AERAで連載中の「いま観るシネマ」では、毎週、数多く公開されている映画の中から、いま観ておくべき作品の舞台裏を監督や演者に直接インタビューして紹介。「もう1本 おすすめDVD」では、あわせて観て欲しい1本をセレクトしています。



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“母親”への讃歌といえる感動作「オール・アバウト・マイ・マザー」(1999年)で米アカデミー賞外国語映画賞を受賞し、名実ともにスペインの巨匠となったペドロ・アルモドバル(70)。この10年は若手育成やプロデュースにも積極的で、監督としては目立った活躍がなかったが、自伝的作品「ペイン・アンド・グローリー」で復活を遂げた。

「これまでもいろいろな形で自分を作品に投影してきた。あるときは女性のキャラクターの後ろに自分が隠れていることもある。でも、自分自身を真っ向から主人公に反映したのは、この作品が初めてだ」

 主人公は世界的な映画監督サルバドール。体調不良に加え、母の死に打ちのめされた彼は、引退同然の日々を送っていた。だが、32年前に撮った作品のリバイバル上映会が開かれるという知らせを受け、絶縁していた主演俳優に会いに行ったことで転機が訪れる。バレンシアで母と過ごした子ども時代、80年代のマドリードでの愛と別れ。かつての愛や記憶を取り戻すことによって、創作への情熱をよみがえらせる。こうした芸術家としてのスランプは、アルモドバル自身にも起こったことだ。

「2016年頃、ある脚本に取り組んでいたんだが、登場人物たちに感情移入ができなかった。何度も修正を加えていくうちに、知らないことを勉強することに飽きてしまったんだ。それであるとき、自分に近いものを書くことに決めた。自分が何を考えて、どう感じるのか。ずいぶん前に書いた脚本やシノプシスを掘り起こし、新たに書き始めたんだ」

 自身の生い立ちや人生を反映しているが、実話ではないと強調する。

「自分の内面を掘り下げていくことには躊躇(ちゅうちょ)もあった。自分自身について語れば、周囲の人も巻き込んでしまうのが怖い。事実とフィクションをミックスさせることが必要だ。この物語はフィクションだが、子ども時代、家族、母親、仕事、創造性などは、私にとって重要なテーマだ」

 アルモドバルの分身である主人公サルバドールは、40年来の付き合いとなるアントニオ・バンデラス、若き日の母親役を長年の友人ペネロペ・クルスが演じている。バンデラスは、この映画でカンヌ国際映画祭で男優賞を受賞した。

「観客が共感するのは俳優。私が監督になったのも俳優との仕事が楽しかったから。アントニオは、好きなようにしてくれていい、と私に身を委ねてくれたんだ」

 80年代、デビューするや否や強烈な色彩やアート感覚で脚光を浴び、カルト的な人気を誇った。70代になり、人生も作品も円熟期を迎えている。

「80年代当時、ドラッグや性表現などは、カトリックのスペインでは難しかった。でも、自分の作りたい映画を作るという野心により反発を無視できた。最近、あんな映画はもうスペインで作れない、と言われる。当時より極右化しつつある。トランプはヨーロッパにも影響を与えているよ」

◎「ペイン・アンド・グローリー」
映画監督を演じるのは、アルモドバル監督作でデビューしたアントニオ・バンデラス。公開中

■もう1本おすすめDVD「セクシリア HDニューマスター」

 1982年に公開されたアルモドバル監督の長編第2作。人工授精の権威を父にもつ、ロック歌手でニンフォマニアの女性セクシリアは、ライブで出会った青年リサに一目ぼれする。だが、彼は亡命してきたティラン国の皇太子で、しかもゲイだった。

 自由奔放なセックスライフを送ってきた主人公セクシリアの純愛の行方を描くコメディーだが、悪趣味スレスレのド派手な衣装、原色がまばゆい美術など“アルモドバル印”が凝縮されている。

 セクシリアを演じたのは、アルゼンチン出身のセシリア・ロス。26歳で出演した本作で注目され、以来、アルモドバル映画の常連となり、「オール・アバウト・マイ・マザー」(99年)では息子を事故で亡くした母親の再生の旅路を演じ、ヨーロッパ映画賞を受賞している。また、本作で映画デビューしたのが、アントニオ・バンデラスだ。その後のハリウッドにおけるセクシー路線の色香はまだなく初々しい。監督自身もカメオ出演し、女装姿で歌まで披露している。いまほどにセクシュアルマイノリティーの概念がなかった当時、ゲイカルチャーの申し子となったアルモドバルの原点が垣間見られる。

◎「セクシリア HDニューマスター」
発売元・販売元:松竹
価格3800円+税/DVD発売中

(映画ジャーナリスト・立田敦子)

※AERA 2020年6月29日号