日本有数の観光地になった富士山。その富士山と日本らしい風景を一度に撮影できるスポットにインバウンド客が殺到している。一部の客の振る舞いに、住民たちが苦慮している。現地を取材した。
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富士急行線の河口湖駅は、富士山観光の玄関口だ。五月晴れのある日、すぐ近くのコンビニ「ローソン河口湖駅前店」に、外国人観光客が集結していた。富士山を背景にSNS映えする写真が撮れる、という。ざっと50人はいるだろうか。
「今日は富士山がとても奇麗です。やっぱり来てよかった!」
そう話すのは、フィリピン人のイゼルさんだ。4日前に来たときはあいにくの雨で、富士山も雲で覆われていた。そのため、再び東京からやって来たという。
■「ローソンのバックに富士山」が大人気
オランダ人のボウさんも「ここから見る富士山はすてきですね」と言う。ただ、少々うんざりした様子で、こう続けた。
「人気の撮影スポットとは知っていましたが、こんなに観光客が多いとは思いませんでした」
特に人が集まるのが、店舗前の道路の向かいの歩道だ。ここからカメラを構えると、富士山とローソンの青い看板が画面にぴったり収まる。富士山そのままではなく、ローソンの青い看板が入るのが、外国人観光客には「日本ならでは」で「たまらない」らしい。
■町は警備員を配置
この道路を横断歩道を使わずに渡る外国人が絶えない。もともと交通量が多いうえ、路線バスや観光バスも次々と通り過ぎる。交通事故を懸念した山梨県富士河口湖町は昨年6月から警備員を配置した。
取材中、道路を渡ろうとする外国人に対し、「ドント・クロス・ザ・ロード!(道を渡るな)」と、声を張り上げて注意する警備員の姿を何度も目にした。
歩道から道路にスマホやカメラを突き出すように構える外国人もいて、バスと接触しそうになる。町によると、車両との接触事故も実際に起きている。
■注意すると激高して罵声
ここに外国人観光客が集まるようになったのは、昨年1月ごろから。タイ人のインフルエンサーがインスタグラムに写真を投稿したのがきっかけらしい。富士河口湖町観光連盟の堀内淳平さんは言う。
「地元の人たちは『なんで、こんなところで写真を撮っているんだろうね』と言っていたのですが、徐々に外国人が増え始め、いまや一大撮影スポットです」
住民たちは当初、外国人観光客を温かい目で見ていた。ところが、生活道路で危険な横断が目立つようになると、町には苦情が増えた。
道路を挟んでローソンの向かい側にある歯科医院では、患者用の駐車場への無断駐車や、駐車場での食事、喫煙が相次いだ。注意すると、激高して罵声を浴びせられたり、火のついたたばこを投げ捨てられたりした。屋上への不法侵入もあった。何回も警察に通報したが、立ち去るのはそのときだけ。すぐに別の外国人が押し寄せる。
■写真を撮りにくくして対策
住民の要望を受け、町は今年4月、「写真を撮りにくい状況を作る」(都市整備課)ことを決定した。道路(町道)と歩道の間にガードレールを設けるほか、幅20メートル、高さ2.5メートルの黒幕を設置する。4月30日から始めた工事は、5月中旬に完成する予定だ。
「黒い幕を張れば、当院の入り口が車道から見えなくなってしまうし、景観も損なうので、残念な対策ではあります。けれど、マナー違反や不法行為がこれまでの対策では防ぎきれない以上、やむを得ないと考えています」(歯科医院)
記者が訪れたときは、ガードレール設置工事の最中だった。驚いたことに、多くの外国人が「黒幕の設置」を知っていた。
「もう、この場所から写真は撮れないね。その前に来られてラッキーだったよ」(中国人のタオさん)
「地元住民が外国人に抗議して写真撮影が禁止されるんでしょ」(マレーシア人のイザさん)
「黒幕で景色を覆うのは住民にとってよいことです。それに、富士山を撮るのにいい場所は他にもたくさんありますから。とにかくここは人が多すぎます」(フランス人のソフィアさん)
■大型観光バスがローソンへ
それでも、SNS映えする「富士山ローソン」の人気は根強い。
同様の構図で富士山が撮れるセブン-イレブンにも足を運んでみたが、写真を撮っている外国人は一人もいなかった。やはり、青い看板でなければ「映えない」ということか。
