穐里明美さんと明ノ心くん(明美さん提供)

「この子には障がいがあります」。自閉症の息子を持つ女性が、3年前に支援金を募ってこんな言葉が刻まれたタグ型のマークを作ったところ、想像以上の反響があり作成した3500個を配布し切った。障害を知ってほしいとの切実な願いを込めて作ったマークだが、女性は「変わったのは周りではなく自分自身でした」と話す。息子にマークを付けてからの「その後」と「これから」への思いを聞いた。

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 2021年の5月、クラウドファンディング(CF)で420万円の支援金を募り、タグ型のマークを作成したのは東京都に住む穐里(あきさと)明美さん(49)。オレンジ色のマークには「この子には障がいがあります。」と刻まれている。

 11歳の長男・明ノ心(あきのしん)君は自閉症スペクトラムとワーデンブルグ症候群という複雑な障害を抱えている。一見しただけでは障害があることに気づいてもらえない、「見えない障害」の当事者だ。

「肢体不自由」といって、明ノ心君は体を上手に動かすことができない。もっと幼かったころは、障害者用のバギーに乗せていたのだが、バスや電車で「邪魔だ」と怒られたり、バギーを蹴られたりもした。

 見た目はごく普通の男の子で、外見からは障害があることに気づきにくいので、“過保護”のように見られてしまう。駅のホームでエレベーターを利用したら、非常識な親のように言われたこともあった。

小さい頃の明ノ心くん(右)と明美さんに抱っこされる次男の明徳くん(明美さん提供)

 明ノ心君と出かける前日になると、「人に迷惑をかけなさそうな通りや場所を、必死にシミュレーションしていました」という明美さん。それでもいざ外出すると、結局は「ごめんなさい、ごめんなさい」と周囲に謝り続けるのが日常だった。

明美さんと明ノ心くん(明美さん提供)

■携帯が壊れたかと思うほどの反響

 ヘルプマークを付けようかと考えたが、病気なのか障害なのか、どんな事情でマークを付けているかは伝わらない。

 もっとストレートな言葉で「見えない障害」を「見える化」し、息子に障害があることを知ってもらえれば何かが変わるかもしれない。そんな思いからマークを作成しようと決意した。

 明美さん自身も半信半疑での挑戦だったが、結果は支援金も順調に集まり、完成後は予想外の反響に驚かされることとなった。

「報道していただいた直後から、障害者の子どもがいる全国の親御さんたちから問い合わせが来ました。携帯電話が壊れたのかと思うくらい着信が続いて、『子どもに付けたい』『こういうものが欲しかった』という声を一日に何百件もいただいて、本当にびっくりしました」と明美さんは振り返る。

 CFで作成した3500個がすぐになくなり、さらに明美さんが自費で500個を追加で作ったが、それもすぐに配布し切った。

3年前に支援金を募ってつくったタグ

 明美さんのもとに寄せられたのは、子どもの障害を隠さなければいけないと感じていたり、人前に出ることにためらいを感じていた親たちからの本音だ。

 例えば、親戚から子どもの障害についてあれこれと言われるのが嫌で、帰省を避けていた女性は、こんな胸中を打ち明けた。

「障害を隠して生きるのって、子どもを否定していることと同じですよね」

 その年は、子どもにマークを付けて帰省すると話したという。

次男の明徳君(右)とのスリーショット(明美さん提供)

■変わったのは「自分自身」

 自閉症の子どもが走って迷子になってしまったが、マークに気づいた人が、記しておいた連絡先にすぐに連絡をくれたというケースもあった。

 パンダで有名な和歌山の動物園「アドベンチャーワールド」はマークの趣旨に共感し、協賛してくれた。同園が障害児とその家族を無料で招待する日に、マークを無償で貸し出しするなど、輪は広がっている。

 明美さん自身、明ノ心君がマークを付けてから、電車内で席を譲ってくれたり、声をかけてもらう場面が増えたことを実感した。障害があると知ってもらえれば行動は変わる。マークを作った意味はあった。

 だが、明美さんは「変わったのは周囲よりも、自分自身だと感じています」とこの3年間を振り返る。

 今でも、明ノ心君と外出する時は、迷惑をかけないようなルートや場所のシミュレーションはする。ただ、心は以前よりずっと楽だ。どうして良いか分からなくて、泣くこともなくなった。

「ごめんなさいと謝ってばかりいた当時に感じていた、『障害を知ってもらえない世界』は、自分で勝手に作り上げていただけなのかもしれません」(明美さん)

明ノ心くんは言葉は話せないが表情は豊かだ(明美さん提供)

 別の障害や病気など、さまざまな事情を抱える当事者やマイノリティーたちにも目が向くようになった。当事者はどんな苦しみを抱え、何を願っているのか。明ノ心君のおかげで、世界が広がったとも感じている。

 マークを付けてから3年。明ノ心君は現在11歳だ。言葉は話せないが、食事のあとは、ごちそうさまのポーズをして、食器を台所に運ぶようになった。寝ているときも、明美さんの布団がずれていると、そっとかけてくれる。

次男の明徳くんと遊ぶ明ノ心くん(明美さん提供)

■「大人になってからも使えるものを」との要望も

 身長は130センチに届かないくらいで、同年代の中では小柄だが、外見も体も少しずつ大人に近づいていく。突然走りだす明ノ心君に、明美さんはなかなか追いつけなくなった。追いかける役目は、9歳の次男・明徳君に任せつつある。

「この子には障害があります」の「この子」をいつまで使っていいものか。明美さんも感じていることだが、マークの利用者からも、大人になってからも使えるものが欲しいとの声が寄せられるようになった。

体も大きくなってきた明ノ心くん(明美さん提供)

 目下、大人が使える新たなマークを作ろうと、当事者の親たちとマークに入れる言葉やデザインを考案中だ。6月にもCFを行ない、資金を募りたいという。

「明ノ心の障害を知ってもらえたからおしまい、ではないと思っています。障害などでさまざまな事情を抱える人たちの現実や願いを、マークとセットで伝えていけたらと考えています」

 明美さんはそんな思いを語り、この先を見据えた。

(AERA dot.編集部・國府田英之)