「ダウン症モデル」として活動している菜桜(なお)さん(16)が、注目を集めている。昨年から本格的に活動を開始するや、インスタグラムのフォロワー数は月を追うごとに増え、昨年12月末には1万人を超えた。投稿の中には45万回再生された動画などもあるが、なぜここまで人気を集めているのか。本人と母の由美さん(50)に話を聞いた。



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 青空の下で、鮮やかなピンク色の帽子が映える写真、艶やかな振り袖の写真……菜桜さんのインスタグラムには日々、さまざまなコーデが投稿される。

 それに対して、「笑顔に元気をもらえる」「かわいくて素敵な写真!」といった応援コメントが数多く寄せられる。フォロワー層は障害のある子の親や家族にとどまらず、菜桜さんと同年代の女子高生なども多いという。

 写真で目を引くのは、その天真らんまんな笑顔だ。母・由美さんは、そんな菜桜さんの笑顔を「エンジェルスマイル」と名付けた。

「わが娘ながら、かわいいんです」

 現在は静岡県内の特別支援学校に通いながら、県内のモデル事務所「スタジオ・エリカ」に所属し、撮影やファッションショーの仕事をしている。事務所の青島えりか代表も期待を抱く。

「注目度が高まってきた。事務所としては、プロとして生活できるよう、ギャラを発生させてあげたい。フォロワーを増やし、アパレルと契約することが目標です」

 服は親子で月に1〜2回、県内のショッピングモールで選んでいる。ブランドはGAPやOSADAがお気に入りだ。

 菜桜さんにお気に入りの色を聞くと、「ピンク!」と笑顔。由美さんは「私は白とグレーが似合うと思うんですけどねえ」と言って笑い合う。

「金銭的に余裕があるわけではないのでたくさん買ってあげることはできませんが、娘が自分から服を選んでいる様子を見ると、うれしくなります」(由美さん)

 インスタグラムは毎回、由美さんが投稿している。投稿に対する思いについて、由美さんは言う。

「この子がまだ小さかった頃、ダウン症の子を持つブログを見ても、特徴のある顔つきや短命であることなど、出てくる情報はマイナス面ばかりだった。ネット掲示板では、生きている価値がないとまで書かれている。調べれば調べるほど、気持ちが落ちていきました。だからこそ、明るくなれるような、希望を持てるような情報を発信したかった」

 今でこそ仲むつまじい母子だが、出産当初、母は娘を愛せなかった。

「染色体異常があるかもしれない」

 産んだその日に告げられて、由美さんは頭が真っ白になった。「ダウン症」という言葉が頭をよぎり、ショックで大泣きをした。赤ん坊のわが子を看護師に触るよう勧められても、「触らない!」と意固地だった。

 産んだ翌日に、無理を言って退院した。

「他の元気な赤ちゃんの声が聞こえるのが、つらくてたまらなかったんです。『ここにはいたくない!』と言って、菜桜を置いて帰ってしまった。今では考えられないのですが、当時はパニックになって、現実を認めたくなかった」(同)

「ダウン症」と診断された上、食道がつながっていないことも分かった。ミルクをあげられず、胃ろうで命をつないだ。

「夢だと思っても、朝目覚めたら現実が待っていて、絶望する日が続きました。娘と向き合うこともしませんでした」(同)

 その言葉通り、生後2カ月までの菜桜さんの写真は1枚もない。だが、生後2カ月半の時、由美さんの中で何かが変わった。

「抱っこをした時に、私の顔を見て笑ってくれた。それを見て初めて、『かわいい!』と思えたんです」

 成長をブログに載せるために、写真を撮るようになった。娘に対するいとおしさは、歳月とともに増していった。とはいえ、

「小学校高学年ごろまでは、正直、普通の子だったらいいなと思うこともありました。『ダウン症の菜桜だからこんなにかわいいんだ』と思えるまでには時間がかかった」(同)

