羽生結弦の今季の終わりは突然訪れた。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、雪辱を果たすはずだったフィギュアスケート世界選手権が中止に。しかし、羽生は来季に向けて既に前を向いているという。



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 フィギュアスケートの世界選手権は新型コロナウイルスの感染拡大を受け、中止になった。平昌五輪で66年ぶりの連覇を達成した羽生結弦(25)にとって、世界選手権はリベンジの舞台となるはずだったが、突然、終止符が打たれた。

 悔しさから今季は始まった。昨年3月、日本であった世界選手権でネイサン・チェン(20)に敗れ2位。羽生はこう語った。

「ショートとフリーをノーミスしても、多分ギリギリで勝てなかったと思う。なので、完全に実力不足。やっぱり、プライドは捨てたくない。得点源になるジャンプをもうちょっと増やさないといけない」

 得点源になるジャンプとは──。羽生は4回転ループの安定に加え、4回転ルッツを積極的に構成に組み込んだ。昨年12月のグランプリ(GP)ファイナルでは、2017年のGPシリーズロシア杯以来、2年ぶりに4回転ルッツを解禁。チェンに対抗するため、フリーで4回転5本に挑み、冒頭のループ、続くルッツを鮮やかに決めた。出来栄え点(GOE)はループが4.05点、ルッツが3.94点と高得点。ショートでのミスが響き、チェンとは40点差以上の2位だったが、手応えもつかんだ。

「とりあえずループ、ルッツが跳べたということは、点数以上にかなり自分の中では進めたなって感触はあります。大きな一歩だった。(チェンとは)得点ほどの差は感じていない」

 一方、羽生はスケートに対する違和感も口にしていた。

「ジャンプに集中して全部GOEを稼げるようにした方が点数的にはおいしいかもしれない。ただ、やっぱり、何かそれじゃ僕の中でスケートをやる意味になれないんですよね。以前、『ジャンプ大会じゃないんで』って言ったんですけど、今回(GPファイナル)の自分の演技は完全に一生懸命なだけ。ただ、ひたすらにジャンプ大会みたいな感じが自分の中ですごくある」

 こんな感情を抱えて迎えた昨年12月の全日本選手権。羽生らしくないミスを連発し、宇野昌磨(22)に敗れた。すっきりしないままカナダで年を越した。

 新年早々、異例の決断に踏み切る。シーズン途中でのプログラム変更だ。少年時代から憧れたトリノ五輪金メダリストのエフゲニー・プルシェンコや元全米王者ジョニー・ウィアーのプログラムを採用した、ショート「秋によせて」、フリー「Origin(オリジン)」を2シーズン続けて滑ってきた。しかし、それらをやめ、平昌五輪で金メダルを獲得した演目に戻した。ショートはショパン作曲「バラード第1番」、フリーは「SEIMEI」。自らも「伝説のプログラム」と評する。決断に至った胸中をこう語る。

「ちょっと違う気がしたんですよ。目指しているものが。たしかに難しいことをやることはすごい楽しいし、挑戦することもすごく楽しい。でも、楽しいだけじゃない、達成したいだけじゃないなって。滑っている時の感覚だとか、表現したいものが見えるとか。ジャンプと音楽の融合だとか。そういったものがやっぱり好きだった」

 だからこそ自らに誓った。

「強くなりたい、勝ちたいとかじゃなくて、自分のフィギュアスケートを競技としてやりたい」

 少しモヤモヤが晴れ、2月の四大陸選手権に挑んだ。ショート。平昌五輪時と似た衣装に身を包み、リンク中央に立った。目を閉じ、バラード第1番のピアノの旋律が響き渡る。そこから、見る者すべてを自分の作り出す世界に引き込んでいく。4回転サルコー、4回転?3回転の連続トーループ、トリプルアクセル、スピン、ステップ……すべてのエレメンツが流れるようにつながっていく。フィニッシュポーズを決め、一つの芸術作品を完成させた。111.82点。自身が持っていたショートの世界歴代最高得点を更新。それでも羽生は過度に喜ばない。これが自分だ、自分のスケートだ、と誇らしげにうなずいた。

「久しぶりに考えずにいけました。今回は本当に最初から最後まで、気持ちのままにというか、スケートがいきたい方向にすべて乗せられたなという感覚が強いです。もう、なんの雑音もなく滑り切れた。気持ちの流れみたいなものを、最後の音が終わって、自分が手を下ろすまでつなげられたというのが一番、心地よかった」

 目指すスケート、披露したい演技、そして、強いアスリート像。羽生に「らしさ」が戻った。そんな上昇気流に乗っていただけに、チェンへのリベンジの舞台だった世界選手権の中止は、人一倍悔しかっただろう。

 ただ、飽くなき挑戦は終わらない。世界選手権の中止決定直後に来季について言及。

「今の限界の先へ行けるように練習していく」

 夢のクワッドアクセル(4回転半)に向け、道なき道をひた走る。GPファイナルの公式練習では、果敢にクワッドアクセルに挑戦し、転倒しても跳び続けた。「今、自分の目の前に壁がある」と語る羽生。きっと、その壁を越えた景色を見せてくれるはずだ。そして、誰よりも羽生がそれを待ち望んでいる。(朝日新聞スポーツ部・大西史恭)

※AERA 2020年5月4日−11日号