コロナの現状だ。生死を分けるといっても過言ではない免疫。まずは仕組みを理解しておきたい。

「免疫とは、私たちに備わる生体防御機構です。侵入してくる病原体を異物として認識し、排除します」

 こう解説するのは大阪市立大学大学院教授の植松智さん(ゲノム免疫学)だ。

 細菌やウイルスなどの病原体が体内に侵入すると、最初に防御の働きをするのが「自然免疫」で、多くの人がイメージする「白血球が病原体と闘う」という局面だ。このとき、白血球の一種であるマクロファージや樹状細胞は、ウイルスなどを捕食して消化・無害化するとともに、その情報を、ヘルパーT細胞に伝える。

 この情報を元に、特定のウイルスを効果的に攻撃する「抗体」を作ったり、ウイルスに感染した細胞を攻撃したりして強力に病原体を排除するのが、「獲得免疫」という仕組みだ。

「病原体の情報がヘルパーT細胞などのリンパ球に伝えられ、抗原特異的な(あるウイルスに特化した)免疫反応である獲得免疫が発動します。B細胞は抗体を産生してウイルスなどを攻撃し、キラーT細胞はがん細胞やウイルスに感染した細胞を殺します」(植松さん)

 このような仕組みがあるからこそ、私たちの体は様々な異物を効果的に排除できる。

 この仕組みを生かして病原体への抵抗力を高めるのが、ワクチンだ。

「ワクチンは疑似感染を誘導して、病原体に対して獲得免疫を誘導するものです」(同)

 ウイルスを攻撃する抗体には様々な種類がある。感染初期に働くIgM、血中に存在し中和作用のあるIgG、アレルギーにかかわるIgE、粘膜面で強力なバリアー機能を有するIgAなどだ。中でも植松さんが着目するのが、粘膜面で感染を防ぐIgA抗体だという。

「多くの病原体が粘膜面に侵入し、そこから全身に感染を広げていきます。粘膜内には特殊な樹状細胞がいて、これらが病原体を取り込んで獲得免疫を誘導すると、IgGだけでなくIgAを出します。病原体に対して特異的に対応したIgAが粘膜面に出るようになると、粘膜面で強力に病原体とくっつき、侵入そのものを阻害します。これが誘導されると感染そのものをブロックできます」

 植松さんらの研究グループは昨年8月、細菌やウイルスの「入り口」に当たる口や気管、腸などの粘膜で大量のIgA抗体を作らせ、細菌やウイルスの侵入を水際で阻止できるワクチン技術を開発した。この技術を応用すれば、新型コロナの予防効果も期待できるという。

 新技術では、まずB細胞がIgA抗体を活発に作り出すよう促すワクチンを接種する。さらに、目、鼻、のどなどの粘膜面に、抗体を作り出す効果を持つ抗原を直接投与する。ウイルス侵入を防ぐ主戦場である粘膜の防御力を集中的に高める仕組みで、すでに肺炎の最大の原因菌である肺炎球菌の侵入を抑える効果が確認されている。

 植松さんは新型コロナへの応用に意欲を示す。

「新型コロナは呼吸器、消化器、目から感染すると言われていますが、ワクチンを注射後、抗原を呼吸器、消化器、目に投与することでIgAを十分に出させ、ウイルスの侵入を抑えることができると考えています」

 植松さんは、この新技術の実用化に向け、国内の製薬会社と共同研究を進めている。米製薬大手ファイザーは5日、ワクチンの臨床試験を始めたと発表したが、新技術はこのワクチンとは別物だという。

 ファイザーなどが開発しているワクチンは、先に述べた疑似的な感染によってIgG抗体を作らせるものだ。ただ、植松さんは「このワクチンには大きな懸念材料がある」と言う。

「コロナウイルスには『抗体依存性感染増強』という現象が認められます。最初の感染でウイルスに対応したIgGができると、2回目の感染時に重症化する現象です」

 抗体依存性感染増強とは、抗体が免疫細胞などへのウイルス感染を促進する現象だ。コロナウイルスが原因となるSARSやMERSに対するワクチン研究や、デング熱、ネコに感染するネココロナウイルス感染症の研究でも、抗体を持つ個体が再び同じウイルスに感染して重症化した例が報告されている。

「中途半端な量のIgGができると起きやすいようですが、詳細なメカニズムはわかっていません。PCR検査で陰性だった患者が再び陽性となる現象にも関連しているかもしれません」

 植松さんはこう指摘した上で、この現象に備えるためにも、バックアップとして新技術の実用化も進めるべきだと強調する。

「他のワクチンよりも開発に時間はかかると予想されますが、先行するIgG誘導ワクチンで思うような効果が出なかった際の次の一手になると思います」

(編集部・渡辺豪)

※AERA 2020年5月18日号より抜粋