巨人入りを熱望した選手たちには様々なドラマがある。ドラフトで入団がかなわなかった清原和博は記者会見で涙を流し、江川卓と長野久義は他球団に2度指名されたが入団を拒否した。選手が希望の球団に行けないのは不条理だという声が上がる一方で、希望球団に行けなくても活躍してその球団に愛着を持つ選手もたくさんいる。以下の6選手は巨人に恋い焦がれ、波瀾(はらん)万丈の道を選択した。



・江川卓(巨人)64歳

 作新学院高(栃木)時代に春の選抜大会で1大会通算最多奪三振60個、8者連続奪三振、春夏通じて甲子園で奪三振率14.0と新記録を次々と樹立。打者がバットに当てるのも困難な豪速球で「怪物」と形容された。1973年秋のドラフト1位で阪急(現・オリックス)に指名されたが入団拒否。法大に進学すると、東京六大学リーグ通算2位の47勝をマークした。77年秋のドラフトでクラウンライター(現・西武)に1位指名されたが、再び入団を拒否した。

 法大卒業後は作新学院職員として米国に留学。巨人が「ドラフトで交渉権を得た球団が指名選手と交渉できるのは、翌年のドラフトの前々日まで」という野球協約の盲点を突き、78年11月21日に電撃契約を結んだ。

 だが、セ・リーグ会長はこの契約を無効と裁定。これに反発した巨人が欠席した同年秋のドラフトで4球団が競合し、阪神が交渉権を獲得した。

 巨人は江川との契約の正当性を主張して収束がつかない事態となったため、金子悦コミッショナーが「江川には一度、阪神と入団契約を交わしてもらい、その後すぐに巨人にトレードさせる形での解決を望む」と異例の要望を発表。阪神に一度入団し、すぐに小林繁と交換トレードという異例の形で巨人に入団した。

 入団の経緯から批判の声も大きかったが、先発の大黒柱として奮闘。しかし、幕引きはあっけなかった。プロ10年目を迎える前に、右肩の故障を理由に32歳の若さで現役引退。通算135勝72敗、防御率3.02という成績が物足りなく感じるのは、不世出の投手として期待されたからだろう。

・清原和博(西武、巨人、オリックス)52歳

 名門・PL学園高(大阪)で1年から4番を務め、史上最多の甲子園春夏通算13本塁打をマーク。同級生・桑田真澄との「KKコンビ」は社会現象になり、85年秋のドラフトで動向が注目された。

 清原は巨人入りを熱望していた。だが、巨人が指名したのは早大進学を表明していた桑田だった。清原は6球団が競合して西武が交渉権を獲得したが、巨人が指名しなかったことにショックを受けて入団会見で涙を流した。

 西武入団後は黄金期の4番として活躍し、96年オフに巨人へフリーエージェント(FA)移籍。憧れていた球団のユニホームに袖を通したが、故障の影響もあって苦しんだ時期が長かった。2005年オフに戦力外通告を受け、オリックスで3年間プレーして08年限りで現役引退。打撃タイトルに縁はなかったが、通算打率2割7分2厘、525本塁打、1530打点は立派な数字だ。

・元木大介(巨人)48歳

 上宮高(大阪)でスラッガーとして高校通算24本塁打をマーク。甲子園6本塁打は清原に次ぐ歴代2位タイで、端正な顔立ちから「甲子園のアイドル」として女性ファンに大人気だった。

 巨人入りを熱望していたが、89年秋のドラフトで巨人は慶大の大森剛を指名。元木はダイエーから野茂英雄の外れ1位で指名されたが入団を拒否し、ハワイに1年間野球留学した。

 翌90年秋のドラフト1位で巨人に入団。内野ならどこでも守れる器用さ、状況に応じた打撃技術と抜群の野球センスで、当時の長嶋茂雄監督(現・巨人終身名誉監督)から「くせ者」と称された。通算打率2割6分2厘、66本塁打、378打点。現役引退後はバラエティータレントとして活躍し、現在は巨人の1軍ヘッドコーチを務める。

・内海哲也(巨人、西武)38歳

 敦賀気比高(福井)で左腕エースとして名をはせた。祖父は巨人で野手だった内海五十雄。そんな理由もあり、00年秋のドラフト前に巨人以外からの指名は拒否することを表明。オリックスが1位指名したため入団拒否し、社会人野球・東京ガスに進んだ。

 03年秋のドラフト自由獲得枠で巨人に入団すると、最多勝を2度マークするなど先発の柱として長年活躍。人格者として知られ、仲間からの人望も厚かったが、18年オフにFA移籍で巨人入りした炭谷銀仁朗の人的補償で西武に移籍した。移籍1年目の昨年は左前腕の故障などで1軍登板なし。新天地で復活を目指す。

・長野久義(巨人、広島)35歳

 日大4年時に春、秋の東都大学リーグ戦で首位打者を獲得。3拍子そろった選手としてプロから評価を受け、06年秋のドラフトで日本ハムから4巡目で指名された。だが、巨人入りを熱望していたことから入団を拒否した。

 社会人野球・ホンダに進み、08年秋のドラフト前に巨人以外から指名された場合は会社に残留する意向を示していた。しかし、ロッテがドラフト2巡目で強行指名。入団を断り、09年秋のドラフト1位で巨人に入団した。

 2年目の11年に打率3割1分6厘で首位打者、12年に173安打でシーズン最多安打に輝くなど主力として活躍していたが、18年オフにFA移籍で巨人入りした丸佳浩の人的補償で広島に移籍。昨年は72試合出場で打率2割5分、5本塁打と不本意な成績に終わった。

・菅野智之(巨人)30歳

 母方の伯父は巨人・原辰徳監督。東海大で最速157キロの直球を武器に、4年秋に首都大学リーグ新記録の通算14完封をマークした。同リーグ通算37勝4敗、防御率0.57と圧巻の成績を残して巨人入りを熱望。11年秋のドラフトで「相思相愛」の巨人の単独指名が予想されたが、日本ハムも1位で強行指名。クジで交渉権を獲得したのは日本ハムだった。

 菅野は1年間の浪人生活を選択した。大学の練習施設を使用して自主練習をする日々を送り、12年秋のドラフト1位で巨人に入団。プロ7年間で最優秀防御率を4度、最多勝を2度獲得するなど球界を代表するエースとして活躍している。(梅宮昌宗)

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