“神童”那須川天心の次戦が6月14日に神奈川・ぴあアリーナMMで行われる「RISE WORLD SERIES 2020 1st Round in Yokohama」での裕樹戦に決まった。新型コロナウイルス感染拡大の影響で予断を許さない状況ではあるが、試合間隔が2〜3カ月であることを考えれば、2014年7月に第1戦を行った那須川にとってデビュー6年というタイミングでの一戦となる。

 小学5年で極真空手のジュニア世界大会を制した那須川は早々とキックボクシングへ転向。その後プロとなるまでアマチュアで105戦99勝(37KO)5敗1分の戦績を残し、文字通りタイトルを総なめにした。

 空手時代、軽量の部類であった那須川は体重・体格差で打ち合うと負けてしまうため、父との練習で相手の攻撃を徹底的によけ、自分の攻撃を当ててまたよけるというスタイルを確立。体を大きくしパワーアップして対抗する道もあったが、困難な、しかし勝てる方法に取り組み「“打たせない”っていうのは空手で身につけたと思います」と本人も語る通り、今もこれが那須川の根幹となっている。

 プロとなってからは所属するジム・TARGETでナックルを当てるパンチや倒す蹴りに磨きをかけ連戦連勝。アマチュア時代に輝かしい成績を収めながら、プロになると対戦相手のレベルアップやフィジカルの不足により壁に阻まれるジュニアエリートも少なくないが、那須川にこうした“プロの壁”は存在しなかった。

 プロ第3戦こそKOを逃したが(判定勝利)、その後はほぼKOで勝ち星を重ねていく。デビュー8カ月にして最初のベルト(RISEバンタム級王座)をものにし、その後も次々と王座を手中にする。“プロの壁”が存在しなかったのと同様、那須川にはフィジカルに勝る“外国人”、超絶技巧の“ムエタイ”といった相手も壁とはならなかった。

 キックにおける“超新星”として進んだ那須川だが、大きな転機となったのが2016年末に行われたRIZINへの参戦。同年12月5日にムエタイ王者をバックスピンキックでKOした那須川はそこから一転、初のMMAマッチをRIZINで行う。旗揚げからキックルールの試合を組んできたRIZINだが16年9月の第4回大会からMMAへの一本化を進めており、那須川もMMAに初挑戦する(16年12月29日)。

 試合は下からの腕十字を極められかけるも、この危機を脱しパウンドでTKO勝ち。そしてマイクを持つと2日後の大晦日大会にも出場を希望し、さっそくMMA第2戦を行うと今度は前方からのアームトライアングルチョークで一本勝ちを収めた。

 2017年、那須川はキックボクシングとRIZINにおけるMMAでの戦いを続行。これによりRIZINにおける自身のポジションを確たるものとし、17年のRIZIN大晦日大会では「KICK ワンナイトトーナメント」の開催を実現する(那須川が2戦2KOで優勝)。

 那須川は自身の活躍で道を切り開き、2018年に入るとRIZINではキックルールの試合が毎大会組まれるようになる。同年9月にはRIZINのエース・堀口恭司とキックルールで対戦し、チケットが完売状態となる反響を呼ぶ(那須川の判定勝ち)。

 そして何と言っても世間を驚かせたのが18年大晦日のフロイド・メイウェザー・ジュニア戦。試合は非公式のスペシャルエキシビションではあったが、同年発表のスポーツ長者番付でトップに立ったメイウェザーと戦い、世界に那須川の存在を知らしめることとなった(那須川にタオルが投入され1Rで試合終了)。

 2019年はAbemaTVの企画でボクシングの元世界三階級王者・亀田興毅と対戦(6月22日)。これまで関係者から高い評価を受けながらメイウェザー戦では十分発揮できずに終わったボクシング技術をこの試合では存分に披露する。試合はKO決着のみで、両者が既定の3Rを戦い切ったため勝敗つかず。しかし那須川が亀田を圧倒する場面もあり、改めてその神童ぶりを印象づけた。

 2016年末から2017年にかけ、キックとMMAを並行していた那須川だが、MMAは17年10月の藤田大和戦(判定勝ち)を最後に行っていない。また、18年にはボクシングトレーニングを積む姿を追う『VS那須川天心 2ndシーズン』(AbemaTV)が放送され、「いずれ行くかもしれない」と本人もボクシング転向の可能性を語ったが、メイウェザー戦に亀田戦といった非公式試合こそあれ、実現には至っていない。

 海外ではキックやMMAの選手がボクシングの試合をしたり、格闘技団体「ONE Championship」の大会でWBCスーパーフライ級王者(当時)シーサケット・ソー・ルンヴィサイ(タイ)が防衛戦を行ったりといった例はあるが、日本ではボクシングコミッションが他競技との両立を原則として認めておらず(※ヘビー級と女子に関しては部分的に許可)、このルールが変わらない限り日本で“プロボクサー那須川天心”は見られそうにない。

 RIZINでキックマッチを確立させたように、ボクシング界から呼ばれるような存在になりたいと那須川はかつて話したが、一方で自らのホームリングである「RISE」への愛着は深く、自身の手でキックボクシングをより広めたいという思いも強い。

 昨年は大会の優勝賞金を寄付するなど言動も社会性を増してきて一般層の認知も向上、いち格闘家を超えた存在になってきている那須川。はたしていずれかのタイミングでボクシングに転向を図るのか、あるいは世界、より広い層に向けキックボクシングを広めるために動いていくのか。「誰もやったことのないことをやりたい」と常々口にするだけに、こちらの想像を超えてくるかしれない動向を我々は見守る以外にない。

 神童の行く道は神童のみぞ知る。 (文/長谷川亮)