九州を襲った記録的な豪雨は各所に深い爪痕を残した。特に熊本県では球磨川が氾濫するなど、過去最大級ともいえる甚大な被害をもたらした。AERA 2020年7月20日号では「水害」について特集。ここでは水害の常襲地帯と発生要因について迫る。



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「100年に一度」のような記録的豪雨が、また降った。

「本当に怖いと思うくらいの雨の降り方でした」

 熊本県人吉市に住む会社員の男性(39)は振り返る。

 4日の午前3時過ぎから、男性の携帯電話の緊急事態速報が頻繁に鳴り眠れない状況だった。明け方6時ごろ、近くを流れる球磨川で鉄橋のすぐ下、1メートルくらいまで水がきているのが見えた。

「それからゴーという音を立てて大雨が降ってきて、7時過ぎに瞬く間に水かさが増して氾濫しました」(男性)

 九州全域で猛烈な雨による河川の氾濫や洪水、土砂崩れが相次いだ。特に熊本県は、4日未明からの強い雨により、県南部を流れる球磨川(くまがわ)で氾濫が起き堤防が決壊、濁流と土砂が街や集落に襲いかかり未曽有の災害となった。これまでに熊本を中心に全国で59人が死亡、4人が心肺停止、17人の行方がいまだわかっていない(9日12時現在)。

■「暴れ川」の異名を持つ

「球磨川は人吉盆地の中でも最も低いところを流れ、盆地には周辺の山々からの多くの支流が集まって水がたまりやすく、一帯は地形的に『氾濫平野』と呼ばれる水害常襲地帯。今回、その氾濫平野を中心に浸水しています」

 そう指摘するのは、地域防災に詳しい山梨大学の秦(はだ)康範准教授だ。

「氾濫平野」は過去の洪水などの災害によってつくられた平野で、水の確保も容易なため人々は農地をつくり生活してきた。水没し、14人の死亡が確認された特別養護老人ホーム「千寿園」がある球磨村渡(わたり)地区は氾濫平野にある。村は四方を山に囲まれているため必然的に平野部に建物が立ち、人が住むようになっているという。

 牙をむいた球磨川は、九州山地の熊本県水上村を源流とし、大きく蛇行しながら人吉市、球磨村、八代市などを経て八代海に注ぐ。全長約115キロ、九州で3番目の長さの1級河川で、多くの支流が流れ込み流量も多いことから最上川(山形県)、富士川(長野県、山梨県、静岡県)とともに「日本三急流」の一つに数えられ、「暴れ川」の異名も持つ。

 実際、球磨川は過去に何度も大雨や台風氾濫を繰り返した。

 最近では2011年6月、梅雨の大雨で川が氾濫し8戸が浸水した。戦後最大の被害が出たといわれたのは1965年7月、梅雨前線の停滞で降り続いた大雨で洪水が起き、人吉市や八代市で堤防が決壊し6人が死亡、約1万2800戸が浸水した。

 しかし今回の豪雨は65年の水害を上回り、「過去最大級」だったとみられている。大雨をもたらしたのは、発達した積乱雲が帯状に連なる気象現象「線状降水帯」が原因だ。3年前の九州北部豪雨、2年前の西日本豪雨でも発生し、甚大な被害をもたらした。

■予測難しい線状降水帯

 だが厄介なことに、線状降水帯は局地的な気象現象のため現状では発生の予測は難しい。河川工学が専門の京都大学の今本博健(ひろたけ)名誉教授は、こう説明する。

「今回の気象や水位のデータを解析したところ、線状降水帯が球磨川の下流から上流に移動したことが確認されました。つまり、雨域は下流から上流に移動し、一方で球磨川は上流から下流に流れていますから、球磨村や人吉市あたりで線状降水帯が降らせる大雨と川がちょうどぶつかり、周辺の水位の上昇につながったと考えられます」

(編集部・野村昌二)

※AERA 2020年7月20日号より抜粋