 当初は周りの目が気になったという。出掛けるときは髪をツインテールにし、かわいい服を着せた。

「少しでもかわいい服や髪形をさせてあげたかった。最初は見栄もあったと思います。障害のある子だから、親が子どものおしゃれに気を使ってあげない、というのは嫌でした」(同)

 当初は母主導であったが、菜桜さん自身がおしゃれに目覚めたのが9歳の頃。「世界ダウン症の日(3月21日)」のイベントで、ファッションショーに出演することになった。2日間ウオーキングレッスンに通って本番に臨んだ。黄緑色のかわいらしい衣装で笑顔を振りまいた。

 その後、何年たっても、菜桜さんはファッションショーのことを覚えていた。折に触れ、「またやりたい」と口にした。だが、障がい者モデル向けのレッスンを受けるには東京まで通う必要がある。経済的に厳しかったため、由美さんは応援したい気持ちを抑えて娘をなだめた。

 転機は一昨年の2月。

「菜桜ちゃん出ない?」

 友人から誘われる形で、静岡県内の百貨店で開かれた「障がい者モデルファッションショー」に参加することになった。出演が決まると、菜桜さんは「楽しみだね!楽しみ!」とうれしそうに毎日を過ごした。本番の衣装は、抜けるように白いロングシャツ。きびきびとステージを歩き、腰に手を当てて笑顔でポーズを決めた。

 イベントで指導をした担当者が、静岡市で障がい者モデル向けのレッスンを開いていることがわかった。

「静岡なら通える!」

 由美さんは出演後にレッスンを志願。それからは月2回ほどのレッスンに通いつつ、約2年間で計8回のファッションショーに出演した。

 モデルとして、乗り越えるべき課題もある。カメラのレンズを見るときに視線が泳いでしまったり、カメラマンの指示をくみ取れなかったりする。筋力が弱いため、ウオーキングの姿勢は猫背になりがちだ。そうした課題を、菜桜さんは自分でも意識して克服しようとしている。目線や姿勢は少しずつ改善し、撮影時間は以前ほどかからなくなった。直近の撮影では、数分でOKが出たほどだ。

「少しずつですが、着実に向上している。経験を積んでいけば、障害があっても上達できると実感しています」(由美さん)

 モデル活動をするようになってから、菜桜さんの様子に変化があった。YouTubeで他のモデルのファッションを見るようになったほか、おしゃれに興味が出たことで、「こんな服が着たい!」「髪は長いままがいい!」と意思表示をするようになった。ドラッグストアに行けば、化粧品コーナーの前で立ち止まるようになった。

「年頃の子のおしゃれは、本来当たり前のこと。ダウン症でも、おしゃれしたって化粧したっていいはず。そんな気持ちを応援したい」

 当然ながら、裏では苦労もたくさん経験してきた。菜桜さんは生まれてから現在まで、手術と隣り合わせで生きてきた。これまで手術は15回。食道に食べ物が詰まってしまうので、3カ月ごとに拡張手術をしている。食べものは慎重に口に入れ、ゆっくりと水分で流し込まないと簡単に詰まってしまう。合併症を患っているので、心臓や目の手術なども経験した。

「こんなに手術する子もそうそういない。親として、ただただかわいそうで……」

 入院や手術が続くと気持ちがめいってしまいそうだが、モデルの活動が支えになっている。入院中は、親子で次の撮影の話をして、今後の楽しみに目を向ける。

 大変な思いもたくさん経験してきたが、菜桜さんの笑顔は周囲を明るく照らす。記者も取材中、その笑顔に心がふっと軽くなった。彼女の目標は、自分だけでなく、他人を笑顔にすることだ。菜桜さんは取材の最後、「みんなが笑顔になれるモデルになりたいです!」と宣言した。

 菜桜さんが歩んできた道は決して平たんではない。そして今後も困難はつきまとうだろう。日本の障がい者モデルへの理解や活躍の場は、まだ限られている。でも、菜桜さんの笑顔が未来を明るく照らしてくれるはずだ。(取材・文=AERA dot.編集部・飯塚大和)