携帯電話料金の値下げは、菅義偉首相の総務大臣時代からの肝入り政策。寡占状況の業界の競争促進という劇薬には副作用もともなう。AERA 2020年10月5日号で掲載された記事を紹介。



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「令和おじさん」どころか「携帯値下げおじさん」と言えるほど、携帯電話料金の値下げに執念を燃やしてきたのが菅義偉首相だ。「首相がわざわざ言及すべきことか?」「総選挙前の人気取りだ」など批判の声もあるが、菅氏の意をくんだ武田良太総務相は「1割(の値下げ)では改革にならない」と強調するなど鼻息は荒い。

 携帯電話会社はあくまで民間企業であり、値下げは各社が実行することだ。本来なら、政府は各社が値下げしたくなるように、市場の競争を活性化させる政策を打ち出すことしかできないはずだが、携帯電話大手からは「確実な値下げのために料金を政府の認可制に戻すのでは」との不安も聞かれる。

 政府関係者は認可制についてはきっぱり否定したが、世界的にも高い大容量プランを主なターゲットと明かした上で「手段はまだまだある」とほくそ笑む。

■コロナ禍でも高利益率

「国民の財産である公共の電波を提供されているにもかかわらず、上位3社は市場の約9割の寡占状況を維持し、世界でも高い料金で20%もの営業利益をあげている」

 菅氏は9月2日の自民党総裁選出馬会見で携帯電話市場の問題点について言及。首相就任後も携帯値下げに向けた改革を進める考えを強調した。菅氏が指摘したように、NTTドコモ、KDDI(au)、ソフトバンクの3社は、4〜6月期に新型コロナウイルスの影響で多くの企業が減収減益となる中で20%以上の営業利益率を確保した。総務省の調査では、特に20GBの大容量プランが、世界で最も高価な水準となっている。

 菅氏の方針を受けて武田総務相も値下げを「100%やる」と断言した上で、「健全な市場競争が行われる環境を作る」と話した。

 では、どのような方法で値下げを実現するのか。総務省関係者への取材で見えてきた施策の大きな方向性は、従来と変わらない。格安スマホを提供するMVNOを含めた携帯会社間の乗り換えを活発化させ、利用者を引き留めるためより安価な料金を設定させようという流れだ。

 具体的には、番号を変えずに携帯会社を乗り換えるMNPの手数料を、年度末までに無料化するよう各社に義務づける。さらにインターネットの光回線と携帯のセット割引を禁止する。「2年縛り」など拘束期間付きで安くなる携帯の料金プランについては携帯大手はすでに見直しを進めているが、総務省関係者は「光回線については依然として縛りがあり、光とセットのプラン利用者は携帯会社を乗り換えにくい」と問題視している。

 特に高いとされる大容量プランの値下げに向けては、MVNOに期待する。総務省は今年から、MVNOが携帯大手からデータ通信回線を借りる際に支払う「接続料」の算定方式を変更した。これにより、接続料が3年後には半額程度まで下がる見通しとなった。総務省はまずはMVNOに大手の半額程度の大容量プラン導入を促すことで、次に、携帯大手が対抗値下げすることに期待を込める。

■切り札eSIMに難点

 しかし、これまでの総務省の競争促進に向けた環境整備は狙い通りの結果をもたらしていない。料金値下げはおろか、その前提となるはずの携帯各社間の乗り換えの活性化も起きていない。値下げ期待が利用者の腰を重くしている面もあり、各社の解約率は0.5%程度のままだ。

 乗り換えを増やす「切り札」はないのか。携帯大手の関係者が「乗り換え活性化につながるのは間違いない。携帯大手は確実に嫌がる」と断言するのが、オンライン上で携帯電話会社を簡単に変更できる「eSIM」という仕組みへの対応を携帯大手に義務付けることだ。

 SIMとは、携帯電話会社や電話番号などの情報の入った小さなカードで、機種変更の際にスマホに差し込んだことがある人も多いはずだ。eSIMはこれをスマホに組み込んだもの。ショップで契約したり、カードを差し替えたりしなくても、スマホ操作で簡単に携帯会社を乗り換えることができる。

 すでにiPhoneやGalaxyの最新機種には組み込まれているが、「携帯会社を毎月乗り換えるのも苦ではなくなるため」(関係者)、大手各社は対応に後ろ向きとされる。また、新型コロナで客足が激減している携帯電話ショップの営業に悪影響を与えるなどのデメリットもあるため、総務省は慎重に検討するとみられる。

 しかし結局、間接的な環境整備しかできない以上、どこまで値下げするかは携帯大手任せという図式は変わらない。また携帯大手への値下げ圧力を強め過ぎれば、各社が5Gを整備するための資金的な余裕を削ぐことになり、菅氏が進める社会のデジタル化に支障をきたす恐れも出てくる。様々なジレンマを抱えた携帯値下げに政府も消費者も満足する日は来るのか。菅氏が総務大臣時代の07年から始まった携帯電話各社とのバトルの最終戦の勝者は。(ライター・平土令)

※AERA 2020年10月5日号