写真家・佐藤大史さんがアラスカの大自然とそこに生きる動物たちを写した作品集『Belong』(信濃毎日新聞社)を出版した。アラスカでもあまり目にすることのない場所で撮られた写真が新鮮だ。



 表紙の写真はつぶらな瞳のジャコウウシ。ふさふさした長い毛並みの2頭が心地よさそうに肩を寄せ合い、草原に寝そべっている。白夜に浮かぶ満月。青白い光に照らされた赤紫色の花。画面の奥には極北地方独特のなだらかな山とも丘ともいえるような大地の盛り上がりが見える。残雪と黒々した斜面のコントラストが短い夏の始まりを感じさせる。

 とても素敵な写真だが、むくむくと疑問が湧いた。いったいどこで撮影したのか? ほかの写真家の作品では見たことがない。アラスカの地図を頭に描いてみるが、思い当たる場所が浮かばない。木の生えない森林限界以北のツンドラ地帯。しかも、撮影時期は夏だ。
足を踏み出すと水がじわっと染み出す無間地獄のような場所

 無限と思えるほど広大なアラスカの原野。雪の時期であればスノーモービルやクロスカントリースキーを使って比較的容易に奥地まで入ることができる。大きな荷物もそりに積んで雪の上を引いていける。

 しかし、雪が解けてしまうとそうはいかない。すべての荷物を背負い、歩いて行かなければならないのだ。頼れるの自分の足のみ。踏み跡もない。しかも、足を踏み出すと水がじわっと染み出す性悪なツンドラの湿原がどこまでも続く。体力も気力も著しく消耗する無間地獄のような場所。だから夏の間、ここを訪れる人はまずいない。

 そんな場所に足を踏み入れ、野生動物を探し歩いたのか? 佐藤さんにたずねると、そうだと言う。

「ザックを背負ってここまで奥まで入って撮る人はぼくくらいだと思います。車で入れるところまで行くか、ボートを持っている人に川を遡上してもらって、そこから歩いていく」

GPSは持って行かない。位置の確認は地図とコンパスのみ

 ジャコウウシの写真は「道路から4、5日、奥まで行って出合った群れ」だと言う。

 一回の撮影期間は2週間前後(それ以上だとカメラのバッテリーか食料がなくなってしまう)。背負う荷物は撮影機材を含めて40、50キロほど。できるだけ荷物の重量を減らすためGPSは持って行かない(電池の重さがばかにならないのだ)。位置の確認は地図とコンパス(方位磁石)が頼りとなる。

「動物と出合うのは難しいですね。何にも出合わない日もあります」

 どう考えても撮影効率は悪そうだ。だからこそ、事前の情報収集には時間と手間をかけるという。

「彼らが自然に生きるフィールドをどうにかして撮りたいと思っていますから、ずーっと地図とにらめっこして、どこから入れるか、常に考えています。ジャコウウシの場合は現地の街でできるだけ聞き込みをして。郊外で出合う車は1時間に1台くらいなんですが、ドライバーにも『どこかで見た?』とたずねて、地形と目撃情報を照らし合わせる。そうすると、入る場所が見えてくるんです」

海岸を数十マイル歩きながらヒグマを撮る

 山の稜線で出合ったカリブーの写真もひと味違う。背後の山々は緑が少なく、褐色の山肌は中央アジアを思わせる。撮影の様子を聞くと、山岳ゲリラのようだ。

「基本的に相手よりこちらが先に見つけたいんです。『この角度で撮れば絵になるな』とか、先回りして待つことができますから。だからルート選択は視界、つまり情報がいちばん得られるところを選ぶんです。谷の深いところはなるべく歩かない。得られる情報が少ないし、ばったり出合っても対処しづらいですから」

 テントは稜線などに設営し、残雪があれば、それを溶かして飲み水にする。同じ場所にとどまるのは2、3泊まで。点々と移動したほうが被写体と遭遇する確率が増す。違った背景で撮れる利点もある。

 ページをめくる。日没後、夕焼け空を背景に干潟のような海辺を歩くグリズリー(ヒグマの亜種)の親子の姿も新鮮だ。

「ヒグマの海辺の撮影ポイントはおおむね決まっているんですが、それでは同じような写真になってしまうので、海岸を数十マイル歩きながら撮ります。そこがほかの写真家にはできないことだと思っていますから」

白川義員さんに感じた情熱と覚悟

 実をいうと、インタビューで会う前から佐藤さんはガッツのある人に違いないと思っていた。経歴を見ると「白川義員氏(※1)の助手を経て」とあったからだ。

「当時、好きだったのが星野道夫さん(※2)と白川先生の作品で、星野さんが亡くなられたので先生に思い切って電話したんです。そうしたら、二十歳そこそこで俺のところに電話してくるなんて、みたいな感じで、『お前の勇気をかうから、いますぐに来い』と言われました。先生の厳しさはうわさではちょっと聞いていましたが、そんなことはないだろうと……。でもやっぱり、うわさどおりの厳しさでしたね」

 白川さんの元で何を学んだのか?

「撮影のテクニック的なことは特にないんですが、被写体への挑み方といいますか、写真家としての姿勢はすごく学びました。情熱と覚悟。自分のすべてを投げ打って、テーマを決めて撮影して、それを伝える。それがたとえお金につながらないにしても、自分のスタイルでやり通す。ほかの人を巻き込んで強引にやるのが白川先生なので、その力はすごいなと。そうじゃないと届かない領域というのが絶対にあると感じましたね」

行ってみたら、当然1年、2年ではカタチにならない

 幼いころ父親に連れられて山に登り始めた佐藤さん。作品で届けたいのは、山で風景を目にしたときに胸を打たれる感覚だという。

「29歳のときに作家活動を始めたんですが、地球や命をテーマに伝えていきたいので、手つかずの自然が残っている撮影地を考えたんです。アラスカのほかにもアフリカ、南極、アイスランド……それと体力、貯金、装備。どういうスタイルであればできるかを考えて、最終的にアラスカを選びました。でも行ってみたら、当然1年、2年ではカタチにならない。最初の数年は行けるだけいろいろな場所に入って視野を広げて、3年目くらいから少しずつ発表して、6年目のいま、ようやく1冊目の写真集を出したところです」

(文・アサヒカメラ 米倉昭仁)

※1 白川義員さんは「地球再発見による人間性回復へ」を象徴する風景を撮り続ける写真家

※2 星野道夫さんはアラスカを舞台に活躍した動物写真家。1996年、ヒグマに襲われて亡くなった

【MEMO】佐藤大史写真展「Belong」
信毎メディアガーデン(長野県松本市中央2−20−2、電話0263−32−1150  https://www.shinmai-mediagarden.jp/)
9月12日〜22日に開催。