「ここまできたら半分、諦めています。私たちの居場所はなくなるんじゃないでしょうか」

 東京ドーム内野席でビール売り子のアルバイトを5年間続けているサキさん(24歳仮名)は、悲しそうに語ってくれた。

 4月中旬、新型コロナウイルスの影響で非常事宣言が全国一律で発令。スポーツや各種エンターテインメントの自粛や中止などが、次々に発表され、プロ野球も開幕延期。無観客での開幕も検討されているという話もあるが、いまだ先行きのメドが立たない状況。本来開幕予定されていた3月20日からすでに1カ月半以上が経過、ゴールデンウィークにも試合がおこなわれない異常事態だ。

「飲食店が閉店危機、キャバクラ嬢も生活に苦しんでいるとか、いろいろなところで取り上げられている。でも私たち売り子も死活問題。立場的にはアルバイトだから、働けない間の保証なんてあるわけがない。それに開幕しても衛生上から売り子は使えないという声も出ている。違う仕事を探すしかない」(サキさん)

 選手、ファンだけではなく、売り子など興行に関わっている多くの関係者も甚大な影響を受けている。

 ビール売り子は80年代から存在しており、当時は缶や瓶のものを販売するスタイル。ほとんどを男性売り子がおこなっており、「ビールいかがですか?」の野太い声がスタンドに響き渡っていた。

 00年代に入り女性売り子も増え始めた。多くの球場で客の瓶、缶類持ち込みが禁止になったこともあり、売り子もサーバー機能付きの樽を背中に背負って球場内を歩き回るスタイルになった。横浜スタジアムなど、数年前まで缶ビールもいたが、ほぼすべてが樽にシフトした。現在は1樽10リットルのものがベーシックで、平均して22〜3杯を売り切っては樽を交換するのが主流だという。

「いろいろ話が出ているが、東京ドームの巨人戦では1試合で300杯売ればその日のトップクラス。優勝決定日やビール半額デーなどは500杯くらい売れる試合もあるが、それは特別。報酬の基本はビール1杯につき数十円の売上報酬。加えて1樽交換毎、5樽交換毎などのボーナスが付く。またボーナスとともに1杯の売上報酬金額も少しずつ上がる。

 球場によっては基本給も設定されている。細かくコミッション設定されていて、売り子のやる気を出させるようにしている。大きく稼ぐことも可能なので、コツをつかめば長期にわたり働く売り子が多い」(飲食関連ライター)

 仮に1樽から20杯販売すると仮定すれば、1試合300杯で15樽交換できる。詳細は明らかにされていないが、日給で2〜3万円は可能だと想像される。試合前後を含めても、集合時間から5〜6時間の拘束時間を考えれば、非常に効率の良いバイトだ。

 ギャラの部分では売り子はワリの良いバイト。しかし長時間、重い樽を背負い球場内を歩き続けるのは相当の重労働だ。それでも高校生から30代とおぼしき年代まで、売り子は広い世代に人気の職業となっている。

「以前は男性売り子もいる中で、何人かキレイな女性売り子がいるという感じ。『キレイ過ぎる売り子』という呼称ができてからは、職業ステータスが格段に上がった。キレイな子も多く働くようになり、結果として男性売り子が激減した。関東地方では各球場で数人しか男性ビール売り子は見かけない」(前出飲食関連ライター)

 10年過ぎ頃から『元ビール売り子』をウリにするタレントが芸能界にも出現。おのののか(東京ドーム)、STU48瀧野由美子(マツダスタジアム)などは、その代表格だ。またアイドル活動だけでは食べていけない、俗に言う『地下アイドル』も球場で多く見かけるようになった。特にアイドルの聖地・秋葉原から程近い東京ドームではその傾向が顕著だった。比較的、勤務時間に融通が効き、高収入なのも人気のようだ。

 開幕延期となり収入が得られず困っているのは、売り子本人だけではない。試合を主催する各球団担当者も頭を抱えている。

「売り子目当てでの集客、飲食売上を見込んでいた球団も多い。野球も観れるうえにビール1杯7〜800円でキレイな女の子と話せる。購入する男性側からするとコスパ抜群。球団広報部が先頭に立ち、積極的に売り子をマスコミ露出させるところもあるほど。売上を競わせ順位をその都度発表するところまでくると、野球とスタンドのどちらが主役かわからないですが……。」

 だが、球団にとって大きな収入源になっているのは間違いない。ただでさえ今年は減収確実なので、売り子問題は決して小さいことではない」(スポーツ関連フリーライター)

 ロッテは毎年『売り子ペナントレース』を開催、優勝者には海外旅行をプレゼントする太っ腹。その他の球団でもネット媒体等を活用し、売り子1人1人のプロフィール紹介をしたりしている。甲子園では月間の売上数に応じて、順位の腕章を着用するほどだ。

 売り子にとっては高収入なバイト。球団にとっては確実な収入源。客にとっては球場での楽しみが増える。誰にとっても売り子の存在はウィンウィン。しかし今回の新型コロナウイルスは、売り子存続にまで多大な影響を及ぼしている、とスポーツ関連フリーライターは語る。

「以前から売り子が邪魔で試合が見えない、といった苦情は絶えなかった。また移動時に通路でお客さんにぶつかったという問題も多発。加えて、同じ注ぎ口から何百人もビールを販売するのは、このご時世では考えられない。様々な要因から考えて、スタンドから売り子はいなくなるのではないか」

 球場の風物詩となっていた売り子がいなくなる?近いうちに球場の風景が一変するかもしれない。ともかくその前に、一刻も早く事態収束しプロ野球開幕の日を迎えて欲しいのだが……。