実は、「次はこのローソンだ!」と、外国人が集まり始めている店舗がある。河口湖駅か西へ約1キロ離れた「富士河口湖町役場前店」だ。
河口湖駅前店に比べて駐車場が広い。敷地の端に陣取った外国人10人ほどが、やはり富士山をバックにローソンを撮影していた。
ところが、数分後、なんと大型の観光バスが到着。外国人観光客がぞろぞろと降りてきた。ツアーバスが休憩のために立ち寄ったわけではないことは、すぐにわかった。観光客はそこにいた撮影集団と合流し、同じように写真を撮り始めたのだ。
■「迷惑行為はやめてほしい」
調べてみると、ツアーはドイツに本社を置く旅行会社が催行していた。東京からの富士山日帰りツアーには、新倉山浅間公園や忍野八海などとともに「富士河口湖町のローソン」が含まれていることもわかった。
富士河口湖町観光課の中村美瑠(みると)さんは言う。
「町役場の近くにあるローソンなので、観光バスで写真を撮りにやってくる外国人観光客をよく見かけます」
観光地なので、「外国人観光客に来ていただけることはすごくうれしいが、『交通事故が心配』『私有地に入らないでほしい』という住民からの声は多く、迷惑行為はやめてほしい」という。
■ローソンは対応を発表
ローソンも対応に苦慮している。今月5日、「河口湖駅前店」「富士河口湖町役場前店」について、近隣住民や店舗の利用客に迷惑がかかっていると詫びたうえで、対応策をホームページに掲載した。
河口湖駅前店には、最近、「道路横断禁止」を多言語表記した看板が設置された。加えて、駐車場や道路での撮影が危険であること、道路横断やゴミの放置の禁止などマナー順守の看板も早急に追加するという。さらに、警察や自治体と相談のうえ、警備員の配置も検討中だ。
■観光客が飛び出し! 危うく記者も事故に
こうした問題は、富士河口湖町の隣の富士吉田市の中心部「本町通り」でも起こっている。富士山を背景に昭和レトロ感ある通りを写そうと、外国人が集まっているのだ。
記者の車が本町通りを走っていると、いきなり目の前に人影が現れた。急ブレーキを踏むと、カメラを手にした外国人だった。しかも、1人や2人ではない。
同市富士山課の勝俣美香課長はこう嘆く。
「インスタグラムなどSNSで、本町通りの車道の真ん中から富士山を撮ることがはやっているみたいなんです」
撮影者が特に多いのは、本町通りの北端に位置する「下吉田観光案内所」の前だ。この一角にスマホやカメラを構えた外国人がぎっしりと集まっている光景は、異様だ。
同市は昨年2月から警備員3人を配置し、交通事故が起こらないように目を光らせている。
■いつ事故が起こってもおかしくない
観光案内所の前は交差点で信号機がある。外国人が赤信号を無視して道路を渡ろうとするたび、「シグナル、レッド、バック!」と、警備員が大声で注意している。だが、交差点から離れた場所で、車道に出て撮影する外国人は引きも切らない。
最近、この場所もツアーバスのルートに組み込まれたようで、一度に大勢の外国人が押し寄せるようになった。警備員3人でも対応が難しい場合があるという。
「京都で問題になっている『オーバーツーリズム』とは違うんです。観光客があふれているのは、ほんの一角ですから。商店街の皆さんと話しても、外国の方に来ていただくのは大歓迎だという。でも、車道に飛び出されてしまうのは困る」(勝俣課長)
幸い、本町通りでは写真撮影が原因の外国人の交通事故は発生していない。しかし、いつ事故が起こってもおかしくない状態であることは記者が身をもって体験した。
■昨日も道路に飛び出して
4月25日、河口湖畔で国道を横断していた外国人観光客が、町民が運転する軽乗用車にはねられ、意識不明の重体となった。湖畔では撮影のために横断歩道のない道路を横断する外国人が後を絶たず、以前から事故の危険性が指摘されていた。
神戸から富士山の撮影に通っているという日本人男性は、外国人観光客たちを横目で見ながら、こう語った。
「昨日もバスが来ているのに外国人が道路に飛び出して、あわやひかれる寸前でした。運転手はめちゃくちゃ怒っていた。事故がないように、ただ祈るばかりです」
(AERA dot.編集部・米倉昭仁)